第三章 ディス・カントン・アールガウ巡礼 25 好奇心は猫を殺す "Curiosity killed the cat." 7 クルム(インタークルム)→背骨
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夜が明け、皆は恐る恐る野営地に戻った。巡礼者たちも従う必要はないのだが一緒に戻った。ここで単独行動してもいいことはなにもないとわかる程度には正気に戻っていたようだ。
あたりは異様なほど静まり返っている。時折場違いに鳥が鳴き飛び立つ。荷物は逃げ出したときと同じ状態のまま置かれており皆胸を撫で下ろした。
だがそんな都合良くいくはずはなかった。
賊はまるで影のように何の気配もなく野営地を取り囲んでいた。一人の屈強な男が傭兵長に近づき何も言わずに刀を振るった。傭兵長の肩から先が切り落とされ足元に転がった。皆凍りついたようにその場に立ちすくむ。賊の持つ広刃の長刀が鈍く光った。傭兵長の腕は斜面から川へと落ちていく。傭兵長はショック状態で棒立ちになり己の腕の行方を目で追っているだけだった。賊は返す刀で首を切り落とす。大きな音を立てて傭兵長は倒れた。
ザザは荷物を取るためにしゃがんだのが奏功した。根と根の間の窪地は身を隠してくれた。そのまま静かに寝そべる。手を伸ばして隣の死んでいる男の血を顔になすりつけ死んだふりをする。賊は広場にいる者を集めて整列させ手を縛り足枷をはめる作業に追われている。少しでも抵抗する素振りを見せた者はすぐに切り殺された。ザザは死んだふりを続けた。だが賊は倒れている者ももしや生きてはいないかと刀で刺してまわっている。このまま隠れていたらいずれ見つかってしまうかもしれない。ザザはゆっくりゆっくりその場から逃げ出す。焦ってはいけない。まだ賊が注視しているのは焚き火のまわりのみだ。外周のこちらにまでは目が行き届いてはいない。静かに気がつかれないように少しずつ後退していく。夜は明けたが森の中はまだ暗い。ザザは誰にも気が付かれずに野営地から逃げ出し少し離れた藪の中に身を隠した。
「あんたが長だろ?」
賊の一人はメンチャカ氏を見据える。
「ここにあった財宝は全てくれてやる。だから私を見逃してくれ。頼む」
その間も賊は抵抗する傭兵を一人切り倒した。
「財宝はもらうし、あんたは死ぬ、無駄だ」
賊は大陸言葉で言った。交渉の余地はないようだ。
「私は利用価値のある人間だ。本国に帰してくれれば君たちを援助できる。こんな土地を離れて良い生活ができるぞ」
ふん、と賊は鼻で笑った。
「ここは私たちにとっても聖地なんだよ、メンチャカさん。ここを離れるつもりはない。それにあんたを帰して戻ってくる保証なんてどこにあるんだ? 軍隊を連れて戻ってくるつもりかい?」
メンチャカ氏は黙った。その間も傭兵は死ぬ。
「あまり殺すな。奴隷の数が減る」
「兄貴が傭兵は使えないって言ったからかまわないだろ?」
「一般の巡礼者が思っていたより少ない。おまえらが昨日殺してしまったからだ。傭兵もつれていく」
話している間にメンチャカ氏は逃げようと腰を浮かした。
「おっと、動くな、メンチャカさん。トイレなら我慢してくれ。あんたは我々を山猿かなにかだと思っているのだろう? 与し易いと?」
賊はメンチャカ氏に言った。そこで賊はメンチャカ氏が大事に後ろに隠していたインドラの矢に気がついた。
「そいつをよこしな」
メンチャカ氏は体を硬くし、首を振る。
「これだけはやめてくれ。あんたには何の役にもたたん。他の物なら全部持っていってくれて構わない」
「あんたはまだ自分の立場がわかっていないらしい。ではこちらも譲歩しよう。そいつを渡してくれればあんたの命だけは助けてやる。あんたを殺してそいつを手に入れても構わないんだぜ。悪くはないと思うがな」
メンチャカ氏は静かにアーティファクトを包んでいた布を取った。それは覚悟を決めた顔だった。
「रामायणम」
「何をブツブツ言ってやがる。早くよこしやがれ」
次の瞬間、インドラの矢は昼間の太陽より眩しく輝き、そして光はあたりを飲み込んだ。大地が震え、閃光が身体を貫いた。全ての生命を奪い去るインドラの矢が発動したのだ。
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「このままこれを放置しておくわけにはいかないな」
ドメニカリはそう言って一同を見回した。
「オジェが適任かとは思うけれど…」
私は意見を述べたがオジェは頭振る。
「申し訳ないが俺はアーティファクトには関わり合いにはなりたくないんだ」
アーティファクトの鉄則、大きな効果を得たいならば、相応の代償を支払はなくてはならない。つまり等価交換を求められる。この場合、メンチャカは賊を全滅させるために自らの命を犠牲にしなくてはならなかったのだろう。あまりにもその代償は大きい。
それはもっとも被害が大きかった大きな窪地の中央に埋まっていた。まだ熱を持っているかと用心しながらスパグスが近づき、足で触れてみる。どうやら大丈夫なようだ。
結果、気が進まないが私が管理することとなった。そのままむき出しで持っていくわけにもいかないので困っているとドメニカリが黒い布をどこからか持ってきてくれた。
「おそらくこれで包んでいたんだろ。この中でも燃えずに残っていたからな」
その布で包むと少し熱を持っていたアーティファクトが静かに沈黙したように思えた。
このアーティファクトにより各国間のパワーバランスが崩れる危険性があった。そう簡単に他人に売るわけにもいかない。いっそ埋めてしまおうかとも思ったが、掘り起こされてしまう可能性もある。永遠に隠すことなどできないだろう。また、アーティファクトは常に人から人へ渡り続けると聞いたことがある。人を惹きつけ魅了する力を持っているのだ。メンチャカが他の誰よりもひどい死に方を目の当たりにしているにも関わらず私が力を持ったような気分にさせられるのも事実である。
これはすみやかに建設王に渡すのが最適かと思われる。それがどのような結果を招こうが私の知ったことではない。
インドラの矢は見た目に反して軽く、その軽さが妙な具合である。私は自分で見たものしか信じないことにしている。文献で得た知識で知った気になるのは危険だ。鵜呑みにして何もわかっていない場合もあるし、時として思い込みで間違っていることもある。人間はこうだったらいいな、ということを真実として思い込む傾向がある。言い分が正反対の場合があり、お互いが正しいと思っている場合は時としてそれが戦役を生む原因となる。物ならばその手触り、大きさ、重さ匂いなど体感して初めてわかることも多い。それは旅にも通じるものがあるかもしれない。
歯の痛みを他人がわからないように感動や認識もその人間しかわからないものなのだと私は思う。私はメンチャカがどのような経緯でこのアーティファクトを使うに至ったかはわからない。衝動的だったのかはたまた苦渋の選択だったのか。このような結果になることがわかっていたのか。何もわからないけれど私はメンチャカの死体に手を合わせた。
「ここは早く離れた方がいいでしょう。瘴気が漂っているように思います」
スパグスの言葉で私は我に返った。
少し離れている馬が騒がしくしているのがここまで聞こえてくる。馬は一刻も早く立ち去りたいと身をしきりに震わせていた。木に結わえていた縄を解き、私たちはその場から急いで離れた。馬は敏感に瘴気が漂っていることに気がついているようだ。瘴気は無色無臭で人間には関知できないが、動物や多くの戦場を経験した者の中には感覚でわかる場合があるらしい。ある種のアーティファクトには瘴気が宿るものがあると聞いたことがある。私は今アーティファクトを所持しているが大丈夫なのだろうか。
「砂が超高熱を受けて溶解し、硝子状に固まっていました」
スパグスは先ほどの様子を報告した。
「死体もかなり焼け焦げたというよりは一瞬で溶解したといった方がいいかもな」
ドメニカリも言った。
「明日、私がアーティファクトを抱えて死んでいるってことはないか?」
「それは大丈夫だろう。メンチャカも後生大事にずっと持っていたからな。彼の成功はそのアーティファクトのおかげとも言われているしな」
「成功が何か知らないが、あんな最期を迎えるなら私は遠慮するよ」
朝の低い位置から射す太陽の光が眩しい。我々はスキヴィアスに向けて出発する。森の広場をそのままの状態で放置していくのは忍びなかったが、致し方ないだろう。ドメニカリは友人であったメンチャカの傭兵長である───名はアレックス・イリオポリスというそうだ───男の形見としてなにかないかと探したが首と腕のない死体は黒焦げで何も残っていなかったそうだ。
「賊どもも死んだのだろうか?」
私が言うと、
「どうだかな、多少は被害を被っただろうがおそらく一部だろ。この先襲撃があるかもな」
木漏れ日が地面に複雑な幾何学模様を描き出した。名も知らない鳥が何かを知らせるように鳴いている。
ドメニカリは周囲を警戒しながら森を進む。その時、藪から男が飛び出してきた。一同は吃驚して、ドメニカリは賊かと身構え臨戦体制をとったが、私はその顔に見覚えがあったためドメニカリをとめた。昨日に馬に乗せてくれと言ってきた男だった。男が私たちの馬に近づき名を名乗った。ザザというらしい。
「いままでどこにいた?」
ドメニカリは問い詰めた。かなり懐疑的な表情を浮かべている。
「ずっと藪の中に隠れていた。あたりが目が眩むほど明るくなって地面が立っていられないほど揺れて、何かが四方からぶつかってきたような衝撃を受けてひっくり返って気を失ったんだ」
男は捲し立てた。男は一緒に連れて行ってくれと言った。
「こんなやつ、放っておいた方がいい」
ドメニカリがそう言った。私もその意見には同意だったが、このまま放置していっては目覚めが悪い。 私は迷ったが連れて行くことにした。
「後ろに乗れ」
ザザは申し訳なさそうに私の後ろに乗った。
「申し訳ついでに何か食べ物はないだろうか?何も食べていなくて」
ザザは馬に乗ると悪びれることなく言った。




