カインの使者 第二部 第12章「志門の愛」
追手を逃れたループストライカーの中でプレアデスの特使を含め全員で合議は続いた。一息吐いたマーナたち。そこで思わぬ行動を取る志門。彼は突然、全員を抱擁し始めた。
第二部 第12章「志門の愛」
「気が付いたか…ネフリィ」
始は彼女の半身を起こし優しく支えた。
「私は……生きている」と彼女は言った。その表情には複雑な思いが現れていた。
「ああ、生きているんだ。僕は君とこうしてまた会っている」と始。
言葉にならない思いはお互いを抱擁させた。
「ネフェリィ、暫く体調が安定するまでこの部屋で居よう」
始は彼女に自分の四年間と彼女の現世界への生還という奇跡について語って行った。
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私はパーソナルディバイスの格納室から始と彼女の様子を伺いつつ、二人の霊子波動とカインの剣の波動を監視していた。
{彼女の生命波動が、かなり安定してきた……おや?}
私はカインの剣の波動を注視した。
{剣の波動が…前の状態よりずっと下がっている、今、0値に近い…エネルギーライン(パラメーター)をチェック}
私はエネルギーの流れを可視化した。それは二人を通して循環していた。
(彼女は “剣の意志は私と同じ” と言っていた……これはカインの剣の武器としての本質を変えるかも知れない}
私は一先ず、合議を行っている方へ注意を戻した。
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アクエラが志門に詰めていた。
「志門、お前とミカだけが幸せではダメなんだ」とアクエラ。
「地上帰還計画は方向性として間違ってはいない…だが、時間がな…」とマーナは志門に言った。
志門は暫く黙ったが次にこう言った。
「カインと地上との交渉はずっと無いままでしょう。何故ですか、和解はないのですか?」
ロタが志門に言った。
「個人レベルでは君の言う事は正しい…が、前の世界でアベルが月へ侵攻を掛けて来たのは君も知ってるだろう。今はアベルたちにカインの剣の一本が存在している」
「地上で言うところの核抑止力…みたいなものか」そう言うと志門は大きなため息を吐いた。
特使は志門の方を向いた。
「武器の力が後戻りできないところまで大きくなったのです」
「神様たちは直接何もしないのですか?」と志門は尋ねた。
特使はここで志門に注意を促した。
「私たちは貴方の世界より少し次元の高い世界に居るだけの “人間” です。意識として人間以上のものではありません。なので神様と呼ばずにプレアデスか特使で構いません。それと――直接に介入すれば科学は飛躍的に発達しますが最も重要な精神は取り残されてしまうでしょう…これが一番問題なのです」
ロタが聖典を開いて、ある個所を読んだ。
“『人間は御使い(天使)より僅かに弱い者として創られた……』”
「ここで言う “僅かに” とは次元の特異性を示しているんだ。だから大幅に人間が劣っている訳じゃない」とロタ。
マーナが私に言った。
「ミカ、周り状況はどうだ、特に脅威は無いか?」
{ありません、脅威となるような波動も検知していない…}
マーナは立ち上がると全員に告げた。
「一先ず、休憩だ」
Elle・シャナは手を上に伸ばして言った。
「難しい話は肩が凝るな、私の職種はメサイヤ(パイロット)だからな」
「勉強だと思って聞いておけ、それともサンヘドリン(最高法廷)やケルブとセラフィム(最高評議会)へ来てみるか?こんなものではないぞ」とアクエラはElle・シャナを窘めた。
「私の名前には「Elle」が付いている。霊子界から降ろされた専門職だ。ロタもな…」とElle・シャナはロタの方を向いた。
「私は律法義委員になって長い。何時になったら霊子界へ帰れるのかな…そろそろ解放してもらいたいものだ」とロタは吐くように言った。
「それは残念だな…僕はお姉さんたちとずっと一緒に居たい」と志門は二人に言った。
ロタはフフッと笑った。
「君は好い青年だな…いや、もう青年ではないか」
志門は近づいてロタに両腕を回し抱き寄せた。そしてこう言った。
「自分はカインを…愛しているんだ」
「……とても心地良い…ミカはいつも…幸せなんだな」とロタは呟いた。
志門はアクエラとマーナにも同じようにした。
「悪くない…何か落ち着いた…男性とはこういう生物なのだな」とアクエラ。
マーナは少し戸惑ったが志門の行為を許した。
「志門…ミカが見ている…」
「少しなら許してくれる…と思う」と志門は言った。
それを見ていた私は船と接続を切りパーソナルディバイスの格納室から出た。
コックピットへ入り志門に近づこうとしたが特使から止められた。
「これは大事な事だから…カインは女性しかいない。今彼がしている事はどんな言葉よりも癒しになります。私たちのような意識体は男も女も無いし、肉体を持たないので疲れないし癒しも必要ない…ただ、こう言う事が出来るのは素晴らしいし、羨ましくも思います」と特使は言った。
「志門が他所の女に盗られてしまう!」
私はそう言うと特使の身体を抜けて志門へ走ると腕を掴みマーナから離した。
「良い癒しだったのにな…」とマーナは残念そうに言った。
「そんなに良いものなのか。志門、私にもやってみてくれ」とElle・シャナは志門に近づいた。
「それ以上近づくな、Elle・シャナ。いくらパートナーでも許さないぞ!」
そう言って私はElle・シャナを牽制した。
志門は困ったな、という顔で言った。
「ミカは四年間の地上の生活でスッカリ変わっちゃったな…でも、前の世界でラントに君が自分を分け与えたのを僕は許したのを覚えている?」
「あれは彼が私の奴隷であの時、彼にやるものが無かったからだ!」と私は志門に反抗した。
志門は私が掴んだ手を解くと引き寄せ両腕を背中へ回し耳元で呟くように言った。
「自分も今これくらいしか出来ない……だから許して欲しい…」
「………」
「自分はカインの人達が好きなんだ…」と志門は言った。
志門は暫く私を抱いた後、離れてElle・シャナにも同じようにした。そして特使にも―――。
「私は可視的に女性を表現しているだけですが……それでも良いのですか」と大使は志門に言った。
「構いません、これは僕とプレアデスの愛の証です、どうぞ受けて下さい」
志門は特使のエネルギー体を手で包み込むように行った。
私は彼の奇異とも取れる行動を傍観するしかなかったが、誰もがその表情を緩ませているのが分かった。
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一方、隔離された部屋でネフェリーム・バリアントは次第に回復して行った。
「この船に積んである私のカインの剣の力が私に入って来ている…もう大丈夫だ。ありがとう、始」
「良かった、安心したよネフェリィ」
彼女はベッドから足を降ろして椅子代わりにすると始に尋ねた。
「私と似たようないで立ちをした者が居たが彼等は誰だ?」
「彼女らはカインの末裔だよ。女性しかいない」と始は答えた。
「末裔?」
「カインの血脈は続いていたんだ。月の裏側で…聞いた時、信じられなかった。だけど、志門教授はそう言っていた」
「志門、どのような者だ?」とネフェリ―は聞いた。
「カインの女性と結婚した男性だ…君の言葉で言えばアベル側の男性だ」
「そうか…会って話がしてみたいな」とネフェリ―はポツリと呟いた。




