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神の頬に触れるような気持ち  年代記第七章  作者: ヌメリウス ネギディウス


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第一章 ライフェン再訪 6


 翌日、朝起きると隣の宿屋の一階では朝食が用意されていた。昨日はすっかり飲み過ぎたようだ。喉がひどく乾いた。ぼんやりとしたまま席に着く。香りたつ珈琲、カフェインは頭をすっきりとさせる。煙草を巻き、立て続けに二本吸うとかなり気分は良くなった。この煙草を巻く行為を私はいつのまにか好きになっていた。簡単な朝食を済ませると私は外へ出た。良い天気だ。昨日の事が一瞬私の願望が見せた白昼夢かとも思ったが目覚めた時、本は私の枕元にあった。この本を商売人としては売るべきなのだろうとは思う。しかし売ってしまうとそれはお金になるだけだ。この本はきっと手放すと一生巡り会うことはできないだろう。そんな屁理屈を正当化し私はこの本を売らない。私はきっと金持ちにはなれないだろうなと思う。

 宿屋を出ると私はゆっくりと中央広場を目指す。昨日までのテントは全てたたまれてまさに祭りの後という感じだった。異国の商人のテントもワゴンの中にすでに収納されている。だが、ワゴンの前にシートが敷かれ昨日と同じように男が座っている。(もちろん兄弟どちらかはわからないがおそらく弟だろう)昨日と違って客がいないので暇そうだ。

「なんだかいい物でも手に入れたようだね」

「まぁね。でもよくわかったな」

 私は言った。

「昨日のことを覚えていないのか? 酒場のみんなに奢ってたぜ、おかげで俺も今日は二日酔いだ」

 どうりで財布の中が空っぽになっていたわけだ。仕入れ用のお金にまでは手をつけてはいないだろうけれど。

「まだしばらくはここにいるのかい?」

 私は聞いた。

 ファノ兄弟は収穫祭で儲けた後は陸路で北上し臨海都市ヘント・ヴェヘルヘムを目指すらしい。

「もう故郷へは何年も帰っちゃいないね」

「ヘント・ヴェヘルヘムはコールスカンプとは目と鼻の先じゃないか」

 私がそう言うと男は笑う。

「故郷は遠くにあるからいいんだよ、違うかい? 異郷で乞食に落ちぶれても帰るべきではないってね」

「抒情小曲集か」

 ビンゴ! と男はいい再び笑った。


「なぁ、煙草は売ってないか?」

 私はすこし声を抑えて言った。禁制品なのであまりおおっぴらにはできないのだが、私はこの行商人なら持っているとふんだのだ。メンドーサにもらった煙草の葉はさっき吸った分で全てなくなってしまった。

「ああ、あるぜ。シュラキエムで仕入れたやつが」

 傍の物入れの引き出しを開けて小さな袋を取り出した。

「上物だよ。匂ってみなよ」

 私は袋を開ける。その芳香が私の鼻腔をくすぐった。

「これはいいね」

「だろ? オリエント葉と外来の小粋っていうのとをブレンドしたものだ。オリエント葉は独特の香りと甘みを感じるだろ。しかも両方上質の天葉(あまば)だ。風味が違う」

 私の持っていたものも匂いが強かったがこれもそれに劣らずかなり良い品だ。私はそれを譲ってもらい早速吸ってみる。今まで吸っていたものとはかなり違ったがこれはこれでいいものだ。

「レイディ家の人がここに来るってきいたんだけど」

「レイディ家?」

「あぁ、町外れの墓守だったかな」

 私は言った。

「あの婆さんか。いつもリウマチの薬を買ってくな。そういや昨日も今日も見てないな」

「私が届けようと思うんだが」

 どうせついでだ。訪問の理由にもなる。

「それは向こうも助かるんじゃないか、いらないならいらないで構わないしな」

 リウマチの薬を手渡される。私が代金を支払おうとすると「いらない、いつももらってないんだ」と言った。

「情けは人のためにならずってね。まわりまわって自分に戻ってくるもんさ」

 私はまだ会って間もないがこの兄弟のことを信用し始めていた。

「あの婆さん、いつも息子のためだって珍しい物がないかって言うんだ。大事な息子なんだろうな、帰ってきたら昔子どもの頃に食べていたような物の方が喜ぶんじゃないかっていつも言うんだけどな。まぁそのために色々と仕入れるんだが、薬より売れるからまぁいいっちゃいいんだけどな」

 今では薬以外にも香辛料や香水、お茶の葉、コーヒー豆なども取り扱っているようだ。

「未だにそう言ってくるってことは息子はまだ帰ってきてないんだろうな」


「昨日も言ったが私は買出し以外に歩荷をしている。なにか届けるものがあるなら届けるよ」

 男が何か依頼があるのではないかということは長年の経験から顔を見ればわかる。

「そうだな…」

 男は少しだけ考える。

「歩荷の報酬は?」

 男が聞いた。

「初回サービスだ。気が済まないなら次に会った時に奢ってくれ」

 契約成立だ、と握手を交わした。

「故郷に母親がいてね、一人暮らしなんだ。俺たちが旅に出てから一度も帰っていないんだよ。まだ薬屋をしているんだろうかわからないが。さっきの婆さんに薬を提供するのも罪滅ぼしなのかもしれんね。まったく親不孝だと思うよ。俺たち兄弟に薬の知識を教えてくれたのも母親なんだけどね。けれどさ、北の森である稀少な薬草を手に入れたんだ。それを手にしたとき柄にもなく母親の顔が浮かんでさ。それをさ、届けてもらいたいんだ」

 男は立ち上がりワゴンの中に入り、しばらくすると包みを手に戻ってきた。

「開けてみな」

 それは初めて見る植物だった。橙黄色(とうこうしょく)の茎の部分はねじれ、奇妙な形をしている。ヒゲ根のようなものが無数に伸びている。

「鎮静剤や嚥下薬、媚薬や不妊症の治療薬になる。だけど幻覚、幻聴、嘔吐、瞳孔拡大を伴い死に至る神経毒をもっている。ご存知マンドラゴラだよ」

 男は言った。渡されたマンドラゴラの根はなるほど見ようによっては人間の子どものように見えなくはない。

「北の森で見つけたんだ。掴もうとすると走って逃げて人が引き抜くと悲鳴をあげてそれを聞いた人間は発狂して死んでしまう。恐ろしいだろ?」

 男は楽しそうに言った。

「だから犬を使って掘るんだろ? 『ユダヤ戦記』や『創世記』、テオプラストスの『植物誌』リンネの『植物の種』にマンドラゴラの記述があるね」

「さすが同業者、詳しいね」

 男は言った。

「強引に引き抜く際は根が細かく土にしっかりと張っているのをちぎりながら抜くからかなりの音がする。その音が悲鳴の由来なんだろ?」

 男は首を振る。

「詮無いねえ。俺は昔のやり方に則って採取したぜ。採る前は長期的に禁欲的な生活をして目的地に着いたらマンドラゴラを性的な言葉で興奮させるんだ。そこでそっと近づいて自分に懐いている黒犬を紐でマンドラゴラにつないで自分は遠くに行きそこから犬を呼び寄せる。そうしたら犬がこちらに走ってくるからその勢いでマンドラゴラが抜ける。犬は死んでしまうが犬一匹の犠牲でマンドラゴラが手に入るならやすいもんさ」

「だがマンドラゴラは金になるのか?」

 私は聞いた。

「バカを言うな。ドゥカード金貨三枚にはなるぞ。ほんと採るの大変だったんだぜ、なぁクロ」

 そう言うと傍で寝そべっていた犬の頭を撫でた。クロと呼ばれた犬はめんどくさそうに頭を上げて欠伸をした。採取で死んだはずなんだけどな、と私は思ったがそんな野暮なことは言わない。

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