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転生したら桶でした  作者: 玉葱将軍


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第十八話 桶、守られる


 気付けば。


 桶さんが異世界へ転生してから、もうすぐ一年が経とうとしていた。


 最初は客も少なかった《湯けむり亭》も。


 今では街でも評判の温泉宿になっている。


 予約制もすっかり定着し。


 待ち時間の混乱もかなり減った。


「エナちゃん、こっちお願い!」


「はいっ!」


 ルーナの声に。


 エナが元気よく返事をする。


 最近では、エナもルーナの手伝いをするようになっていた。


 湯土産の準備や受け渡し。


 簡単な接客など。


 少しずつ、できることが増えている。


「しっかりしてきたねぇ」


 常連達も優しい。


 男湯では。


 今日も常連冒険者達が湯に浸かっていた。


 その一角。


 桶さん専用の木台の上で。


 桶さんは、いつものように湯気を眺めている。


 ちなみに現在。


 男湯と女湯には、それぞれ桶さん専用の台座が置かれていた。


 営業時間中は、そこが定位置である。


 もちろん。


 自力では移動できないため。


 運搬は基本的にミリナ達任せだ。


「最近、ルーナちゃんに声かける奴減ったよな」


「あぁ」


「バルミナさんの件が広まったからな……」


 一人が遠い目をする。


「“うちの娘達を軽い気持ちで口説くな”だったか」


「しかも笑顔だったのが怖ぇ」


「今でも夢に出る」


(効きすぎだろ……)


 桶さんは思わず呟いた。


 その時だった。


 脱衣所側から、少しざわついた声が聞こえる。


「だから言っているだろう」


「一度でいい。桶を見せてもらえればいいのだ」


 低い男の声。


 どうやら貴族らしい。


 ミリナが困ったように対応していた。


「申し訳ありませんが、営業の妨げになりますので……」


「金なら払う」


「そういう問題ではありません」


 男は豪華な服を着た中年だった。


 後ろには護衛までいる。


「聞けば、その桶は傷を癒し、状態異常まで軽減するとか」


「我が家で保有すれば――」


「お断りします」


 ミリナが即答した。


 珍しく、かなり強い口調だった。


 だが。


 貴族は引き下がらない。


「500万ゼン出そう」


 周囲が静まる。


 かなりの大金だ。


 しかし。


「売りません」


 ミリナは迷わなかった。


「桶さんは《湯けむり亭》の大切な仲間です」


 一瞬。


 貴族が言葉を失う。


 その時。


「おい」


 低い声が響いた。


 現れたのはゴルドだった。


「営業中に騒ぐんじゃねぇ」


「む……」


「ミリナを困らせるなら帰れ」


 さらに。


 男湯から上がってきた常連冒険者達まで後ろに並ぶ。


「そうそう」


「うちの若女将困らせんなよ」


「空気読めって」


 貴族は顔をしかめた。


 さすがに空気が悪いと感じたのか。


「……覚えておこう」


 そう言い残し。


 護衛を連れて去っていく。


 ミリナは大きく息を吐いた。


「ありがとうございます……」


「気にすんな」


 ゴルドは鼻を鳴らす。


「《湯けむり亭》の若女将守んのは、常連の仕事だ」


 常連達も頷いた。


 ◇◇◇


 閉店後。


 新しい家のリビング。


 皆で夕食を囲みながら。


 今日の出来事を話していた。


「500万ゼンって、すごいですよねぇ……」


 ドロシィが目を丸くする。


「でもミリナさん、即答でした!」


 ミアが嬉しそうに言った。


「当たり前です!」


 ミリナは胸を張る。


「桶さんは売りません!」


「まぁ当然だねぇ」


 バルミナがニヤリと笑った。


「うちの家族だからね」


 ルーナも頷く。


「ですね!」


 だが。


 すぐに少し困った顔になった。


「最近、本当に増えましたよね……」


「売ってくれって人」


 ミリナもため息を吐く。


「新しいお客さんが増えるのは嬉しいんです」


「でも……」


「貴族の人達って、桶さんの話だけして帰っちゃうんですよね」


「あぁ」


 バルミナも頷いた。


「風呂にも入らず帰る奴までいるからねぇ」


 さらに。


 ルーナが少し眉を下げる。


「商人さん達も最近多いです」


「でも、お風呂を楽しんでる感じじゃなくて……」


「桶さんを買い取るきっかけ探してるみたいな人ばっかりで」


 その言葉に。


 桶さんは少し黙った。


(……あれが一番気に食わねぇ)


 温泉は。


 身体を洗うだけの場所じゃない。


 疲れを癒して。


 知らない奴とも馬鹿話して。


 のんびり湯気を眺める場所だ。


 なのに。


 最近来る連中は。


 湯ではなく。


 最初から桶しか見ていない。


(温泉楽しむ気ゼロじゃねぇか……)


 なんだか妙に腹立たしかった。


 そんな桶さんを見て。


 ミリナは少しだけ笑う。


「大丈夫ですよ」


「桶さんは、ずっと《湯けむり亭》にいますから」


 その言葉に。


 皆が頷いた。


(……けど)


 もし。


 もっと厄介な奴らが現れたら。


 俺のせいで。


 みんなに迷惑がかからないといいけどな……。

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