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ミィナの姉1

今日こそ死ぬかもしれん……

腹が痛くてたまらん。

腹の中に住んどる狼が、飯をよこしぃと内側を噛みちぎっちょる……


飯。飯。飯。

なんでもいい。食いもんをもらわんと……


体が重くて、2本の足は崩れそうで、目の前がチカチカしよるけど、頑張って動かんと。

働かんと。

働いとるとこ見せんと。


……でも、頑張る必要、あんかね……?

もう今ここで倒れて、狼に体食わしてやって、骨になっちまってもいいんじゃねぇかね……

そしたら大人たちはやっと死んだわ、て喜んで、わいを畑に埋める。

それでいいじゃねぇかね……


いや、良くねぇ。

そんなん、嫌だ。


誰か、誰か。

わいにどっさり食いもんをくれて、

『ミィナも、もうちぃっと生きとっていいさ』

て言ってくれんかね……



※※※※



がたんがた、がたたた、がったんがたん……


畑の向こうから聞き慣れない音が響いてくる。

ミィナは頭の片隅で、それを聞いた。

けれど霞む意識の中で、それが何の音なんて思考にはのぼらなかった。


縛る、刈る、倒す、下がる……


明け方から繰り返している収穫の動きは体が覚えていて、勝手にミィナの手足は動く。

なにも考えない。

考えた瞬間、動けなくなるから……


がったんがったん


騒々しい音はだんだんと近づいてきていた。

地面が細かく揺れ出す。

何かがまるでミィナに向かって走ってきているようだった。

「……………」

ミィナはのろのろと顔を上げ、虚ろな目を音の方へ向けた。

そしてライ麦畑の合間の道に、なにか恐ろしく大きなものがやって来るのを見た。

(………ろば?いんや、違う………)


2頭の足の長い大きな獣が、四角い小屋のようなものをひいて走っているように見えた。

上には人が乗っている。それがみっつ。


それはぼうと突っ立っているミィナすれすれのところでぴたりと止まった。

そして、がちゃん、と先頭の小屋に付いたドアが開いた。


ミィナの目には、ドアから真っ白な影が飛び出してきたように見えた。

それは夏の眩しい日差しを受けて、ぱあっと眩しく輝き、光を撒き散らす。

「!?」

眩しさに思わず、目をつぶった。

すると次の瞬間、ふわりと何かがミィナの体に巻きついた。


「ミィナ!ミィナだよね!?」


間近で聞き慣れない子どもの声がした。

ミィナはそおっと目を開けて、自分の胸元を見下ろす。

すると小さな女の子が大きな瞳でミィナを見上げていた。

キラキラ、キラキラ。陽の光を受けて輝くまあるい瞳──。


「生きてた!生きてて良かった!ミィナぁぁぁ」

その瞳から、ぽろんぽろん、と虹色の雫が転がり落ち、桃色のふっくらした頬をつたう。


(なんっちゅぅ、綺麗な……)

ミィナは呆けたように、魅入った。

生まれてこの方、これほど綺麗なものを見た事がない。


「ミィナ?わたしが誰かわからない?」

不思議な言葉。鳥がさえずるような声。

この綺麗な女の子が誰か?

ミィナが知るわけがない。

「そっかぁ。わからないかぁ。しょうがない、9年ぶりだもん。ミィナは小さかったしねー」

女の子はうんうんと頷くと、ミィナから一歩離れた。

そしてばっと勢いよく両手を上げた。


「じゃじゃーん!!ミィナのお姉ちゃん、カナだよぉ!9年ぶりに故郷の村に帰ってきましたー!たっだいまぁ!」

元気な声が、夏空に跳ねた。


ミィナはぱちりと瞬きをする。

白い服。 ふわふわきらきらの髪。

(あね)ちゃ?わいの?


女の子を見下ろした。

わいより、ちっこい………


わずかに首を傾げた時、ぐるんと目が回った。

頭の中を黒いものが覆っていく。

体が後ろに傾げた。

「あ………」

とうとう、体の限界が来たらしい。


「あれ?ミィナ?ミィナ!?」

自分の名を呼ぶ子どもの声が遠く、ぼやけてい

く。


(姉ちゃ……?)


そう、確かにミィナには姉がいた。

ローリントンに出かけて、帰って来なかった母と姉。

大人たちは、ふたりは神様の御下(みもと)に行ったのだと言った。

もう思い出せないほど、ミィナが幼い頃。


(こんなん経って、姉ちゃだけ帰ってきたん?)


そんなこと、あるわけない。

……ああ、そっか。

神さまの国からのお迎えかもしれない。


(だから姉ちゃ、ちっこいまんまなん。………わい死んじまってんな)



※※※



誰かの手が額に触れている。

不思議な匂いがした。 お花みたいな匂い。

遠くで誰かが喋っている。

「……よく生きて」「……爪が……、髪……」

言葉は途切れ途切れにしか聞こえない。

ミィナは目を開けようとして、やめた。

まぶたが重くて……


「ミィナ、気づいた?お水飲める?」

そんな声と共に、寝ていた体が起こされ、唇に冷たいものが当てられた。

口内に流れ込んできたものを反射的に飲み込むと、ミィナは目をカッと開けた。

ガっと口元に当てられたものを奪うと、中のものをごきゅごきゅと飲む。


(なんこれ!なんこれ!)

とてつもなく美味い。

喉が、お腹が、頭が体がぽっぽっと温かくなっていく。

ただの水じゃない。

これはミィナの命を救うものだと、もっともっとよこせと、腹の中の狼が吠える。

全て飲み干すと、ミィナは目の前にいた女の子の服を掴んだ。


「………っ、…もっ」

「も?」

「………もっとっ」

「ふふ。おかわり?じゃあ、あと1杯ね」

ミィナの手にあるコップに、再び命の水が満ちた。

「ゆっくり飲んで。ゆっくり、一口ずつ」

そんなこと言われても、聞く余裕はない。

一気に飲み干して、ゲホゲホとむせた。

「ああ、だから……」

背中をさすさすと擦られた。


ひとしきり咳込んだミィナは、ふと顔をあげた。

(あれ?わいは……)


目の前に女の子がいる。

茶色のふわふわの髪の毛。長いまつ毛の大きな目。眩しいほどに白い服。

目が合うと、女の子は「お・は・よ」と笑った。

ミィナはぱちぱちと瞬きした。

(わい、死んでねぇ……)


「急に倒れるからびっくりしたよぉ。もう大丈夫?」

尋ねられてこくりと頷く。

そして周りをキョロキョロとした。


ミィナは部屋の隅の白い柔らかいところに寝かされていた。

横にはいかついテーブルと妙な形の椅子が置かれている。

床には赤っぽい模様がある分厚い布?が敷かれていて、目にうるさい。


そして時々、黒いテカテカした服の男たちが歩いているのが見えた。絶対に村の者じゃない男たちだ。


(ここ、どこ?)

心の臓がドキンドキンと跳ねた。

そろりと女の子の顔を見る。

「どうしたの、ミィナ?」

女の子の口元はずっと笑んでいた。

なにをそんなににこにこしているのか。


ミィナは柔らかい布の上でずりずりと動き、女の子から距離をとった。ぺたりと壁にくっつく。


「ねぇねぇ、ミィナ。今すぐ聞かなきゃいけないことがあるんだけど」

怯えるミィナなど見えていないように、女の子は言う。

「テーブルとか椅子とか、物入れとか、全部捨てちゃっていいよね?」

ミィナはぱちりと瞬いた。

(なん?)

「ばっちぃ服も捨てちゃっていい?新しいの作ってあげるし」

「!?」

「ミィナが寝床にしてた藁は腐ってたから、もう燃やしちゃった」


ミィナはぺたぺたと自分が寝てた布に触れる。

それから天井を見上げ、壁を見、テーブルの向こうに見えている真っ黒な炉を見た。

(ここ、わいの、家?)


──どんどんどん!

大きな音が響いて、ミィナは飛び上がった。

玄関で黒い服の男のひとりがなにかしている。

(かんぬき)つけてもらってるの」

女の子がうふふふ、と笑った。

「女の子ふたり暮らしで鍵もない家なんて、物騒すぎるでしょ」


(なん?女の子、ふたりぐらし……?)


なに言っているのか。

なにがおきているのか。


(なんもわからん、わからん……)


逃げたい。

このずっと笑っている女の子から。

けど、ここはミィナの家なのに、どこへ?




──全部?これ全部、食料なんかね!?

──女どもパンを焼けぃ。今日は祭りじゃー!


家の外から浮かれた騒ぎが聞こえてきていた。

余所からやって来た女の子は大量の食料を村にくれたらしい。

村の者たちが畑仕事もなにもかも放り出して、食料を囲って大騒ぎをしているのが、わかった。


「別に、村の人たちの為に食料あげたわけじゃないんだけど、ね」

女の子は意味ありげに笑った。

じゃあ、なんの為?

肥えたら食う為?

勝手に想像して、ミィナは震えた。

目の前の女の子は、人を食らってもおかしくないような感じがする。


(なんもせんで、食いもんくれるなんて、そんなうまいこったねぇ)

外で騒ぐみんなは、馬鹿だ。

こうして膝を抱えて動けないでいる自分はもっと馬鹿だ。

こうして得体のしれない女の子に家を取られて、消えそうになっている……



じっと壁の一部になって、女の子と黒い服の男たちを見ていた。

女の子は小さいくせに、すごく偉そうな子だった。

男たちは忙しそうに立ち動き、家の掃除までした。それを女の子は座って見てるだけ。

そして男たちのすることが終わると、

「ばいばい」

と手を振った。


男たちは

「こんな村に貴女を残して」とか

「この村に残って貴女をお守りします」とか、ミィナにはよくわからないなにかを女の子に懇願した。

けれど女の子はにこにこ、にこにこして、

「時々遊びに来てねー!」

男たちを外に追い出し、取り付けられたばかりの閂をガシャンと下ろした。


(怖い、怖い子だ……)


ふたりきりになってしまった。

どこにも行けないミィナはぎゅっと目と耳を塞いだ。



※※※※



目をつぶって、耳を塞いで。

じっとじっとして。

なんにも感じないようにして。

時が経つのを待つ。


この家でそんなふうな時間を、これまでどれだけ過ごしてきただろう。


誰もミィナを見ない。呼びに来たりしない。

だからミィナはずっと、壁や床みたいになってられたのだ。


腹の狼さえ吠えなければ。



ふと、なにか匂いがした。

鼻が感じる前に、腹の狼がぴくりと反応した。


(食いもん……?)

ふらぁとミィナは立ち上がった。

見ると、炉の前に女の子がいた。

まだこの子いたのか、とミィナはぼんやりと思う。


「ちょうど、できたところだよ〜」

ミィナを見た女の子はにこっと笑い、炉にかけた鍋の中身をすくった。

ふわぁと甘い香りが広がった。


(できた?食いもんが?)

「さあ、ミィナ、食べて〜。即席乳の麺」

なんだかわからないけど、食い物だ。


信じられない思いでふらふらと近づき、白い湯気のたつ皿に手を伸ばした。

すると、さっと皿を引かれた。

「椅子に座って。口をあーん、だよ」

女の子がにっこり笑って言う。

「…………」

ミィナはそっと手を引く。

言われた通りに椅子に座り、口をあーんと開いた。すると、口に温かくて甘くてむにょむにょしたものがやって来る。

「よぉく噛み噛みしてねー」


(なんなん、これ?うま!!)

「噛・む・のー!急いじゃダメ。噛めないならあげないから!」

「!」

ミィナは一生懸命噛み噛みして、ごくんする。

するとまたむにょむにょしたものがぬるい液体と共に運ばれてくる。

もらえるスピードの遅さと一口の少なさに、ミィナは皿をひったくりたくなる。

けれどおしまいにされたら困る。

ちみちみと運ばれてくるものを必死に噛み噛みした。

「このわたしの妹が、こんな惨めな姿で死にかけてるなんてー」

ため息が聞こえて、ミィナはカナの顔を見上げる。

「まずはしっかり食べて元気になって……、そこから始めないとね」

優しい声。けどなんでか、ぴりぴりする。

……怒ってる?



10口も食べただろうか。

「今日はおしまい。また明日」

女の子が言うから、ミィナは目を丸くした。

明日?明日も?


(なして、わいに飯くれるん?)

腹がぽっぽとしてきたおかげか、ミィナはやっとそのことに思い至った。

食べ物の匂いに頭がおかしくなっていた。

ミィナはきゅっと口を結ぶ。


ミィナに食べ物をくれるのはきっと……、なんか、怖いことを考えてるから。

じゃなきゃおかしい。


この女の子が、ミィナの姉ちゃだなんて。

そんなことは、あり得ない。

だって、ミィナより背が低いし……


突然姉が現れて、飯をくれて、これから一緒に暮らす。

そんなのは夢だ。

起きたら苦しいだけの、ひどい夢。


「ちが……、姉ちゃじゃ、ねぇ」

ミィナは女の子を睨むように言う。

途端、女の子はテーブルにごんと頭をぶつけた。

「え?そこから!?そこからなの!?」

女の子はショックを受けたようだ。

ミィナは喉を震わせた。

「………だて、ちっこ……」

(だって、わいよりちっこいから……)

「ああ、ああ、そっか。わたしって小さい子どもにしか見えないもんね。……久しぶりに指摘されちゃったわ」

ミィナの足りない言葉を難なく理解したらしい女の子はくふと笑った。


「なんかねー。村を出た8歳から背が伸びなくなっちゃってー」

指で自分の頬をつついた。

「たぶんね、神さまが『お前は小さい方が可愛いから、小さいままでいなさい』って言ってるんだと思うのー」

ミィナは目をまん丸にした。


「だから、わたしはミィナのお姉ちゃんなのに、ミィナよりも小さいんだよ」

そういうものかと頷くしかない。神さまというのは人には理解できない事をしばしば成すものだから。


(それじゃぁ、ほんとに、わいの姉ちゃ?)


女の子は、ずいっとミィナに顔を近づけた。

「……というか?ミィナは本当に、全然、覚えてないの?この可愛い顔を!」

可愛い顔、と言いながら、自分の頬をむにっとつまむ。

(ち、近いっ)

「幼い頃から村中の大人をメロメロにして、神さまの愛し子とまで呼ばれた、この顔を覚えてないの!?」


(村中の大人を……、神さまの愛し子……)

ふと、ミィナの脳裏にずっと忘れていた光景がうつる。


『カナは、なしてこぉなに可愛いかね』

『神様の愛し子だで』

『カナはこん村に神様がくれた宝だでなぁ』

いつも誰かに抱っこされてて、頭を撫でられてて、食べ物も服も特別にもらってくる姉。


ずるい、ずるい、姉ちゃばっか。


しょうがねぇがー。カナは特別だけんな。なしてわいとあん人から、あぁな子が生まれたかねぇ……


そう言ったのは母だったか。


ミィナの口があ、の形になった。

「思い出した?ね?わたしお姉ちゃんでしょ?」

ミィナは目の前の顔をしげしげと見た。

昔の姉の顔なんて覚えていない。

けれどミィナには確かに、可愛い可愛いと村中の大人たちから愛でられる姉がいたのだ。


(じゃあ、ほんとに、ほんとに?)


「わたしはミィナのこと、よぉーく覚えてるよ」

女の子……姉?は目を細めて、にんまりした。

「こう唇をつんとさせてね、『姉ちゃばっか、じゅるいじゅるい、ミィナにもミィナにも』って小さい手を出してね。それがもう、すっごく可愛くて。結局いっつも、わたしがもらったものなのに、ミィナにあげちゃってたなぁ」

「……………!?」

(そ、そんなん覚えとらんし!)

ミィナは目をキョロキョロさせた。

「ミィナ、わたしのたったひとりの妹」

女の子は、カナは、そっと手を伸ばして、ミィナの頬をそっとつついた。


「あんなに小さかったのに。ひとりにしちゃって、ごめんね」

「……………」

「9年も。頑張って生きててくれてありがとう」


(そんなん、礼を言われても……)

なんて返せばわからず、目を伏せる。

姉がいたことすら、忘れてたのに。

ミィナはどういう顔をすればいい?

わからなくて、頭がぐるぐるする。


「これからはお姉ちゃんに任せなさい。あなたを幸せにしてみせるから」


幸せってなんだろう、なんて思いながら、

気づけば目からぼったぼったと水が落ちて、綺麗なテーブルに染みを作っていた。

すっごく久しぶりの小説です。

読んでくれてありがとうございます!

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