第一章:なりたくない自分にならない(1)
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この作品はロサンゼルスのギャングの世界の空気感を描くために、一部バイオレンスが描写が含まれておりますが、基本は主人公が偏差値30から東京大学へと進学していく過程ときっかけを描いたものとなりますので、楽しく読んで頂ければと思います。
Jはシルバーのジッポを弾き、咥えたマルボロに火を点けた。
ロサンゼルス郊外にある街のバーの駐車場に停めた赤いシビックの中、Jはこれから起こるであろう事態を色々とイメージし、多少緊張していた。小さな駐車場には特に灯りは無く、レンガ造りの店の入り口の灯りで手元が多少見える程度だ。
「よし、行くか」
Jは車を出て店に向かう。煙草を吹き捨てて歩く足取りに、すでに迷いは無くなっていた。
店の扉を開けると、店内は賑やかだ。20代から30代の若い男女が音楽に、会話にとそれぞれが楽しみながらカウンターで、テーブル席で楽しんでいる。カウンター内の店員とは目が合ったが、用があれば来るだろうと、すぐに目線を外して他の客の酒を用意し始めた。Jはある男のいるテーブルへとゆっくりと向かう。
「よう、楽しくやってるな?」
Jが話しかけると中央に座っている男の表情が厳しくなる。バドワイザーのボトルを掴む腕はJの倍以上太く入れ墨が入り、下顎に髭を蓄えたその男の眼つきは厳しい。そして、両脇に座っていた男達も立ち上がる。一人は中央の男以上にがたいが良く、Jが力で勝てる相手では無く、もう一人もその眼つきは年季の入った男であることを物語っていた。
「歓迎だぜ・・・と、言いたい所だが、お前と遊んでる気分じゃねぇ」
中央の男の表情に余裕が出てきた。
3対1であり、しかも屈強な男たちに囲まれていれば、勝負は最初からついたも同然だからだ。
「お前に貸した金、返して欲しくてな」
テーブル越しに男の正面の椅子に座りながら、Jは冷静に切り出す。両脇の男達もJの動きを見て椅子に座った。
「あぁ、あの200ドルな」
「いや、400だ」Jが即座に切り返す。「忘れた訳じゃないだろ?俺から借りたら一週間で倍だ」
Jはこの手の連中に金を貸している。それがJの収入減のひとつだ。一週間で倍となる利息だが、それでも借り手には不自由しない。それがこの世界であり、同時に、この手の連中はその金を返さない事も多い。
「俺は悪い人間じゃねぇ。だから『200』はその内返してやるよ。ただ、今日はお前と遊んでる気分じゃねぇ」
男は薄ら笑いを浮かべながら、特に「200」を強調して話す。ただ、その言葉は有無を言わさぬ力強さがあり、キャメルの煙草に火を点けて、Jの方を見る。その言葉に両側の男たちの表情も緩む。
ここで引き下がると、この世界では一生搾取される側に回る。そうなりたくなければ、この世界に近付かないか、この世界で実力を見せ続けるしかない。
Jは少し下を向き笑った。予想通りの答えにも笑えたが、Jが気合を入れる時の合図でもある。
「払うか?それとも生まれてきたことを後悔させてやろうか?」
Jの一言を合図に、両脇の男の表情が瞬時に厳しくなり立ち上がった。しかし、音楽も流れる賑やかな店内でのこと、他の客がこのテーブルでの事を気に留める様子もない。喧嘩となれば相手が圧倒的に有利であり、主導権は相手が握っている。その事は4人の中の共通認識だっただろう。その為、不機嫌ながらも余裕のある表情で中央の男も立ち上がった。
その瞬間、数人の男達がテーブルを囲んだ。
そして、それに合わせるようにJもゆっくりと立ち上がる。彼らも状況を理解したようだ。少なくとも、周りを囲んだ男たちが自分たちの味方では無いことを。
「で、払うのか?」
今度はゆっくりとJが聞く。勝負は既についていた。男は左右の男達からも金を集め、400ドルをテーブルに叩き付け、店から出て行った。
「キング、助かったよ」
Jは200ドルをジーンズの後ろポケットに押し込み、残りを男たちのリーダーであるキングに渡した。
「面白かったなぁ。見たか、今の奴の表情。今夜の夢に出てきそうだぜ」
緊張さえ解ければ気さくな良い男だ。
「で?いいのかこの金。お前の金だろ?」
「いいよ、取っとけ。お前がいなけりゃ、200だって返って来てねぇからな」
Jはキングと拳を合わせ、感謝の意を示す。どうやら少し店内でも目立ってしまったようで、Jたちも店を後にすることにした。
キングは巨大組織ブルーに属するその道ではエリートだ。少年ギャング団では太刀打ちできない巨大組織において、百人単位の部下を率いる男ではあるが、同時にJの高校の同級生でもあり、普段は軽口を言い合う仲だ。年上を含めた多数の部下を率いるだけの経歴を、既に裏社会で積んでおり、腕っぷしも強く、実力で部下を率いる立場にまで登ったこの世界では味方としては頼りになる男だ。
どこの組織にも属していないJが、この世界で商売を続けることが出来る理由の大半は、キングという後ろ盾があることによる。それでも借りに対して公式には金を要求して来ないのは、対等な友人であるとの信頼があるからだ。だからこそ、こうした時に余った金を渡している。
「さっきの連中、どこかの組織に属したりはしてないのか?」キングが聞く。
「大丈夫だ。所詮街のゴロツキでしかない」
「それなら良かったよ。ところでJ、お前が組織に属さないのは知ってるが、この商売をしている以上、銃はやっぱり持っとけよ」
キングはケントに火を点けながらいつもの台詞を言う。ブルーは違法な銃なども扱うらしく、モデルガン並みの気楽さでJに銃を勧める。しかし、Jの答えはいつも同じだった。撃つことが無い銃を持つ意味がない。
Jはマルボロに火を点け、特に何も答えないままロサンゼルスの夜空に向かって煙を吐いた。
「いつも答えは一緒だな」
キングも同様に空に向かって煙を吐きながら、楽しそうに話している。
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