旅人よ、自らを省みる時を大切にせよ‐2
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大型二輪が疾駆する。
内燃機関で暴れまわる爆発的なエネルギーは指向性を与えられ、その重厚な身体に加速度を与える。厚いタイヤを地面に食い込ませ、爆音を轟かせながら前へ前へと突き進む。
フルフェイス越しに聞こえるのは。風を切る音だろう。見れば、スピードメーターは躊躇いがちに一○〇を行ったり来たりしていた。
――時刻は既に深夜を回っていた。
空には雲一つなく、月明かり一つなく。
暗い夜道を浮かび上がらせるのは、バイパスの脇で申し訳なさそうに照らす街灯。そして大型二輪の強烈なヘッドライトが一条。
追い越すのは大型トラックばかりで、時折、泥酔しているらしい客を乗せたタクシーとすれ違う程度だった。
握るスロットルレバーを捻り、尚も加速。ノータイムで感じる強烈なG。アルヴィナンテが報酬代わりにと渡した宝石にて購入したこの大型二輪は、中々に高性能だった。
と、彗一がそんな事を考えている時だった。
『あーあー、そこの二ケツした単車ァ。っつーかクソ陰陽師ィ。今すぐ路肩に停車しろー』
音の割れた濁声が聞こえたのは。
腰に回されたアルヴィナンテの腕に力が入る。
「……厄介な」
『知り合いなの?』
風を切り裂く音に乗って、アルヴィナンテの声が届く。吸血鬼、という存在は身体能力だけではなく感覚器官も鋭敏になっているらしい。小さくぼやいた言葉を拾われた。
「認めたくはねーんけど、」
言いつつ、彗一はスロットルレバーを緩めていく。
徐々に速度を落としていく自動二輪。左へと傾くスピードメーターの針を見やり――やるなら今。
「なっ!」
クラッチを切り、ブレーキ――車体を傾けハンドルを切る。背後からアルヴィナンテの短い悲鳴を聞き流し、クラッチを繋げアクセルを開放。フルスロットル。後輪が、前輪を視点に黒い軌跡を残して弧を描く。上がる煙を尻尾に、巨大な金属の獣は牙を剥く。暴力的な加速度が獣に付与される。
ともすれば振り落されそうになる身体を片手でハンドルに繋ぎ止め、反転した車体の正面を見据える。目の前には一台のバン。
――超法規的警察機関・怪奇課。
警察機関内部にて最近発足したばかりの組織ではあるが、しかし、それは名ばかりのもの。外付け機関の上に試験運用の為、最近多発する霊害に対する介入の仕方も手探りな状況が続くと聞いていた。
『なァッ!?』
驚く濁声を無視。バンに向かって尚も突き進む。彼我の距離が縮んでいく。それにつれて耳元が騒がしくなるが尚も加速。
そうして――
『ちィッ!』
急ハンドルを切り体勢を崩したバンをちらと見やり、彗一による隠蔽の術式が展開。意識が自身より離れている場合、認識するのが酷く困難になるものである。
「あばよう、日比谷ぁ」
彗一は悠々とアクセルターンを決め込み、こちらを探して右往左往するバンの持ち主を尻目にスロットルを捻る。
面倒な奴が出張って来たもんだ。そんな事を考えながら、彗一はサイドミラーに映る街明かりが段々と見えなくなっていくのを眺めているのだった。