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転生したら桶でした  作者: 玉葱将軍


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第十九話 桶、攫われる


 閉店前。


 本日最後の客達が女湯へ入っていた。


 《湯けむり亭》は今日も大盛況だった。


 予約制になってからも、客足は減るどころか増え続けている。


 特に最近は新規客が多い。


(今日も忙しかったなぁ……)


 女湯の専用台座に置かれた桶さんは、ぼんやり湯気を眺めていた。


 ただ。


 今日最後の客達には、少し違和感があった。


 見慣れない顔ばかり。


 しかも。


 獣人族がやたら多い。


(団体客か?)


 犬耳。


 猫耳。


 狐耳。


 獣人族の女達が数人。


 まるで顔見知り同士のように話している。


 だが。


 聞こえてくる会話が妙だった。


「この前の品、思ったより高く売れたねぇ」


「でも取り分少なかったじゃん」


「雇い主のオッサン、ほんとケチ」


「まぁ仕事は楽だったし?」


 湯気の向こうで笑い声が響く。


(……ん?)


 桶さんは少し引っかかった。


「次はもっとデカいの狙うんだろ?」


「らしいねぇ」


「貴族絡みって面倒なんだよなぁ」


(おいおいおい)


 なんか治安が悪い。


 だが。


 女湯で騒ぎを起こしているわけではない。


 他の客もいない。


 桶さんは少し警戒しながら様子を見ていた。


 その時だった。


「そういやさ」


 狼獣人の女が肩を押さえながら湯に浸かる。


「昼の傷、まだ痛いんだよねぇ」


「見せてみ?」


 仲間の一人が覗き込む。


「あー、切れてる」


 肩口に浅い切り傷があった。


「湯しみるわぁ……」


 すると。


 狐獣人の女が桶さんを手に取った。


「せっかくだし試してみる?」


「噂の桶」


(は?)


 女達が興味津々で集まる。


「本当に治るの?」


「知らないけど」


「高い金出して欲しがるくらいだし?」


 桶さんで湯をすくう。


 そして。


 肩の傷へ静かに湯をかけた。


 ぱしゃり。


 次の瞬間。


「……あれ?」


 狼獣人の女が目を丸くする。


「痛み引いた」


「え、マジ?」


「傷閉じてきてない?」


 盗賊達がざわついた。


「おぉー……これが噂の」


「本当に回復するんだ」


「すご……」


(人を感心した顔で見るな)


 いや、桶だけど。


 女達は完全に盛り上がっていた。


「これ絶対高く売れるじゃん」


「そりゃ貴族も欲しがるわ」


 桶さんは嫌な予感しかしなかった。


(マジでろくなことにならねぇ……)


 その時だった。


「これか」


 ふわり、と身体が持ち上がる。


(お?)


 桶さんを持ち上げたのは。


 長い金色の髪をした狐獣人の女性だった。


 整った顔立ち。


 細い指。


 湯上がりで少し赤くなった肌。


 しかも、かなり美人である。


(お、おぉ……)


 思わずちょっと嬉しくなる。


(美人のお姉さんに持たれてる……)


 なんなら少し良い匂いまでした。


(いや待て、俺何喜んでんだ)


 視界が動く。


 湯気。


 天井。


 脱衣所。


(……ん?)


 いつもの移動ではない。


 ミリナでもルーナでもない。


 次の瞬間。


 ガサッ。


(うおっ!?)


 袋に突っ込まれた。


 真っ暗。


(え、ちょ、待っ――)


 慌てて念話を飛ばす。


(ミリナ!)


(おいミリナ!)


(バルミナさん!)


 だが。


 返事がない。


(届いてない!?)


 袋越しに足音が響く。


「んじゃ、行こうか」


「ありがとうございまーす」


「いい湯だったよー」


 いつも通りの客を装った声。


 そして。


 そのまま外へ出て行く。


(おいおいおいおい!!)


 完全に攫われた。


(やべぇって!!)


 だが。


 どうしようもない。


 自力では動けない。


 袋の中は真っ暗で。


 外から聞こえる声だけが妙にはっきり聞こえた。


 しばらくして。


 ようやく止まる。


「ただいまー」


「例の桶ってこれ?」


「でもさぁ」


 一人の猫耳の女が桶さんを覗き込む。


「確かに珍しい桶だね」


「黄色い桶ってあんまり見ないし」


(まぁ……そこはそう)


 薄暗い部屋。


 酒瓶。


 乱雑な荷物。


 どう見てもまともな場所じゃない。


(盗賊のアジトじゃねぇか……)


 女達が笑う。


 だが。


 桶さんは笑えなかった。


(マジでどうすんだこれ……)


 ◇◇◇


 一方その頃。


 閉店作業を終えたミリナは。


 いつものように女湯へ向かっていた。


「桶さん、お疲れ様ですー」


 だが。


 次の瞬間。


「……あれ?」


 いつもの台座に。


 桶さんの姿がなかった。

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