103. 実験
「まずは、持っている武器を捨てなさい」
ウルリカに言われるまま、私は呪鈴を床に転がした。
リーズ様とこんちゃんも、それぞれ魔法の触媒を手放す。
「いい子ね。そのまま従っていれば傷つけはしませんから」
錫杖を構えたまま、ウルリカは私に前へ出るように指示した。
従わなければ、リーズ様たちに危害が及ぶかも知れない。
逆らうことはできなかった。
私はウルリカのほうへと歩いていく。
「どうしてこんなことを、と思っているのでしょう」
当然だ。
何故、館に忍び込み、私たちを襲うのか。
ウルリカには明確な理由があるようだ。
先ほど、ノアクについて聞いたのが原因だろうか。
「……ふっ……ふっふっふ……はっはっはっは!」
ウルリカは耐えきれなくなったように笑い出した。
「僕にも都合があるんだよ。お嬢さんたち」
突然、ウルリカの口調が変わった。
その顔には冷たい侮蔑の表情が浮かんでいる。
「動くな! 楽器も置け!」
こんちゃんが隠れて鳴らそうとしていた竪琴を床に置いた。
「声を封じても、こういう事があるからね。さて、君たちが質問する代わりに話してあげるよ」
ウルリカは油断なく錫杖を構えたまま話しだした。
「君たちは、どういうわけかヨルゲン先生の日記まで見つけていた。誰に唆されたのか知らないけど、深入りし過ぎたんだよ。この領主館に秘密があることを知ってしまった。好奇心は猫をも殺す。そういう連中にはダンジョンのことを忘れてもらわないとならない」
「貴方が……ノアクなの……?」
私が声を振り絞って尋ねると、ウルリカの表情から笑みが消えた。
「その名前は捨てたつもりだったんだけどね。今更、隠しても仕方ないみたいだ。その通り、僕がノアクだ。どうもはじめまして、お嬢さん」
「いつから……こんな、ことを……」
「知りたいのかい? どうせ忘れるんだ。聞かせてあげよう。僕はヨルゲン先生から転生の秘法の研究を引き継いだ。でも、こんな田舎では満足に実験材料も揃わない。でも、ヨルゲン先生からは用心するように言われていた。慎重に、慎重にと! あと少しで研究が完成するのに!」
ウルリカ――ノアクは苛立たしげに錫杖で地面を突いた。
「僕はヨルゲン先生の言いつけを忠実に守った。万全を期して本当に転生が成功するか試すことにした。でも、戦争のせいで君以外に吸血鬼はいない。そうなると、他に人間に近い魔族は狼人しかいなかった。……僕はね、究極の選択をしたんだ」
ノアクは自分の胸に手を当てた。
「自分の魂と、自分の娘の身体を、転生の実験に使った。愚かだったよ! 僕たちの魂は混じり合って、意識が混濁した。時に自分の娘の意識を圧し殺して、僕は生き続けなければならなくなった。この結果が、ヨルゲン先生と僕の望んだものではないことは明らかだった。実験は失敗したんだよ!」
そう言うと、ノアクは私の頬を叩いた。
私は勢い余って床に倒れた。
「君さえいなければ、僕は嘘をつき続けて生きる必要もなかったんだ! 実験の成功が確認できるまで、僕はこんな生活を続けなければならない! 観光ガイドを装って、平和ボケした生き方を強いられているんだ!」
ノアクは大きく溜息をつき、頭を振った。
「自業自得だよ……。全部、自分のせいだ……」
怒っていたかと思うと、今度ははらはらと涙を流している。
「騙していたことは謝るよ。僕は間違っていた。でも、自分の手で終わらせないといけない……。ルビー、君だけは生かしておかないと……。他は皆……リーズ、エメット、君たちは良い友人だった……本当に……」
呟きながら、ノアクはリーズ様たちに錫杖を向けた。




