最近、追放系が多すぎるんだよ! 少しはこの世界の経済を回せ、お前ら!
名前はソフィア。私の仕事はとてもシンプル、ファンタジー世界において最も標準的な、そう、NPCだ。もちろん自分が何者であるかは自覚しているけれど、今は勤務時間外。私には百合の本を読む時間が必要なのだ。そうでもしないと、働く元気なんてこれっぽっちも湧いてこない。
ふむふむ。
ん?
なんでこのエピソードに男が混ざり込んできてんだあああ!
私は目にも留まらぬ速さで本を暖炉へと投げつけた。
燃えろ!
燃えろ!
燃えろ!
狂ったように薪を中へとくべ続ける。
「うるさいわよソフィア2号!」
ソフィア3号がノックもせずに押し入ってきた。「あなた、また百合を読んでるの?」
「あああああ! それを百合と呼ばないで!!! 男に汚されたものなんて百合とは認めない!!!」
私はすかさず火を点ける。
これっぽっちじゃ全然足りない!
もっと追加よ!
「あなた、百合の棚にあるものしか買わないんじゃなかったっけ?」
「あんなのノーカウント! 絶対に認めない! 私は認めないわ! 私が求めているのは美少女なの! 女なの! 女同士がイチャイチャベタベタするだけの純粋無垢な世界なのよおおおお!」
「性癖を大声で叫ぶのはやめなさいよ!」ソフィア3号が腰に手を当てて文句を言う。「じゃないと、私までいつも百合を読んでるみたいに思われるじゃない!」彼女は私と一卵性双生児のように全く同じ姿をしている。
私たちは極めて平均的なのだ。
要するに、大半の人が見たら親近感を覚えるであろうビジュアル。茶髪に、地味なエプロンドレス。目はどちらも大きめで、強いて言うなら、モブのカテゴリーの中ではちょっと可愛い方に分類される、そんな顔立ち。
私はその自分と全く同じ顔を見つめながら、荒い息を整えた。「どうしたの、もうシフト交代?」
「そうよ、今日は大忙しだから。早めに交代してみんなでしっかり休まないと」
「どれくらい忙しいの?」私は服の埃を払い、姿勢を正して立ち上がると、自分の部屋を後にする準備を整えた。
「ええっと……アニメ化されたみたいよ……」
「はあ???」
「追放系ね。昨日の深夜の放送がかなりバズったらしくて、朝から大騒ぎよ」
アニメ化、私の最も嫌いな言葉。
部屋の壁にあるスタッフ専用の出入り口へと足を踏み入れる。私の職場はとても素朴で、一階が酒場、二階が宿屋になっている。土色の壁に、深みのあるブラウンの木造建築。誰もが目を閉じればパッと想像できる、あのテンプレ通りの建物の造りだ。
私は、すでに目を回しているソフィア1号からシフトを引き継いだ。
ああ。
あああああ、カウンターの前が人で埋め尽くされている!
カウンターの下からは呼び出し音が鳴り響いていた。
――転生者47816号。
今日も今日とて日本の転生勇者様か。
私のシステム言語が日本語に固定されてからもう十数年、このままだとすぐに英語の綴りなんて忘れてしまいそうだ。
「いらっしゃいませ、何かお手伝いできることはありますか?」顔を上げると、案の定、またトラックに撥ねられたクチだった。
その後ろに並んでいるのは、言うまでもなく……過労死組。
相手が取引を申し込んできた。
うわ、最悪! 追放系だ! 最初はひたすら拾い集めるタイプのやつ! 持ち込まれたのはゴミの山だった。
「はい、魔物の爪999個ですね。銅貨999枚と交換いたします」私は確認ボタンを押すよう促した。
「……」
「……」
押さないの???
メニュー表を凝視し始めた。
もう、本当にこのタイプが一番嫌い。
大した金も持ってないくせに、後で何を食おうかだけは一人前に品定めしている!
いいから早く進めて! あなたの作者、完全にネタ切れを起こしてるから!
あなたみたいなキャラ付けが流行ったのは6年前よ、今はただアニメの放送が始まったばかりなだけ! タイミングが遅すぎるのよ!
ピピピッ。
内線が鳴り、私は笑顔を崩さないままヘッドセットで応答した。
「どうなってんだ! 今日は倉庫が満杯だぞ! 全部ゴミじゃねえか!」
「追放系です! 追放系のアニメが始まったんですよ!」
「あああああ」電話の向こうで同僚が頭を抱えて絶叫した。
目の前の青年が新たな取引を要求してくる。スライムがドロップした液体の山。
最悪だわ、これじゃ馬車代の元すら取れないじゃない!
幸いにも、私の笑顔はシステムによって強制固定されている。
「パーティーのリーダーに追放されてしまって……バッグの中にはこれしか……」
はいはい、分かってますよ。そのセリフ、もう三千回は聞かされましたから。
私の手はカウンターの下でクエストボードを漁る。
ゲッ、このキャラクターの作者、これ以降の展開を何も考えてないじゃない!
仕方がない、あなたには一番古めかしいボードをあげるわ。
「魔王討伐? 僕がですか?」
何を驚く必要があるのよ! あなた勇者でしょ! 四の五の言わずに早く受け取りなさい!
「……」
「……」
この勇者、私の目の前でカクカクとフリーズしている。
ああ、分かった分かった。男性向け作品ね。男から手っ取り早く金を巻き上げたいわけね。中身のない薄っぺらいグッズとかを売りつけたいわけね。理解したわ。私は即座に、巨乳の魔法使いがパーティーに加わるクエストボードを引っ張り出した。
彼は満面の笑みでそれを受け取った。
ふう。
お次は後ろにいる過労死組の番だ。
私は再びゴミの山と取引を交わした。
すると彼が突然、一本の杖をドンッと机に叩きつけた。
なるほどね、序盤で伝説の武器を拾っちゃうパターンのやつか。
でも鑑定は私の担当じゃないのよね!
「これ、サムソン・レスター・ビアード・セシル・パトリック・エヴリン・クラリッサ・グリフィン・オーガスタス・クイックがいくらになるか見てもらえますか」
「……」
私のコピー能力の限界を超えてるわよ! 復唱なんてできるわけないでしょ!
そんな名前、漫画のコマに収まりきるわけないじゃない! コミカライズされたら一発でアウトよ!
「かしこまりました。お客様の……杖のお値段は……」私はシステム画面に表示された文字をゆっくりと読み上げた。「二億ゴールドになります」
このバカ作者! 簡単にインフレさせるんじゃないわよ!
これじゃ個別口座に記帳し直さなきゃいけないじゃない!
もっと汎用性のある書き方をしなさいよ! 広く認知されてる設定じゃなきゃ誰も理解できないわよ!
私は引きつりそうな笑みを浮かべたまま、彼が満足そうに取引をキャンセルして去っていくのを見送った。
「来るぞ、例のアレが来るぞ」
三人の金髪モブ野郎が奥から慌ただしく出てきた。彼らに名前はない。酒場定番の113号、114号、115号だ。
「今日は人が多すぎて俺たちサードのシフトまで回ってきたよ」彼らが眉をひそめる角度すら全員きれいに固定されている。
「はいはいはい、この一杯はあなたが飲む用、この一杯はあなたが使う用ね」私は大急ぎで特大のジョッキを取り出した。
一人がジョッキを掲げ、一人がビールを煽り、一人が腰に手を当てて、ホールの片隅に座る少年へと歩み寄っていく。
その少年は見るからにガリガリで、筋肉なんて微塵もなく、フード付きの外套を羽織っていた。
私はそれを横目に、淡々と釣り銭を合わせる。
大体、絡みのセリフは30秒以内に収めるのが暗黙の了解だ。
線の細い子供が、すっと手を挙げた。
酒場定番115号が、その瞬間に背筋に力を込めてのけ反る。
そして、私の方へと吹っ飛んできた。
ドゴォン!!! 彼は私のカウンターの上に叩きつけられた。
「キャー!!!」私はお約束通りに顔を覆って悲鳴を上げる。
113号と114号は顔を見合わせ、冷や汗を流しながら、腰をさすりつつそそくさと逃げ去っていった。
私は何事もなかったかのように釣り銭を合わせ続ける。
「はあ……なんでどいつもこいつもショートの金髪設定なんだよ。俺、ずっと前から紫のロングヘアになりたかったのに」私のカウンターの下で、115号が膝を抱えて愚痴をこぼし始めた。
「仕方ないでしょ、主人公よりイケメンになっちゃダメっていうルールなんだから」私は異臭を放つ葉っぱの山を回収した。ここ2、3年、薬学モノが流行り始めたから、この匂いにもすっかり馴染んでしまった。
それにしてもこの価格設定……本当にめちゃくちゃね。
「うう……」
「サボってんじゃないわよ! 113号と114号はもう次の現場に向かったわよ。あなたはこれから路地裏でお嬢様を襲う役があるでしょ」
「うう……しんどすぎるだろ、この職種……」
「今に始まったことじゃないでしょ」
「うう……夜には職員総会まであるんだぞ」
「はあ? 私の百合読書時間を潰すんじゃないわよ!」
「明日読めばいいだろ」
「明日には明日の百合のノルマがあるの!」
「チェッ」彼は重い腰を上げ、私の机の上からビールを掠め取っていった。
「ちょっと、小道具を勝手に持っていかないでよ!」
「後で返すって……この作者、手が描けないんだよ……これで隠さないと……」
ったく、基礎画力の怪しい作者も増える一方ね。おかげでジョッキが足りやしない。
「これ、買い取ってください」
私の手を止めるわけにはいかない。次の取引を進めなければ。
今度の相手は女の子か。ふむ……オレンジ色の髪。最近じゃあまり見かけない絶滅危惧種ね。
見渡す限り金髪と銀髪だらけの店内で、オレンジ髪は一体何年前に環境から置いていかれたのかしら、なんて思いを馳せる。換金の処理の手を少し止め、彼女のステータス画面のカテゴリー欄に目をやった。
あっ。
百合系!!!
私はカウンターの奥から、ガチガチにエンチャントされた長剣を引っ張り出した。「こちらの商品が大変おすすめとなっております」
「……え?」
「斬撃の際、一定の確率で火炎魔法が発動します。この村で最高峰の武器ですよ」
「おい! 人の売り物を勝手に持ち出すな!」内線電話から武器屋の1号が怒号を上げてくる。
私は通信を叩き切った。そして販売価格を書き換える。
「あ、ありがとうございます、ソフィアさん」彼女の頬がほんのりと桜色に染まった。
「どういたしまして」私はこれ以上ないほどの燦然たる笑みを浮かべた。
「……あなた、本当に百合が好きなんだな」




