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吸血姫アルヴィナンテ  作者: 執筆野菜ブロッコリン
第一章 帰郷
14/14

旅人よ、自らを省みる時を大切にせよ‐7

毎日更新されている方々の事を尊敬します。いやほんと。


 ◆


 湖岸で倒れ、意識を失っていた退魔師達を回収し、簡易的な浄化の結界で囲ってやった。それだけで弱弱しかった呼吸はまともになり、目先の危機的状況は脱した。

 “澱み”は人間の生命活動に対してマイナスに作用する。

 長らく身に晒されていれば体調を崩し、最悪、死に至る。この空間程にまで濃密であれば、まともな対策を取ったところで一時間と持たないだろう。

 しかして彗一は散歩をするがの如く、悠々と猪苗代湖の湖岸を歩む。糸を引きそうな程に濃密な“澱み”に頓着した様子もなく、アルヴィナンテの気配に向け歩み続ける。そうして歩みながら、地脈から供給される力で以て浄化の術式を編んでゆく。

 音もなく。

 唐突に湖の周辺を覆っていた“澱み”が晴れた。先程まで存在していた魔方陣は消え失せ、代わりに浮かぶのは曼荼羅模様まんだらもよう。明滅を繰り返すそれは湖面全域に浮かび上がり、幻想的な空間を作り上げていた。

 しかし、傀儡人形にはまったく理解が出来なかったらしい。


「――やっぱり、あいつかよ」


 術式が発動し、“澱み”が晴れた瞬間。上空から飛来してきた覚えのある魔術の気配に、彗一は溜息を一つ吐いてバックステップ。

 拳を地面に突き入れた体勢で蹲るマッシヴな体躯、しかし明らかに人間ではない体表。アルヴィナンテを襲っていた魔術師が作り上げたゴーレムである。

 朱色の瞳が彗一を捉える。

 そうしてどこかぎこちない動きで立ち上がると、掌を下に腕を差し出した。浮かぶ魔方陣、僅かに残っていた“澱み”で組み上がっていく巨大な斧槍。

 彗一はそれら一連の動作を黙って眺めていた。

 ――否、黙らざるを得ない程に、はらわたが煮えくり返っていた。口を開けば、くだんの魔術師に対する罵詈雑言が止め処なく溢れ出てくるだろう。

 

「――破、ァアッ!」


 腹の底から沸いてくる熱量に、押し出されるかの如く駆ける。その勢いのままゴーレムの鳩尾部分に掌低。まるで反応が出来ずに吹き飛ぶ泥人形に追撃。中空に浮かんだ曼荼羅模様から放たれる炎球。それが複数。


「――ッ、―――!?」


 一つ、二つ。三つ目で遂に捌き切れず、直撃。醜くひしゃげ、歪んだ斧槍を手放したゴーレムは地面を抉りながらも態勢を整える。そうして手元を一瞥し、自らの左腕を引き千切った。身体から離れた腕が黒い靄になり、斧槍へと生まれ変わった。

 ゴーレムの腕があった部分から上る黒い靄――“澱み”を一瞥し、彗一はほぼ得ていた答えに確信を持つ。


「くそったれが……っ!」


 高密度に圧縮した“澱み”により生成された、人工的な“鬼”。それが、ゴーレムの正体であった。

 本来、鬼とは妊娠した巫女の素養を持つ人間の体で、長年蓄積したその土地の“澱み”が人型を模す事で生まれる。条件としては幾つか確認されているが、母体が必ず妊娠している事から、現在確認されている“鬼”は全て双子。これは、受精卵から順を追って身体が出来上がっていく流れを、細胞分裂レベルで模倣しているからだと言われている。自身がそうであるという事すら気が付かずに、日常生活を送っている者が居る程である。

 しかし――、一度ひとたび鬼であるという事が露呈してしまった時、日常は終わり告げる。待っているのは徹底的な迫害。そもそもが“澱み”等という、強大な力で害を為すものであり。いつ正気を無くし自分達に牙を剥くか分からない――本能的な恐怖が、人々を凶行に走らせる。

 現実問題、“鬼”の中には精神の均衡が取れず、それが原因で人としての存在を維持できず崩壊/暴走してしまう者が居るのも確かであり。そうした大規模な霊害を引き起こしてしまっている事も、悪感情に拍車をかけているのだろう。


(しっかし、まあ、何だ)


 再生した斧槍を三度、破壊してやった事で少し冷静になった頭で彗一は呟く。この激情の由来は、と。

 黒い靄を靡かせながら突進してくるゴーレムをいなし、すれ違い様に無防備な背中に踵を叩き込む。そこを中心に術式が展開、小規模な爆発。蹴り飛ばされた勢いと相まり、湖面を水切りの如く跳ね飛んでいく。それを一瞥して、一呼吸。横薙ぎに振るった腕の延長線上、二つになった湖上の人影が水音を響かせた。


(――結局の所は同族嫌悪、なのかねえ)




 “澱み”を纏う四角い影があった。元は湖の管理小屋だったであろうそれは彗一の張った結界をものともせず、今も尚、負の様相を呈している。

 ゆらり――触手の様にうねりながら伸びてくる“澱み”を片手間に処理をしながら、眼前の遮蔽物を崩しに掛かる。表層部分に組み込まれていた迎撃用の術式を破壊し、脆弱となった“澱み”のヴェールを無理矢理に破り抜けた。そうして外との境界を踏み越えた瞬間――暗転。声を上げる暇もなかった。


  ◆


 白い霧があたりに漂い、地に足が着かない感覚。まるで夢を見ているような、そんな不可思議なそれ。自分の意志で体を動かしているのに、操り人形の様に動かされている様な気もする。

 とても気持ちが悪かった。

 自分が誰なのか、何をしようとしていたのか。何をすべきなのかーー大切だった気のするものがすっぽりと抜け落ちていた。それがどうしようにも気持ちが悪くて、むず痒くて。

 ぼんやりと歩いていると、人影が見えてきた。それは誰かを抱き抱えている様で、小さく蹲っている。声を掛けようとして、でも何だかそれはしない方がいい気がして――悩んでいる間にも足は動き続けていて、やがて辿り着く。

 紅い、とても鮮やかな紅色で、華が咲いていた。

 そこだけが、まるでスポットライトを当てられているかの様に丸く切り取られていた。

 内腑を晒し、今にも死んでしまいそうな様相で尚、優しく笑みを形作る彼女は。少し幼げな顔を歪める彼に、抱き抱えられていた。

 彼女は何かを言う。

 そう、確かこう言った。


「あなたが無事でよかった」

『あなたが無事でよかった』


 瞬間。

 轟、と空間が揺れた。次いで、ガラスが割れる様な音が響く。

 世界の破片が舞い散る中、彗一は夢から覚めた面持ちで立っていた。確かに今、夢を見ていた。忘れたくて、忘れられなかった、いっそ悪夢の方がまだ可愛気のある現実。

 意識して深く深く、深呼吸を一つ。そうして世界の揺れが収まり、周囲を見渡すとぽっかりと開いた穴があった。覗き込めば、そこには件の魔術師に追い詰められたアルヴィナンテが。

 ああ、なるほど。合点がいった彗一は呟く。


「――うわ、心折りにきてるやつじゃんこれ。趣味わりーなあ」


 穴の境界を踏み越えれば、そこは精神の――言わば夢の中であった。魔術師の魔術によって精神のみが引きずり出され、都合の良い様に蹂躙される、そんな世界。

 しかし彗一は、それをせせら笑いながら破壊する。


「え、貴方は……?」


 未だに“夢”から覚めていないアルヴィナンテを余所に、彗一は先手必勝とばかりに魔術師へと殴りかかる。しかして空を切った勢いをそのままに、踏み込んだ左足を軸に回し蹴り。またしても空振り。対象を見失った足刀は大木をへし折る。


「さあって、と。おぜうさん、俺と一緒に逃げましょうや」


 距離を取った魔術師を視界に入れつつ、座り込むアルヴィナンテに手を差し出す。おずおず、といった様子で取られた手を身体強化が施された腕力で以て引っ張り上げる。ふわりと持ち上がった彼女をそのまま横抱きに抱え「え、ちょ……きゃっ」上がる声は無視。


「じゃーなあ、変態魔術師さんよお」


 足元でガラスが割れる様な音が響いて、世界は暗転した。


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