102. 待ち伏せ
バスで観光案内所に戻ってから、館まで歩いて帰る。
毎日レンタカーを借りるわけにもいかない。
それでもエメットは軽やかな足取りで歩を進める。
起伏の多い山道でも、彼女の野望を止めることはできない。
「ルビーさん、どこかダンジョンの入口に心当たりはありませんか?」
「どこかと言われても、私が眠った後に造られたわけですから、さっぱりですよ」
「起きてから何か変わったところとか、ありません?」
変わったところ。
そういえば、あった。
アルヴィに館を案内している時に、銀狼が客間に現れた。
銀狼がいた客間の片隅の壁が、他の箇所とは違うように思えたのだ。
「壁ですか。多分、それが正解じゃないですか」
「ただの壁ですよ。銀狼がそれを知っていたかどうかも分かりませんし」
「他の場所は眠る前と同じなんでしょう? まずは、客間の壁を調べましょう!」
山道を進むうちに館の壁が見えてきた。
知らず識らずのうちにダンジョンが造られ、魔王が秘匿されてきたという事実があっても、その外見は変わらない。
「あれ……。鍵が開いてる……」
「閉め忘れたんじゃないか」
私が首を傾げると、リーズ様は先に扉を開いて中に入った。
いや、違う。
何者かがいる。
その気配は客間からだった。
リーズ様も気配に気付いたようで、護身用の呪鈴を手に取った。
こんちゃんも枝杖を取り出して身構える。
臨戦態勢のまま、私たちは足音を消しながら客間に近づいた。
気配を殺して客間の扉を開く。
侵入者の気配は複数ではない。
この人数であれば制圧する自信があった。
「おかえりなさい」
穏やかな、しかし確かな声が響く。
客間の片隅に立っていた影は、見慣れた主教の長衣を身に纏っていた。
「ウルリカさん!」
「待ってください」
エメットは安堵の声を漏らしたが、私は警戒を解かなかった。
「どうして中に入ったんですか」
「少し用事があったのです」
「用事?」
「ダンジョンを護るためには、こうするしかないのです」
ウルリカが隠し持っていた錫杖を掲げた。
最初から狙っていたように詠唱が完了する。
「危ない!」
「【LATASIF】!」
私が庇うよりも先に、漆黒の薄膜がウルリカの錫杖から放たれる。
詠唱を封じる魔法だ。
薄膜を浴びた私たちの喉から声が奪われた。
護身用の呪鈴も枝杖も、詠唱ができなければ役に立たない。
どうしてこんなことを。
思い通りに声は出ず、鋭い痛みだけが喉を貫く。
「どうか大人しくしてください。無駄に傷付けるつもりはありませんから」
ウルリカはいつものように優しく微笑みながら、錫杖を構えた。




