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転生したら桶でした  作者: 玉葱将軍


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五十五話 蘇る木漏れ日温泉郷


 深夜。


 源泉地。


 静寂だけが辺りを包んでいた。


 皆は眠っている。


 ミリナも。


 シャルネも。


 コトネも。


 ギンジも。


 誰も起きていない。


 桶さんだけが静かに源泉を見つめていた。


(さて)


 ここまで来た。


 皆で頑張った。


 地道な作業もした。


 原因も見つけた。


 だからこそ。


 最後の一歩だけ。


 自分が背中を押す。


(悪いな神様)


(少しだけ力を借りるぞ)


 桶さんは静かにスキルを発動した。


【源泉増量】


 その瞬間。


 地中深く。


 見えない場所で何かが動く。


 温泉の流れ。


 地脈。


 湧き出す力。


 それらが少しずつ整えられていく。


 そして。


 ごぽり。


 源泉が小さく脈打った。


 それだけだった。


 見た目にはほとんど変化はない。


 だが。


 桶さんには分かった。


(よし)


(これでいい)


 静かに満足する。


 そして。


 朝を迎えた。


「……ん?」


 一番最初に気付いたのはギンジだった。


 毎朝の日課。


 源泉の確認。


 だからこそ。


 異変に真っ先に気付けた。


「なっ……!?」


 ギンジが目を見開く。


 昨日とは明らかに違う。


 源泉の勢い。


 湧き出す量。


 立ち上る湯気。


 全てが増えていた。


「おい!!」


 ギンジが叫ぶ。


「起きろ!!」


「全員起きろ!!」


 数分後。


 ミリナ達も集まっていた。


「すごい……」


 ミリナが呆然と呟く。


 昨日より明らかに多い。


 コトネは言葉を失っていた。


「こんなの……」


「子供の頃以来です……」


 その目には涙が浮かんでいる。


 失われていたものが。


 ようやく戻ってきたのだ。


 ギンジは源泉を見つめたまま動かなかった。


 そして。


「戻ったな……」


 静かに呟く。


 その声には。


 長年抱えてきた重荷が少し下りたような響きがあった。


 昼頃には。


 温泉郷中が大騒ぎになっていた。


「増えてる!!」


「本当だ!!」


「足湯も作れるぞ!」


「露天も広げられる!」


 飲食店のおばちゃん達も。


 お土産屋の店主達も。


 柏の湯の一家も。


 皆が笑顔だった。


「これで続けられる!」


 柏の湯の旦那さんが叫ぶ。


 奥さんは泣きながら笑っていた。


 子供達も大喜びだ。


 その姿を見て。


 ミリナも嬉しそうに微笑む。


 数日後。


 ミリナ達が帰る日。


 温泉郷の人達が集まっていた。


「ありがとうございました!」


 コトネが深く頭を下げる。


「いえ!」


「私達も楽しかったです!」


 ミリナが笑顔で返した。


 その時。


 桶さんが声を上げる。


(コトネ)


(ギンジ)


(少しいいか)


 二人が振り返る。


「はい」


「なんだ」


 桶さんは少しだけ考えてから続けた。


(温泉は戻った)


(特産品もできた)


(でもここから先は俺達じゃない)


(木漏れ日温泉郷のみんなの力だ)


 コトネも。


 ギンジも。


 黙って聞いている。


(俺はな)


(お前達なら全盛期も超えられると思ってる)


(ここには良い温泉がある)


(良い人達もいる)


(だから大丈夫だ)


 コトネの目が少し潤んだ。


 ギンジは鼻を鳴らす。


「当たり前だ」


「超えてやる」


 その言葉には。


 以前の意地だけではない。


 未来を見据えた力強さがあった。


 そして。


 出発の準備を終える。


 ミリナとシャルネは同じ馬へ乗った。


 荷物の中には。


 木漏れ日温泉郷の蜂蜜も積まれている。


「そういえば」


 ミリナが首を傾げる。


「蜂蜜はどうするんですか?」


 すると。


 シャルネが平然と言った。


「もう話はついてる」


「え?」


「リリィ経由で湯けむり亭にも卸してもらう」


「木漏れ日温泉郷側にも利益が入るようにしてある」


 ミリナが固まる。


「いつの間に!?」


「昨日」


 あまりにも自然だった。


 桶さんも思わず感心する。


(お前ほんと抜け目ねぇな……)


「商売だからな」


 シャルネは当然のように言った。


 木漏れ日温泉郷にも利益が入る。


 湯けむり亭も良質な蜂蜜を手に入れられる。


 誰も損をしない。


 見事な話だった。


「それじゃあ!」


「また来ます!」


 ミリナが大きく手を振る。


 コトネも笑顔で振り返した。


「いつでも来てください!」


「今度はお客さんとして!」


 柏の湯の一家も。


 お土産屋の店主達も。


 飲食店の人達も。


 皆が見送ってくれている。


 少し離れた場所では。


 ギンジも腕を組んで立っていた。


「ギンジさん!」


 ミリナが呼ぶ。


 ギンジは少しだけ迷ったあと。


 片手を上げた。


 それだけだった。


 だが。


 ミリナは嬉しそうに笑う。


「また来ますね!」


「……あぁ」


 短い返事。


 けれど。


 最初に会った頃とは全く違う声だった。


 馬がゆっくり歩き出す。


 木漏れ日温泉郷が少しずつ遠ざかっていく。


 その様子を見ながら。


 桶さんは静かに思った。


(さて)


(帰ったら今度は湯けむり亭だな)


 大改築。


 サウナ。


 露天風呂。


 やることは山ほどある。


 だが。


 それもまた楽しみだった。


 木々に囲まれた温泉郷を背に。


 ミリナとシャルネを乗せた馬は。


 湯けむり亭へ向けて走り出すのだった。

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