13
「あ!きーちゃん、秋くんも食堂に来て居たのですね。あまりに皆さんの食事を妨害する椎羅に苛立ったばかりに、目に入れても痛くない程に可愛い弟二人が視界に入って無かった、なんて二人の兄上として失格ですね、……こんな不甲斐ない兄上を許して下さい」
と、早口でそう俺らに喋りかけながら、早足で俺達の元へと近寄ってくると、二人まとめて柚兄ぃは包み込むように抱きしめ、俺達の頭を優しく撫でる。
そんな柚兄ぃは柔らかい敬語な毒舌口調を普段からするのだが、弟である秋和や鷹宏さんを目に入れても痛くない程に溺愛していて、しかも秋和と親友である俺だけではなく、デレデレと鼻の下を伸ばして久夜様や春馬くんを物凄い勢いで猫可愛がりをする。
そんな彼、柚兄ぃは精神的に疲れている時のみ、キャラ崩壊をしてしまうのだ、……普段からも弟に溺愛する柚兄ぃなのだが、人様の目のつくような所では暴走したりはしない。
……そんな柚兄ぃが猫可愛がりをするのは気に入った相手でもそうらしく、多分陽ちゃんと呼んだ山田風紀委員長も、柚兄ぃは相当気にいっているのだろう、山田風紀委員長をあだ名で呼んでいるのだから。
多分高等科を卒業する前は毎日のように、……山田風紀委員長も柚兄ぃに猫可愛がりをされていたのであろう、さっきまで腹黒い雰囲気を若干出していた彼でさえも、視線を王譲椎羅から柚兄ぃへと向け、表情も苦笑へと変化している。
腹黒い山田風紀委員長に苦笑へと表情を変化させる程、高等科在学中に柚兄ぃは、山田風紀委員長に対して猫可愛がりをどれだけしていたのだろうか?
と、俺はその事について不思議に思ったと同時に、鳥肌の立ったような感覚に襲われながら、俺達は猫可愛がりをする柚兄ぃの抱きしめる力に苦しさを感じてはいたのだが、俺は柚兄ぃに大人しく彼に抱きしめられている事にした。
数分間も抱きしめられていて、秋和は耐えられなくなったのか、呆れたような声で柚兄ぃにこう話す。
「柚兄ぃ、俺達はそのくらいで怒ったりする程に短気ではありませんから、そろそろ俺達を離しては頂けませんか? ……俺はともかく騎里が苦しそうです」
と、そんな秋和の言葉に渋々と言ったような様子で柚兄ぃは俺達を離した後、思わず同性の俺でも見惚れてしまいそうなくらいのにこやかな満面の笑みを浮かべた後、柚兄ぃは視線を王譲椎羅の方へと視線を向け、柔らかい優しい口調なはずなのに、彼は思わず心にグサッとくるような言葉と言う毒を吐いた。
「ごめんなさいね。私の可愛い可愛い弟の秋くんときーちゃん。椎羅が暴走して騒ぎを起こしたせいで折角の食事を我慢させてしまったみたいで、弟達と皆さんを困らせたあの娘は後でみっちりと叱っておくので安心して下さいね……?
それに私のお気に入りの陽ちゃんを困らせないように(うわ言を言ってしまうくらいに繰り返し)、……言い聞かせておかなければいけませんね」
と、柚兄ぃは言った。
どうしよう……。そんな腹黒な雰囲気を出している柚兄ぃにそう言われても、全然安心して柚兄ぃに任せる事が出来ないのだけど……、と思うのは俺だけなのだろうかと内心冷や汗を大量に掻きながら、俺はそう考えていた。
と、言うか、最後の方の言い聞かせて〜……の前に無言だったのは明らかに間違えなく、心の中では別の事を言っていたんじゃないかと思うのは、もしかして俺だけなのかな?!
そう考えているうちに、柚兄ぃの猫可愛がりをするターゲットは変わったのか、彼の視線は王譲椎羅から山田風紀委員長の方へと変わっていて、柚兄ぃのその視線に気付いているのか、山田風紀委員長の口元は少しだけ引きつっていた。
そんな山田風紀委員長の表情に気付いていながら、柚兄ぃは彼にまるで突進するように早足で、山田風紀委員長の元へと向かって歩き、頭一つ分柚兄ぃより低い彼の事を、ギューッと効果音がつきそうなくらいに、柚兄ぃは山田風紀委員長を包み込むように力強く抱きしめる。
その様子を見て、苦笑しながら秋和は、
「……きっと勉強し過ぎて精神的に疲れてるんだな、柚兄ぃ。あの人さ、本当に自分の得意分野では凄い才能を持つ人なんだけど、得意分野の勉強だと好きすぎて、休憩の加減がわからなくなるくらいに夢中になりすぎるから、相当精神的に疲れるみたいなんだよ。
だからお気に入りの人を見ると癒しを求めて、……普段なら我慢出来る猫可愛がりをしたくなってしまう衝動が、精神的に疲れている時は我慢出来なくなるみたいでな。
今がその最中だな、だから珍しく人が集まる食堂に来たんじゃないか……?
と言うか、陽ちゃん先輩も柚兄ぃに影響されてさ、ゲームのシナリオとは違って、……確かに腹黒ではあるけれど人に対する態度が別人みたいに、柔らかく優しいものになってる。やっぱりこの世界は『友愛学園』の世界に似ていても、……少しだけ異なる世界なんだなって思った」
と、秋和は俺だけに聞こえるくらいの声で、優しい表情をしながらそう言った彼に、俺はそんな秋和の表情に微笑ましさを感じて、俺は思わず口元を緩ませるように笑う。
その後、秋和から柚兄ぃ達へと視線を戻すと、柚兄ぃと頭一つ分低い山田風紀委員長を、柚兄ぃは頭を撫で回しながら抱きしめ、そんな彼に対して抵抗する山田風紀委員長を生温かい目で眺めていると、苦笑しながら俺達の隣に鷹宏さんがやって来た。
「もう、兄上ったらスキンシップが過剰なんだから、山田風紀委員長さんを困らせちゃ駄目だよね」
と、そう言う鷹宏さんに対して俺は、横に首を傾げながら彼にこう聞いた。
「あれ、兄様は?」
「ああ。暁はね、兄上の過剰なスキンシップをされるのが嫌で、売店で夕食を買って部屋に帰ったよ」
鷹宏さんはにこやかな、優しく柔らかい満面の笑みを浮かべながら、嬉々とした声でそう言う。
そう言えば兄様、柚兄ぃに過剰なスキンシップをされる度に、その後に青ざめた顔をしながら、鷹宏さんに大人しく頭を撫でられていた事を思い出した。
そんな弱々しい兄様を見たことがなかったから吃驚したけど、そんな兄様を驚く事なく、鷹宏さんは嬉々とした表情で、珍しく誰かに甘える兄様を撫でて宥めていたな、確か。
兄様はあんまり、スキンシップされるのが好きじゃないからなーと考えながら、未だに山田風紀委員長の頭を撫で回し、ギューッと抱きしめている柚兄ぃに視線を戻した。
「俺達も売店にするか」
「そうだね」
「しばらくあの二人を観察してからにしよーぜ。……それよりも、騎里の顔色が戻って良かったよ」
と、秋和は俺を気遣うような言葉を柔らかく優しい口調でそう言った後、彼は俺に向けてニカッと歯を見せて笑う。そんな彼の表情に、俺はつられるようにニコリと微笑み返した。
……ありがとうと言う気持ちを込めて。
◇◆◇◆
柚兄ぃの精神的に疲れたあまりに、彼のお気に入りの人を猫可愛がりをしたいと言う衝動が治まったのは、あれから三十分後の事だった。彼の猫可愛がりをしたいと言う衝動に一番被害を被ったのは勿論、山田風紀委員長だった。
三十分間くらいずっと、頭を撫で回され、抱きしめられていたのだから。
解放された時にはもう、げっそりとしたような雰囲気を醸し出し、多分三十分の間で体重が一キロは減ったんじゃないかと思ってしまうくらいだった。
「やっぱり精神的に疲れた時は、陽ちゃんを猫可愛がりするのが一番ですね」
と、柚兄ぃは後にそう語った。……その彼の一言に、俺達は唖然した。
柚兄ぃが精神的に疲れた度に、山田風紀委員長が柚兄ぃの猫可愛がりしたいと言う衝動の被害に、一人遇っていたのかと思うと、俺は思わず山田風紀委員長に尊敬の心が芽生えた。
俺達は思わず、山田風紀委員長の元へと駆け寄り、俺達はまるで行動がシンクロしたかのように、同時に山田風紀委員長の肩に手を置いて、にっこりと柔らかく微笑んでこう言う。
「「柚兄ぃの猫可愛がりしたいと言う衝動に、毎回耐えられていただなんて、山田風紀委員長尊敬します、凄いですね!!」」
と、一字一句間違えることなく山田風紀委員長にそう伝えると、彼はバッと勢い良く顔を上げた後、山田風紀委員長は疲労した表情を隠す事なく、浮かべながらこう言った。
「そう思うなら、柚さんのあの良くわかんねー衝動を止めてよぁ〜……」
そんな山田風紀委員長の頼みに俺は、
「無理ですね!」
と、俺はそう言って、秋和は俺の言った言葉に繋げるようにこう言う。
「山田風紀委員長は、どうやら柚兄ぃの一番のお気に入りのようですし、俺達でさえも止められません。
柚兄ぃの猫可愛がりが嫌なら、山田風紀委員長が勉強に夢中になり過ぎないように説得し、柚兄ぃに小まめに休憩を取るように見張れば良いのです」
と、満面の笑みで秋和はそう言葉にし、俺に同意を求めるように「ねー?」と秋和は言ってきたので、まるでやまびこのように秋和と同じ言葉を返した。
そんな俺達の言葉に、
「嘘だぁ〜」
と、涙目になりながら、彼は言った。
……言っておくけど、王譲家を継ぐ柚兄ぃには婚約者が一応居るので、同性愛者な訳じゃないよ〜と言っても、今の山田風紀委員長には聞こえないんだろうなと、俺は考えていた。
まあ。柚兄ぃの場合、同性愛者では無いけれど、俺達と同じで友愛に対する依存が恋愛よりも上回っているだけで、その依存の矛先が山田風紀委員長に向かっちゃった訳だ。
でも、柚兄ぃは自分自身の事を嫌っている人に対して依存するような人じゃないからね、山田風紀委員長は多分ツンデレ属性を何処からか、手に入れちゃったんだろうね!
「ま、まぁ? …………去年では風紀委員会でお世話になったし? 声くらいなら、かけても良いかなぁ〜ぐらいには思うけど!あくまでも、柚さんに声をかけるだけなんだからねー!
少しだけ体調面で心配してるんだ、なんて思ってもいないんだから……、勘違いなんかしないでよー」
と、そう山田風紀委員長がツンデレ発言をしている間に彼の背後には、ニヤニヤと嬉しそうに笑う柚兄ぃが居て、山田風紀委員長が後ろを振り向いたらどんな反応をするんだろう? と、俺はのん気にそう考えていた。




