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神の頬に触れるような気持ち  年代記第七章  作者: ヌメリウス ネギディウス


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第二章 ロックタイト島綺譚 21

「決めたわ、ここを離れる前にこの本は全て売ることにする。あなたが買い取ってくれないかしら?」

 司書は目が年々悪くなっていて、いつまでも本を読むことはできないらしい。それに全ては肋骨王の宝を探すためだったのでもう必要がなくなったというわけだ。地図を手に入れたことで全て吹っ切れたらしい。

「それは病気かなにかかい?」

 私は聞くべきか悩んだが思い切って聞いた。この蔵書が全て手に入るなら魂を売ってもいいかもしれない。私はこの本をどうやって運びどこで売るかを頭の中で算段していた。

「アルビノの特性ね。それにもともと生まれつき体も弱かった。私は予言能力はなかったけれどね」

 ゾーフィンゲンになぞって司書は言った。

「私は日光にあたることができないのよ。日にあたると火傷のように水脹れになるしこんな容姿だから皆気味悪がって友だちなんてできなかった。この島に囚われているようなものね。長時間外へ出ることもできないから私はこの建物内に住んでいるの。曇りの日か、夜にしか出歩くことができないし。アルビノは長生きできないから、神の子なんていうけれどあんなのは嘘よ。ただ好奇の目でみられるだけ」

「まぁそうだろうね」

 私は素直に感想を述べた。

「それは素晴らしいギフトだとか偉そうに言われたわ。自分がその立場じゃないからそんな無責任なことを言えるのよ。こんなろくでもないギフトなんて熨斗をつけて返したいわ」

「私にはかなり君は魅力的にみえるんだが」

「そんなことを言ってくれるのはあなたぐらいよ。私は憐んでほしいわけじゃない。私の話なんてどうでもいいわ。肝心な話をきいていなかったわ。何故私を疑ったのかしら。あなたとは一度しか顔を合わせてはいないわ」

 私は司書の肩から下げている林檎のアクセサリーを指差した。

「匂いさ。それは香り(ポムドサンター)だろ?」

 ポムドサンターとは中が櫛状に八等分に分かれていて、それぞれに固形香水や、香水を染み込ませた綿を入れて持ち運べる香水入れのことだ。ポマンダー、あるいはポムダンパーとも呼ばれる。スライドカバーには各香料の名前の彫刻が施されている。例えば麝香猫(シベット)麝香鹿(ムスク)八角(スターアニス)没薬(ミルラ)などだ。

「君の香りは君の存在を明確に示している。その場にいなくてもね」 

 今思うと、イル・ベルトで夜に彼女の匂いを感じた時、近くまで来ていたのだろう。

「これは母親の形見なの、母親は私が小さい頃に亡くなったのよ。唯一残されたものよ」

 司書は言った。

「なるほどね、島では見かけない珍しいものだね。かなりの年代物だ」

「そうね、昔から肌身離さず持っていたわ。私の一部のようなものよ。昔、香水は病気から身を守るために使われたというしね。それは迷信としても一種のお守りとして母は体の弱い私のために探してくれたみたい。それを直接渡す前に亡くなってしまったのだけれど」

 司書は続ける。

「母の記憶はほとんど残っていないからそれほど悲しくはないのだけれど。父親と二人になってしまったけれど私は学校へは行っていなかったし、ずっと家の中で閉じこもっていたのよ。父親は熱心なコレクターだった。小さい時から肋骨レコードを沢山聞かせてくれた。今でも覚えてる」

「君の家には再生機があったのか?」

「ええ、だけど父親は領主に見つかってしまいあえなくプライス送り、そこで死んでしまった。私は子供だったので施設に送られたわ」

 ここにも肋骨レコードで人生を狂わされた人が存在した。

「執事とは同じ施設で育ったわ。領主は慈善で自分の屋敷で働かせる人間を施設から雇っていたけれど、奴隷と変わらなかったわ。世間体のためね」

 執事とここへ来た時にお互い喋らなかったのは関係性がばれるのを避けるためだったのだろう。

「少年が慕ってくれたので愛着があるかって? それはないわね。利用して裏切ったわけだけれど後ろめたさはないわ」

 司書は少年には何の思い入れもなかったようだ。

「少年も同じようなことを言っていたよ。彼もまた領主の息子なんてなりたくなかったってね。君に憧れて依存していたんだろうな」

「だけど地図が完成したのにどうして黙っていたのかしら。すぐに知らせてきそうなものだけれど」

「君は少年の気持ちに少しでも興味を持って欲しいと思うよ。まぁそれは望んでも無理なのだろうけど。地図ができたと言ってしまうとそれが終着点になってしまうから言えなかったのだと思うよ。だから決別と言ったんだ。君との蜜月の時が終焉を迎えてしまう。彼にとってそれは耐えられるものではなかったんだろうね。だから完成しても言わなかったのさ」

 私は続けた。

「まぁあの少年は友達がいないからね、ましてや好きな物が同じ、いや本や古いゲームも君の影響か。君に気に入ってもらいたいがための行動だろうね」

「本の知識はそのほとんどは私があの子に教えたものだわ。でも私は何も罪を犯していないわ」

 少年の気持ちを知っていながらそれを利用した。それは大きな罪だと私は思うのだけれど。

「思春期特有の一方的な妄想でしょ。私がそれに付き合う道理はないわ」

「かもしれないけれどね。秘密基地で少年の本棚を見たことがあるだろう? 彼が崇拝していたのは英雄E=on(イーオン)だ。イーオンの最も特筆すべき特徴はもちろんアルビノであるということだ。あまり知られていないことではあるのだけれどね。君をイーオンと重ねていたのだろう。イーオンが先か君が先かそれはわからないけれど。案外君と知り合ってからイーオンを調べだしたのかもしれない。君があの子を利用していたのもあの子自身わかっていたんだろうな。それでもきっと良かったんだと思うよ」

 司書はしばらく黙って何事か考えていた。

「私は少年ともう一度会うべきかしら。きっと最後になると思うけれど」

「さぁね。私には何が正しいのかはわからない」

「カタコンベへ行ったら私もこの島にいる理由はなくなるわ」

「島を出るのかい?」

 私は聞いた。

「そろそろ外へ出るのも悪くないかもしれないわね。プライスへ行ってみようかと思っているの。ずっと考えていたことなのだけれど。肋骨王がどのような最期を遂げたか興味があるでしょ?」

「そうだな。巌窟王を気取っていないでたまには外の世界を見てみるのもいいものだよ。本の中だけでは本当のことは何もわからないんだと思うんだ。わかったつもりになっているだけだ。本物の大きさやその雰囲気、質感、鳥肌が立つような感覚、物だけじゃない景色の美しさ、頬に触れる風の感触、匂いや手触り、それは現実で自ら感じなければ得ることのできない経験だ。私はそれらを愛している。だから私は旅に出るのさ。世界っていうのは君が思っているよりも大きいし、そして奇跡と言っても過言ではない偶然で満ちているんだ」

「誰のセリフ?」

「私のだよ、たまには気の利いたことも言うんだ。知らなかったかい?」

 司書は笑った。

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