カインの使者 第二部 第10章「乱闘と緊急事態」
プレアデス船内で再開する始とネフェリーム・バリアント。二人の会話の中、カインの剣の制御について新たな事実が発覚する。マーナたちはこの事で討議を行うが全員が苛立ち、遂に船内で乱闘が始まる。
事態が収拾した後、ループストライカーにアベルの軌道プラットフォームの接近警報が発令、機を同じくしてプレアデス船から緊急事態の信号を受け取る事となる。
第二部 第10章「乱闘と緊急事態」
始は倒れようとするネフェリィを受け止めると彼女の顔を確かめた。
苦しそうな表情の彼女は目を閉じていたが、ゆっくり目を開けた。
〈ここは……〉
〈プレアデスの船の中だ。ネフェリィ、僕だ。解るか!〉
〈……〉
特使は始に告げた。
〈彼女の肉体は瀕死でした。その影響が意識体にも出ています。固定した光子を準励起状態へ引き上げます、もう少し待っていて下さい〉
ほどなくしてネフェリィの表情は緩んだ。
〈……始‼ 何故…此処は?私は死んだのか⁉〉
〈僕は君を…今一度、君と話がしたい〉
始は自分が四年後の意識である事、そして預かったカインの剣が再び世界を混乱に導こうとしている事を語った。
〈カインの剣は始に渡す時、固く封印した。それでも影響が出ているのか?〉
〈カインの剣はアベルも持っていると君は言っただろう…その一本が存在している〉
ここで始の意識の中へループストライカーからの交信があった。
《始、女にカインの剣の波動を弱めるか抑え込めないか聞いてくれ》とアクエラ。
〈分かりました…それから “女” という言い方はやめてください、名前で呼んでください!〉
ループストライカーに居るアクエラは表情を歪めた。
「チッ……面倒くさい奴だ。マーナも気を付けろ!」、アクエラは隣で交信を聞いていたマーナにも注意を促した。
「ウム…それは失礼だったな。女は私たちの祖先でもある」、マーナは手を頭に持って行くと短い溜息を吐いた。
《始、早く彼女に聞いてくれ》
〈分かりました、少し待って…〉
始はネフェリィにカインの剣の波動を抑えられないか尋ねた。彼女の答えはシンプルだった。
〈剣の意志は私と同じ。私の思いで剣の力を加減できる…〉
モニターをしていたアクエラ他は腕を組んで暫く黙った。
「本人が居なければダメなのか……しかし、今のカインでさえ補機が無ければ霊鉄はコントロールできない。人間としては飛び抜けた能力だ」とマーナが言った。
アクエラは私にネフェリーム・バリアントの霊子波動のモニターの様子を聞いた。
船の私は次のように答えた。
{彼女の波動のベース形態はレコードしていますが、これを変調、増加させるには、やはり本人でなければ無理です}
ロタは全員に言った。
「暫く時間を置いて話し合いだ。これは難しい話だ」
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《始、少し話が難しくなった。こちらで状況を討議する。その間、彼女と昔話でもしていてくれ》
〈分かりました……特使、時間に猶予はありますか?〉
始はそう言って特使に呼び掛けた。
特使も始と同じように可視化した状態で現れ次のように言った。
〈時間はいくらでもスライド出来ます。彼女と色々な事を話して下さい、きっと積もる思いもあるでしょう…〉
始は話さず、ネフェリィを優しく抱いた。それは言葉より確かな始の思いだった。彼女と出会った時、色々な事が有った。それは普通に過ごすより遥かに大きな出来事だったに違いないのだ。
〈君にはずっと生きていて欲しい……ここで、ただ話して終りなんて僕は耐えられない〉
始とネフェリィは言葉少なく、ずっと抱き合った。
*******
始たちの状況を私はループストライカーで見ていた。
(志門と私みたいだ……前の世界で志門と出会った後、色々な事が起きた。今、彼と一緒に過ごせている……始も彼女と結ばれるだろうか…)
一方でマーナ他が集まり、色んな意見を出し合っていた。
「アストラル体でカインの剣の力は抑えられないのか⁉」とロタはマーナに問うた。
「それは無理だ、ロタ。霊子波動は生きた人間の肉体構造も関係している。意識体は高次元に保存される情報だがそれ自体では…」とマーナ。
マーナが言い終わらない内に志門が質問した。
「カインの剣は破壊出来ないのですか?」
アクエラはマーナに代わって答えた。彼女は呆れた顔で志門に言った。
「そんな事が可能ならとっくにやっている。霊鉄は霊子波動を具現化したものだ。それも超強力だ!志門、お前は本当にループストライカーで霊子世界へ行ったのか、それともバカなのか⁉」
殆ど罵りとも取れるアクエラの言葉に志門は立ち上がり、アクエラの所へ走ると腰を落としてアクエラの手を握り顔を見つめた。
「何だ…?」
「お姉さん(アクエラ)はとても綺麗だけど言葉使いは残念だ!」と志門はきっぱり言った。
アクエラは志門の胸ぐらを掴むと引き上げた。
「アアァッ、私に何かしてもらいたいってかぁーっ!」
Elle・シャナが中へ割って入った。
「ヤメろ、バカな事を言い合ってる場合か!」
ロタが腰を上げるとアクエラに近づき、思いっ切り腹に蹴りを入れた。アクエラはその場に膝を着いた。
「ウッ、ウグゥウウ……」
ロタは崩れたアクエラを見下すような感じで言った。
「自分は職務柄、人に蹴りを入れたのはこれが初めてだ。これ以上の暴言は私が相手をするぞ!」
一人外れて立つマーナは頭を手で押さえ吐くように呟いた。
「こいつら……もうダメだ。すまない、エステル」
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始とネフェリィはずっと抱き合ったままだった。
特使はループストライカーからの通信を待っていた。
〈三次元時間で4ホーラ (時間) か……一体何をしている(汗)〉
特使がそう考えている時、異変が起こった。
〈パラメーターが…⁉ 彼女のアストラル体に光子が大量に流れ込んでいる!そんな事が…〉
特使は空間に投影されている意識体と物理体の波動グラフを見た。
〈質量増大!固定したはずの光子がアストラル体へ流れている、これは大変な事になる!〉
二人はお互いに抱き合っていたがネフェリィの身体がスッと始の身体を通り抜けた。
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「ハアッハアッ……お前ら…もう許さん!」
マーナが肩で息をしている周りには他の者が床に伏していた。
それを見た私は船との接続を解除し、パーソナルディバイスの格納室から飛び出した。
「マーナ、何やってるんですか‼」
私はその有様を見て、その場に立ち尽くした。
口論の末に全員での乱闘だった。
私は床に倒れている者に走り寄り椅子に横にならせた。
「志門――貴方、大丈夫?」
「痛た…余計なこと言うんじゃなかった…ウググッ」と志門は脇腹を抑えながら言った。
ロタはグッタリした感じで天井を仰ぐと呟いた。
「この件で私は律法着委員を失格だな…カインの血か…実に下らん」
Elle・シャナは私が船と同期を解除しているのを見ると腰に手を当て、体を引きずるようにコックピットの操作卓へ歩いた。
操作卓前面に映し出されているオプティックモニターを見たElle・シャナは大声を出した。
「警報―――っ‼ アベルの軌道プラットフォームが接近している!」
それを聞いた私は慌ててパーソナルディバイスの格納室へ走り込み船と接続した。
Elle・シャナが叫ぶのと機を同じくしてプレアデス船から緊急信号を受けた。
「緊急――、何か有ったか⁉」
マーナはElle・シャナの所へ走り、特使を呼び出した。
プレアデス船から特使の悲痛な叫び声が響く。
[ジコガハッセイ ‼ ネフェリーム・バリアントガジッタイカシテシマッタ ‼ ]
“ 事故が発生 ‼ ネフェリーム・バリアントが実体化してしまった ‼ ”