親ってそんなに大切?
5月上旬になった。
新しいクラスにも慣れ、ゴールデンウィークがやって来た。
今年は4日間の連休があるけれど、そのうち3日はバイト。
将来のためにも、今のうちにお金を貯めておかないといけない。
とはいえ、ずっと働き詰めなのも寂しいので最終日はいつもの3人で遊ぶことにした。
行き先は隣町のデパートだ。
やることは映画鑑賞と買い物。
特別なことじゃないけれど、友達との時間は何よりの楽しみだ。
施設では学校以外で出掛ける際は、外出届を書かないといけない。
私と京ちゃんは外出届を提出し、施設を出た。
午前7時50分に駅前に着く。
京ちゃんと共に、麻紀を待つ。
集合時間の8時ぴったりに麻紀は来た。
「おはよう、お待たせ」
私達は麻紀に挨拶を返す。
麻紀の服はお母さんが選んでいるそうだ。
その割にセンスが良くて、服にあまり投資できない私たちからすると羨ましい。
今日は春物の可愛いワンピースを着ている。
場所が場所なら、ナンパされているかもしれない。
私達はホームへ向かって歩き出す。
今日見る映画は恋愛モノの映画だ。
麻紀が提案した。
最近、どうも麻紀は恋愛というワードに敏感になった。
前は読まなかった恋愛小説を読んだりしている。
以前、好きな人がいると判明したが、なかなか尻尾を出さず、相手はわからずじまいだ。
友人としては、恋愛成就を願う。
改札を通り過ぎ、ホームに着くとタカがいた。
「あれ、タカじゃん。タカもどっか行くの?」
私が声を掛けると、タカはこちらを見た。
「ああ、真奈達か。今日は旅行がてら絵を描きに行くんだ」
「一人で?」
「そうだ」
タカのリュックには画材などが入っているのだろう。
少し重そうだ。
タカの趣味は絵を描くことと、旅行だ。
風景画を主に描いている。
以前、見せてもらったけれど、なかなかの腕前だ。
「誰か友達と一緒に行かないの?」
京ちゃんが聞くと、タカは少し気まずそうにする。
「たまには、1人になりたいんだ」
タカはクラスでも中心にいて、いつも誰かとつるんでいる。
だから、1人でいることが嫌いなのだと思っていたけれど、そうでもないようだ。
ふと、後ろに気配を感じた。
麻紀が私の背後にぴったりとくっついていた。
なんだろう。
タカが嫌いなのだろうか。
電車が来て、タカは乗り込んだ。
私達とは逆方向の様だ。
数分待ち、私達も電車に乗る。
車内は空いていたので、座ることができた。
車窓からは、新緑の景色が流れていくのが見えた。
ふと、広告に目をやる。
近所の大学の広告だ。
大学の校舎を背景に、笑顔の学生が写っている。
私も普通の家庭だったらなんの迷いもなく、進学していたのだろうか。
いや、そんなこと考えるだけ、無駄だ。
私は視線を別のところに移した。
デパートに着き、エレベーターで最上階の映画館に行く。
映画は高校生のグループが部活動を通じて、恋愛や友情を経て成長するというストーリーだ。
まあ、王道だった。
映画が終わり、デパート内のレストランに入る。
「どうだった? 私はすごい良かった」
麻紀が目を輝かせて聞いて来る。
麻紀的には、良かったのだろうか。
個人的には、ストーリーにもう一捻り欲しかった。
だけど、ウキウキしている麻紀の手前あまり否定したくなかった。
「登場人物達の悩みが共感できたよね」
という感想に留めておいた。
「うん、葛藤とか良かったよね」
京ちゃんが同意してくれた。
「うんうん」
麻紀が満足そうにうなずく。
私が印象に残ったのは、主人公が進路に悩むところ。
主人公が本当にやりたいことは、現実的に見て厳しいけれど、それでも進む姿は感動できた。
まあ、親の説得のシーンが無理矢理な感じがあって、ちょっと萎えたけれど。
親子ってあんな感じなんだろうか、と考える。
麻紀は恋愛が印象に残ったようで、熱く語っていた。
40分ほどレストランで時間を潰し、買い物に移る。
「私、お父さんの誕生日プレゼント買いたいんだけれど、いい?」
麻紀が聞いてくる。
麻紀の家族は仲が良い。
だから、年頃になっても自然とそういう発想が出てくるのだろう。
世間の娘たちは、お父さんへの誕生日プレゼントを買うのだろうか。
「じゃあ、私も。だいぶ先だけど」
京ちゃんも買うようだ。
私は買わないから、店内をブラブラしていよう。
2人がプレゼントを買うために入った店は、文房具のお店だ。
麻紀は迷った挙句、少し高いボールペンを買った。
なぜか2本買っていた。
予備だろうか。
京ちゃんは財布を買った。
私達は買い物を終え、文房具店を出た。
その後は、ブラブラ時間を潰しデパートを出る。
今日一日、なかなか楽しかった。
ゴールデンウィークの3日間はバイトだったので、いい気分転換になった。
麻紀と別れ、施設に向かって歩く。
いつの間にか、空は厚い雲が覆っていた。
「ねえ、真奈ちゃん」
歩いている最中に京ちゃんがぽつりと言った。
「何?」
「……やっぱり、何でもない」
「何? 気になるじゃん」
「ううん、本当に何でもないの」
京ちゃんの表情には、不安の色がある。
「言ってよ」
「……真奈ちゃんを困らせたくないから」
ちょっとショック。
友達は一緒に困ったり悩んだりするものだと思っていた。
だから、京ちゃんからそんなセリフが出てくるのがショック。
「悩んでいるんでしょ? 言ってよ」
私達友達でしょ、という言葉はなんだか押しつけがましいので、飲み込んだ。
京ちゃんは悩んだ挙句、意を決したようだ。
「私ね、施設を出て行くかも」
「え……?」
「お父さんの病状が悪化してね、もう長くないの。お母さんが『お父さんが亡くなったら私の所に来なさい』って言ったの」
京ちゃんの両親はずいぶん前に別居した。
人の家庭のことなので、あまり詳しく知らないけれど。
それでも、仲が良くないことだけはわかる。
「だけど、私のところに住むなら、高校やめて働きなさいって……」
「そ、そんなのありえないよ!」
子供を労働力としか見ていないのだろうか。
それに、学校をやめさせるなんてありえない。
「京ちゃん、施設にいなよ」
「ありがとう。でもね、お母さんが言ったの。『京子と暮らしたい』って」
「だから何? 高校やめさせるような親のところに行くの?」
「それでも、私のお母さんだから。お母さんは心の弱い人だから」
そう言われると、言葉が出てこなくなる。
でも、何か言わないと。
そうしないと、京ちゃんが遠くへ行ってしまう。
何か、何か。
「わ、私達とお母さん、どっちの方が大切なの?」
焦りから、そんな言葉が出て来た。
私、麻紀、施設のみんな。
京ちゃんにとって、大切な人たちのはずだ。
「そんな聞き方、しないで」
消えそうな声で京ちゃんは言った。
私にはわからない。
親が大切、という人間として普通の感情が。
「嫌! 私は嫌だよ! 京ちゃんと離れ離れになるなんて!」
「……私だって嫌だよ」
京ちゃんは今にも泣きだしそうだ。
きっと、沢山悩んだんだ。
今日だって、楽しそうにしている裏ではずっと一人で悩んでいたに違いない。
それに、全く気付けなかった。
「私はわからないよ、京ちゃん。親ってそんなに大切? 自分を犠牲にしてまで、支えてあげたいの?」
私の人生において、親からの愛、親への愛は共に欠落している。
「うん、支えたい」
京ちゃんとの間に、途方もない距離を感じた。
施設に着いた。
部屋に戻る。
私と、京ちゃんの部屋に。
近くにいるのに、話しかけられない。
いつものように、話せない。
そういえば、卒業旅行に行こうとか、一緒の大学に行こうとか話したっけ。
ずいぶん昔のことに感じる。
京ちゃんは本当に、施設を出てしまうのだろうか。
当たり前のように一緒に暮らしていたから、実感が湧かない。
その内、夕食のチャイムが鳴る。
京ちゃんは何も言わずに、先に部屋を出た。
いつもは、一緒に行くのに。
私も部屋を出た。
夜の学習時間。
恵理子先生を捕まえて、京ちゃんのことを相談する。
「そうねえ、本人が決めたことだし」
恵理子先生は、苦しげな表情をする。
「でも、京ちゃん高校中退になっちゃうんですよ」
「私も説得したわ。でも、お母さんのためって」
お母さんのため、か。
「恵理子先生」
「何?」
「どうやったら、京ちゃんを引き留められますか?」
もう、なりふり構っていられない。
だから、直球で質問した。
「真奈ちゃん。もう、本人は決めたみたいだし、残りの時間を寄り添ってあげることが大切なんじゃないかしら?」
「嫌です! 私、京ちゃんがいなくなったら……」
多分、立ち直れない。
その時、乱暴にドアがノックされた。
「島村先生! 愛ちゃんが!」
他の職員の声だ。
島村は恵理子先生の名字だ。
愛ちゃんに何かあったのだろうか。
「真奈ちゃん、部屋に戻っててね」
恵理子先生は立ち上がり、相談室を出た。
私も部屋を出る。
ドアを開けた瞬間、絶叫が聞こえた。
多分、愛ちゃんだ。
人間が出している声だとは思えなかった。
私は怖くなって、自分の部屋に駆け込む。
「どうしたの? 真奈ちゃん」
京ちゃんに心配される。
「愛ちゃんが……」
それ以上、言えなかった。
きっと、恐ろしいことが起こっている。
それを、確かめる勇気はない。
翌朝。
京ちゃんと食堂に行く。
タカと愛ちゃんは既にいた。
愛ちゃんの手首には包帯が巻かれていた。
「どうしたの? それ」
私が聞いても、愛ちゃんは答えない。
「ねえ、タカ」
「ああ、ちょっとな」
その後、職員に聞いても誰も答えてくれなかった。
学校に行くため、施設を出る。
愛ちゃんのことで、頭がいっぱいになりそうだったけれど、京ちゃんのこともある。
「ねえ、麻紀には伝えたの?」
施設を出ること。
私達と離れ離れになること。
「うん……。昨日電話で伝えたよ」
「そしたら、何て?」
「泣いていたよ」
京ちゃんも泣き出しそうだった。
「それでも、お母さんのところに行くの?」
「うん」
それっきり、気まずい沈黙が流れる。
バスに乗ってからは、ずっと窓から外を見ていた。
いつもの合流場所では、麻紀が今にも泣き出しそうな表情で立っていた。
「京ちゃん!」
麻紀が京ちゃんに抱きつく。
「麻紀ちゃん……」
「嫌だよ、京ちゃん。行かないで」
麻紀はすがるように言った。
「ごめんね、麻紀ちゃん」
京ちゃんの意志は変わらない。
もう、私達じゃ変えられないのかもしれない。
朝のホームルーム。
神尾先生が教室に入って来る。
「そろそろ中間テストだけど、その後にはお待ちかねの修学旅行だよね? というわけで、自由行動の時間の班決めをするね。男女比が2対3になるようにグループを作って、一週間以内に今から配る紙に書いて提出して」
前から紙が回って来る。
「大切な行事だから、後悔のないようにね」
その後、今日の連絡事項が告げられ、神尾先生は教室を出た。
ホームルームの後、10分間休み時間が授業前にある。
早速、みんな班を決めるために動き始めている。
私達も集まる。
すると、京ちゃんが口を開く。
「みんな、ごめん」
「どうしたの?」
私は疑問を口にする。
「せっかくの修学旅行なのに、私のせいで暗くなっちゃって」
まあ、それはそうだけど。
「でも、直前になって言われるより、準備ができていいっていうか」
私は上手く言葉にできなかった。
どう言えばいいんだろうか。
「ちゃんと、思い出作ろうよ。離れ離れになっても、一生会えないわけじゃないよ!」
麻紀が強く言った。
そうだ、離れたからって友達じゃなくなるわけじゃない。
それに、一番辛いのは京ちゃん自身だと思う。
だというのに、私は少し責めるようなことを言ってしまった。
だから、恵理子先生も言っていたように、京ちゃんに寄り添うんだ。
「じゃあ、名前を書こう」
私の一声で、私達は紙に3人分の名前を書く。
「それで、男子2人はどうするの?」
京ちゃんが聞く。
仲の良い男子はタカくらいだけど、どうしよう。
「真奈、孝幸君は?」
麻紀が提案する。
「私もタカ達でいいかなって考えてたところ」
タカは信頼できるけれど、もう一人が変な奴だったら嫌だな。
タカは男子達の輪の中心にいる。
そろそろ、授業が始まるので誘うのは次の休み時間にしようかと考えていると、タカが近づいて来る。
「一緒の班になろうぜ」
「私達も、タカ達を誘おうと思っていたところだよ。よろしくね。タカともう一人は?」
「あいつ」
タカは一人の男子を指さす。
野球部の園部君だ。
園部君はこちらに気付き、軽く手を振る。
園部君はタカの親友で、昔からタカと仲が良い。
性格はどちらかというと、真面目だ。
まあ、あまり関わらないのでよく知らないけれど。
「どうする? 園部が嫌なら他の奴にするけど」
タカが聞いてくる。
「嫌じゃないよ、全然オッケー」
代表して私が答えた。
というか、嫌といったら嫌いだと言ってるようなもので、人間性が疑われるだろう。
「京ちゃんと麻紀も、良いよね?」
2人はうなずく。
園部君も混じり、班が完成した。
私達は連絡先を交換した。
一時間目が始まる。
まずは、中間テストを乗り越えよう。
その後は修学旅行。
その後は……。
今は京ちゃんとの別れは考えないようにしよう。
そう決めた。




