アイドル探偵なゆち
アイドルと会えない期間というのは、たとえそれが1日足らずに過ぎないとしても、ヲタクにとってもどかしい時間となる。アイドルに会えるのが今か今かと待ち遠しく、ソワソワと心が落ち着かないのだ。
湊人がなゆちに推理を披露した撮影会の次の日に、なゆちが出演するライブがあったことは、不幸中の幸いであったといえる。
しかし、たった1日のインターバル、正確に言うと、湊人がなゆちに会いたいと思ったのは、撮影会の翌朝であるから、インターバルは半日強くらいしかなかったのだが、このときほど湊人が、なゆちに会えない時間をもどかしく思うことはなかった。
決してなゆちへの愛情が爆発し、会いたくて会いたくて仕方なくなったのではない。
なゆちへの怒りが爆発し、苦情を言うために会いたくて会いたくて仕方なくなったのである。
「なゆち、一体どういうことなの!!??」
平行物販で、湊人は、チェキ券を差し出すよりも先に、なゆちに大声を浴びせた。
「……何の話?」
「とぼけないでよ!! YouTubeのことに決まってるじゃん!!」
今朝、なゆちは、自分のYouTubeチャンネルにとある動画をアップしたのである。
「ああ、あの動画か!! みなと、聞いてよ!! 動画再生数が、今日だけでもう10万回超えたんだよ!!」
それは知っている。そのことは湊人の怒りを増幅させる事情でしかないのだが、なゆちは心底嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねていた。
その動画のタイトルは、「夕凪いつきの死の謎に迫る!! アイドル探偵なゆちの事件簿Vol.1〜踊る飛び降り死体〜」である。内容は、昨日の撮影会で湊人がなゆちに話した内容をそっくりそのまま紹介するものであった。
ただし、すべてなゆち自身が推理をしたテイで。
「私の動画がこんなにバズったの初めて!! 全部湊人のおかげだよ!! 本当にありがとう!!」
「違う!! なゆち、そういう問題じゃないんだ!! あの動画は完全にアウトなんだ!!」
なゆちは首を傾げる。
「どうして? 別におっぱい見せてるわけじゃないし、BANされる心配はないんじゃない?」
「その心配をしてるんじゃない!! なゆち、イマックスさんの意思はどうするんだ??」
「イマックスさんの意思??」
「そうだよ。イマックスさんは、今回の事件について、完全に黙秘してるんだ。それにもかかわらず、なゆちの動画では、イマックスさんの動機から何まで紹介されてるじゃないか!!」
「だからこそバズってるんだと思うけど」
「でも、イマックスさんの意思に反してる!!」
「別に、イマックスさんが黙秘をしているのは、それを世間に知られたくないからじゃないんじゃない? みなとに送ったメッセージには、自分の罪を重くするために黙秘する、って書いてあったと思ったけど」
クソ……。普段は支離滅裂なのに、どうしてこういうときに限って正論が出てくるのだろうか。
それに、となゆちは続ける。
「イマックスさんが送ってくれたメッセージには、『なゆちが売れるためにできることは何でもしてあげて欲しい』って書いてあったよ。だから、私が動画をアップしてバズるのは、イマックスさんの意思に反しているどころか、意思に合致してるはずだよ。みなとの協力によって、私が売れるわけだからさ」
湊人は、なゆちに自分の推理を披露してしまったこと、さらには、イマックスさんのメッセージを見せてしまったことを激しく後悔していた。
なゆちが昨日の湊人の推理を聞き、そこではじめて動画にすることを思いついたわけではないことは明確であった。
なぜなら、動画の中には、事件当日の現場の様子、なゆちが警察・ライブハウス関係者に話しかけている様子、さらにはラーメン屋で「しがらみMIDNIGHT」を再生しながら湊人が振りコピをしている様子などが、映像として使われていたからである。
なゆちは、事件発生直後から、最初からこの動画を作る目的で、いつきの死の謎について調査をし、その調査の協力を湊人に求めたということである。
なゆちは無邪気なのではない。ただの悪だ。
「チャンネル登録者数が、一気に300倍くらいになったの!! 私、みなとには本当に感謝してる!! ありがとう!!」
そう言って、なゆちは、チュッと湊人に投げキッスをした。
投げキッスごときで湊人の怒りが完全に鎮まることはなかったが、不覚にも一瞬ニヤついてしまった。この表情のみを捉え、なゆちは湊人が自分を許してくれたと解釈したようだ。
「みなとのことはこれからも頼りにしてるから!! これからもよろしくね!!」
この「これからもよろしくね!!」の意味が、「Vol.2もよろしくね!!」という意味だったことを湊人が知るのは、その数日後のことだった。
(了)
本作を最後までお読みいただいた方々,ありがとうございました。
タイトルやあらすじから,もう少し「なろう」らしい,コメディー寄りの作品を期待された方もいたかもしれません。そのような方には申し訳なく思いますが,僕が書きたかったのは,まさに本作のような典型的な探偵小説でした。
本作を書こうと思った動機は,大きく分けて2つあります。
1つは,アガサ・クリスティーのポワロや,コナン・ドイルのホームズのような名探偵が,僕も欲しくなったからです。
これまで僕が書いたミステリーは,「引きこもり民俗学者と漁村殺人事件」を除き,作品ごとに完結し,シリーズ化できないものばかりでした。そちらの方が大胆な仕掛けを施せるので,好みといえば好みなのですが,他のなろうミステリー作家の方は,大体それぞれの名探偵を持っているので,羨ましいという気持ちはずっとありました。
そこで,僕も名探偵を生み出さねば,と思ったわけですが,シリーズで書く以上は自分の得意分野に引き寄せた方が良いと思い,地下アイドルを使うことにしました。18歳の頃から,かれこれ10年以上アイドルの追っかけをしてますので。
もっとも,本作のなゆちは,「探偵」とYoutubeでは名乗っているものの,実際は推理はせず,すべて自分のヲタクである湊人に任せる,という設定になっています。思い返してみると,上述の「引きこもり民俗学者」も似たような設定でした。いや,「引きこもり民族学者」の方は,調査はすべて助手が行いますが,推理自体はヒロインの倫瑠が行っていたので,本作はそれよりも悪質かもしれません。僕の中にある,男は女に服従すべきだ(女尊男卑)という価値観が徐々に強まっているのかもしれません。
そして,本作を書いたもう一方の動機は,今更ながら,日本ミステリー界の大家である島田荘司先生の著作を読み漁るに至り,強く影響を受けたことにあります。
島田先生の小説は,5人の死体を組み合わせて一人の「生きた」人間を作ったり,空っぽの鎧が人を殺したり,木が人を食べたりといった,「それはありえないだろ」という「不可能」を最初に提示し,その「不可能」をトリックを駆使して上手く説明してしまうものです。
今まで小説を書いていて,あまりそういう発想がなかったので,自分の成長のためにもぜひ取り入れたいと思いました。
その最初の第1作目が,9月に短編でアップした「黒魔術を使って殺しました」であり,本作はそれに引き続く挑戦ということになります。
本作では,ステージで踊っている最中に屋上から飛び降りる,という「不可能」に挑みました。なゆちシリーズ第2弾である次回は,廃墟での心霊動画撮影中,ジェイソンにチェーンソーで殺される,という「不可能」に挑戦しようと思います(「惨殺するジェイソン〜地下アイドル朝野奈柚は推理でバズりたい!②」〜は,近日中にアップ開始予定です)。
いつもいつも後書きが長くなってしまい申し訳ありません。実は,電子書籍化した「ANME〜スマホの中の失踪少女」でも後書きが長くなり,編集担当者から,「もっと短くまとめるように」とお叱りを受けました。
他にも色々と書きたいことはありますが,それは次回に譲ります。
本作をお読みくださった方々に,重ねてお礼申し上げます。
このシリーズがどれだけ続けられるかは皆様からのブクマ・評価によるpt支援に大きく依ってきますので,少しでもお力添えいただけるのであれば,ブクマ・評価をお願いします!