第五章:高負荷トレーニング(1)
沢山の作品の中からこの作品をご覧頂き、ありがとうございます。
この作品はロサンゼルスのギャングの世界の空気感を描くために、一部バイオレンスが描写が含まれておりますが、基本は主人公が偏差値30から東京大学へと進学していく過程ときっかけを描いたものとなりますので、楽しく読んで頂ければと思います。
Jは自宅でシミュレーションゲームをしていた。
ゲームをする時、覚えたての場合は簡単なモードでゲームを行うが、慣れてくると、どんなゲームであれ最上位の難しいモードでゲームを行う。
これは子供の頃から変わらない習性だ。
自らを最も不利な状況に追い込み、高い負荷を自分に課し、それをクリアしていく。その過程で、攻略不可能と思える状況に対して、智惠と閃きが発揮され、何度も繰り返し失敗しつつトライし、攻略の糸口を探っていくのだ。
「う~ん。なかなか厳しいな」
PCの画面を見ながら長考をしている。
ゲームは一向に進まないが、この時間が思考力を鍛えていく。負荷が低い中は、人は楽を覚える。思考しなくなり、知恵と閃きを生み出す素地が耕されなくなる。それは思考の負荷であれ、肉体の負荷であれ、精神の負荷であれ全て同様だ。
「あっ、この手があるか・・・なんで思いつかなかったかな」
ここから先、一気にゲームを有利に進めていく。
勉強ではない。単なるゲームに過ぎないが、将棋の難しい局面ように難易度が高く長考してもなかなかブレイクスルーの糸口が見つからないゲームや、パックマンのように考える時間がほぼ与えられないような決断を瞬時に迫られるゲームなど形は様々だが、不利な状況の中でシミュレートを繰り返し、攻略への糸口の閃きを生み出す経験の蓄積は、その次の不利な状況の中で最善手を導き出すまでの時間の短縮に繋がっていく。ゲームは単なる空想の中の物語では終わらない。
現実世界の中で、日々色々な場面で求められる最善手の閃きの、精度と時間の短縮を高めていくのだ。
フォン。
家の外でクラクションが短く鳴った。
窓の外を見ると、家の前の住宅街の道に停めているシビックの向こう、道の中央でキャデラックが停まっている。中に乗るラルフと目が合うと、ラルフは軽く前方を指差し、そのままゆっくりと車を走らせていった。
Jはゲームを止め、Tシャツの上にパーカーを着て家を出てシビックに向かう。キャデラックは走り出した先のまだ見える距離でノロノロと進んでいた。Jはシビックに乗り込み、ラルフのキャデラックに向かって走り出した。
2台が着いたのは近くのモールにあるピザ屋だ。
チェーン店では味わえない本格ピザを出す店だが、店内が暗い事もあり、客は決して多いとは言えない。だからこそ、こんな密談の折には使い勝手が良い店の1つでもある。シーフードのホワイトソースピザとビールを頼み、店の奥の席に向かう。
「J、困ったことがある」ラルフが言い終わらない内に、
「知ってる」Jが応じる。
「そうじゃなければ、オレの家の前にまで来ないだろ」
「前回の抗争、結局は停戦にはならずに再び抗争に入った」
ラルフの話によると、一旦停戦にはなったものの、若手同士の小競り合いが何度か起き、結局組織を上げての抗争に発展していったようだ。
抗争の話が終わった頃、シーフードのホワイトソースピザが焼き上がり、テーブルに運ばれて来た。この店のピザはトマトソースやバジルソースも美味いが、何よりこのシーフードトッピングのホワイトソースのピザが秀逸だ。グラスのバドワイザーを片手に熱々のピザを頬張る。
「で、困った用件に対する報酬が、このピザじゃねえだろうな」
Jはラルフをからかいながら言う。
「前回のまともな礼もしてねえのに、流石にこのピザだけじゃ礼にならないのは知ってる。ただ、今回は相手も援軍を呼んでてな。少し大きな抗争になりそうなんだ」
「じゃあ、そんな大規模抗争、オレに何が出来る?」ピザを食べながらJが聞く。
「キングが参戦する。で、前回のようにレッドの連中を繋いでくれれば、こちらもそれなりの組織を集めることに成功する」
流石に空腹にピザの匂いで我慢が限界に達したのか、援軍を頼みながらもラルフもピザを食べ始める。
「なるほど。キングが出て来るなら安心だな」
「あぁ。デカい抗争にはなりそうだが、勝ちは見えてると言っていい。別に相手を殺して、こちらの若手をムショに入れたい訳じゃない。相手の数人をしめるのを見ててくれればいいさ」
「でも、貸しは貸しだぞ」
「あぁ、知ってる」
バドワイザーのグラスを合わせ、援軍の契約が成立した。
食べ終わると2人は店の出入り口ではなく、反対側の従業員用の裏口に向かった。勝手知ったる店でもあり、裏口に通ずる通路を歩きながら厨房のシェフたちに軽く顎を上げて挨拶をすると、シェフたちもピザを作りながら軽く手を上げる。
そして裏口の扉を開ける。
並ぶ店たちの裏口とゴミ箱が連なる裏路地だ。綺麗な場所でも明るい場所でもないが、食材の搬入用やごみ収集のトラックが出入りしやすいように道自体はある程度広く取られている。人目のある表よりも、こういう場所の方が妙に落ち着くのが裏通りを生きる人間の性なのだろう。
Jはマルボロを取り出しジッポで火を点ける。ラルフはウィンストンを取り出し咥えるが、ジッポが見つからない。
「貸しの3つ目か」
Jは笑いながらラルフにジッポを渡した。
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