ライフェン再訪 5
北門を目指して中央通りを行く。噴水のあった中央広場を離れると人通りは一気になくなり閑散としている。私は悪目立ちするのでできるだけ下を向いて早足で歩いた。
目の前の北門はかなり巨大で簡単には開きそうにない。ピタリと閉ざされ大きな閂が通されている。向こうに見えるはずの深い森は見ることはできない。北門の上部には見張り塔が北門をまたぐように建っていて、トンネル状になっている。近くに詰め所があったので中をのぞいてみたが無人だった。人の気配はしない。少し離れて塔を見上げてみたが逆光で眩しく手をかざしたがよく見えなかった。もし人がいれば私が近づいてくるのはとうの昔にわかっているだろうから何か声をかけてくるだろう。つまり誰もいないのだ。塔に入る入り口を探すとちょうど詰め所の入り口近くに隠すように小さな扉があった。この北門へは十数年前もきたがまったく記憶にない。おそらくその期間分古くなっているのだろうがおそらく私には百年経ってもどう変わったかわからないかもしれない。
私は小さな扉をくぐり(幸運なことに施錠されていなかった)踊り場に入る。上へは螺旋階段がのびている。私は上へはあがらず地下へ向かう階段を降りる。荷物からランプを取り出し火をつけた。何よりも必要なのは灯りだ。灯り用のオイルは常に荷物に忍ばせてある。石階段を降りると灯りが揺れ足音がこだまする。
蔵書庫の扉はかなり大きく持っていた鍵の巨大さも納得だった。扉は中で作ったのだろうか、あの入り口からこの扉を入れるのは不可能だから不思議だ。扉は何十年という眠りを妨げた不満をもらすようにものすごい耳障りな音で軋みながら開いた。中はネズミや蜘蛛、もしかしてコウモリがいるかもしれないと想像したが、空気は澱み埃とカビの臭いがしたが、思っているよりはひどい状態ではなかった。入り口近くは上階の本を無理矢理詰め込んだのだろう、明らかにキャパシティを超えていて本が山積みになっている。平積みなので下の方の本を一冊でも引き抜けば崩れ落ちてしまうだろう。書庫は奥へ奥へと続いている。ロックタイト島に続き、私はつくづくこういう穴倉と縁があるらしい。塔に対して書庫の大きさが比例していない。おそらく塔の敷地内から外へ伸びているのだろう。どこか別の出口につながっているのかもしれない。
左右の書架もみるが、本がぎゅうぎゅうに詰め込まれている。頭上高いところは暗くて何の本があるかわからないが、近くの方はどれもありふれたもので別段特別なものはなさそうだ。こういう所では見落としがないように一冊残らず見なければならないと思われがちだが、それは土台無理な話だし、探求本がありそうな場所は長年探しているとピンポイントでわかるようになってくるのだ。入り口近くには比較的新しい本が並んでいることが多いので、そこで集中力や、外でならお金を使うのは得策ではないだろう。
早速、私は幸運に恵まれる。「メンデル家12兄弟館の書」と隣に「ランダウラ家12兄弟館の書」の二冊を発見する。二冊とも初見だ。カタログで存在することは知っているが実物を見るのは初めてだ。しかも複製ではなく原本である。実に幸先がいい。私は書架から本を抜き出し中を開いてみる。昔実在していた三百種にわたる職業の千人以上の肖像画と仕事場、道具などを写生したもので構成されている。簡単な経歴、死亡年月日、姓名、職種、入所番号が付記されていていわば館の登録原簿というべきものだ。「メンデル家12兄弟館の書」は三巻から成っているはずだが一冊しかない。「ランダウラ家12兄弟館の書」は二巻から成るがこちらも一冊しかない。だがどちらも原本だし、研究者ならどんな高値でも買ってくれるだろう。絵だけ見ても今はないような職種が描かれていて当時の状況がわかるので非常に貴重だ。私自身欲しくなるのが私の欠点だとわかっているのだが、これは売れないかもしれないな、と思う。少し読んでみる。「木挽」の次に描かれているのは「モルタル捏ね」か。支え板で堰き止められているモルタルを捏鍬で捏ねる。傍に取手のある水桶が置かれ、モルタルは石灰と砂に水を注いで造られる、だそうだ。何故12兄弟の館なのかと思ったらどうやらコンラッド・メンデルという人物が12人兄弟の館というものを作ったらしい。館は年老いた身寄りのない病身の職人のための慈善収容施設だそうだ。収容人数が常に12人で、減れば補充されるのだけれどその際にこの本が用いられたのだろう。
私は二冊とも鞄に収めた。さらに奥へ進む。思ったより奥は広く、ずっと続いている。私はそこでまるで引き寄せられるようにその棚に向かった。その本は光っているように見えた。
その本は架空の文豪の伝記「フュードル・ウラジーミル・ラロビッチの伝記」と想像で描かれた実在しない生物図鑑の間に挟まっていた。
探求本の一冊だ。蒐集家の間では存在することさえ奇跡だといわれている。私もシュラキエムのオークションで一度だけ見たことがあるが複製品だったにも関わらずドゥカード金貨五十枚ととんでもない値段で落札された。少しカビ臭いが水濡れなどダメージはなく日焼けもしていない美本だ。手にとった瞬間、背中に落雷が落ちたような感覚になった。誰もいないのに辺りを見回したほどだ。
薄い冊子の表紙をそっと手でぬぐい埃を払う。そして私は息をのむ。そこには『フォルツァス伯偽の貴重かつ厳選された蔵書目録』と書かれている。手が震えた。長年この仕事をしてきたが私が生きているうちに手に取ることはないと思っていた。原本はおそらく世界中探してももう存在していないだろう。中を開く。その名の通りフォルツァス伯が所持していた五十二冊の蔵書一覧が記されている。本名ジャン・ネポムセン=オーギュスト・ピカールはこのライフェンに住んでいたといわれている。彼は世界中を巡り生涯をかけてこの世に一冊しかない本を集めることに情熱を燃やす人物だった。例えばキャストマンによる革命に関する著書の原本、エルゼビル出版による法大全、司教ビア・ダニエル・ヒュエットの秘書で神父のフェリックス・グルバールによる未発表の著作、アーレンド・ド・カイゼルの誉高きオーデナールデ出版による初期刊本、『主要な家系における疑わしき私生児たち』『低地国の偉大な王の快楽と不快』などなど。内容にも少し触れられており、『低地国の偉大な王の快楽と不快』は王の痔ろうの症状の詳細が書き連ねられ王の尻の挿絵があるとのこと。この蔵書目録の何がそんなに稀少かというと、この目録はごく少数の百三十ニ部だけ刷られ、持ち主のフォルツァス伯が亡くなった際に相続人であるその息子はその五十二冊の蔵書を競売にかけることを発表し、競売にかけられる本を紹介した十四ページのカタログが本書であったからだ。目録に載っている五十二冊の本は全て非常に価値のある未知の本である。複製品であったとしても相当の価値があるのだが、その原本である。その値は天文学的数字であろう。そしてそのオークションはこのライフェンで開催されることとなった。その日、世界中から愛書家や稀覯本業者、私のような古物商、また希少な本が国外に流出する恐れがあるとして資金を準備して国から代表団が派遣されたという。オークションに参加するため、皆が目録を手にして、有り金を全てかき集めてこの辺鄙な田舎に集結した。参加者には王立図書館の館長ライフェンベルク男爵やリーニュ公爵家令嬢からある本の入手を厳命された古物商もいたそうだ。令嬢が恐れたのは祖父リーニュ大公の恥ずべき寝室での手柄話が含まれるかもしれない回顧録であった。
カタログを手にした者たちは一切他言しなかったという。皆、稀少な本を巡ったライバル同士である。静かに火花を散らしている。小さな町の中でオークション会場を探して皆が右往左往する。ところがオークション会場である公証人事務所も事務所がある教会通りさえ見つからない。普段、ほとんど外部から人が訪れることのない静かな町だ、ライフェンの住民は突然の大勢の来訪者たちに面食らったという。しかし住人たちはオークションはおろか、フォルツァス伯爵も蔵書も知らないということだった。皆狐に摘まれた中、オークションは当然中止となった。
その後かなり経って犯人が明らかになった。フォルツァス伯爵も蔵書もオークションもすべて作り話で目録は偽物だったのだ。のちに目録の印刷業者が明かした犯人の名はレニエ=ユベール=ギスラン・シャロンという地元の愛書家で古物商であった。それを聞いて参加者の中にシャロンがいたことが判明する。シャロンはきっとこの騒動の中で相当に楽しんでいたことだろう。シャロンはかなりの年月を費やし愛書家たちがどのような本を探し求めているか入念にリサーチし目録を作成したらしい。目録作りも楽しかっただろうなと私は想像する。皮肉なことに偽目録は今ではコレクターたちが追い求める逸品となっている。これもご当地ものといえるだろう。前回に続きご当地ものはその地に行けば入手できる確率が飛躍的に上がるという私の説はまた実証できたわけだ。この地に来た甲斐があった。
先の両方で挟んでいた二冊もわりに高く売れそうなのでピックする。一冊でも稀覯本を見つけると嬉しくなっていらないものまで買ったりピックしてしまうことがよくあるのだ。
その後、どうやって宿に戻ったか記憶にない。宿屋の一階にある酒場で祝杯をあげたことはうっすら覚えている。




