第48話:ドキッ!とはしない、勉強会
中間テストを翌日に控えた今現在。
俺はその事に何一つ慌てる事無く、途中で夢月に頼まれた調味料を購入し、いつも通りに帰宅した。
そしてそのままの足で、キッチンにいる夢月の下へと向かう。
「ホレ、ご注文の品だ。報酬は貰えるのか?」
「ありがとね。報酬はお好み焼きだよ」
おいおい、それじゃあこの依頼が無かったら、飯抜きだったのかよ……。
そう内心で呟きつつ、ふとリビングの方へと視線を移した。
そこには何故か、いつもあるはずの和葉の姿が無かった。
やけに静かなのかのはその所為か。
珍しい事の為、明日は雨が降るんじゃないかと心配しつつ、お好み焼きの生地を作っている夢月に問い掛ける。
「なぁ、和葉の奴、どこに行ったんだ?」
「え? 和葉ちゃんなら、帰って来てからずっと私の部屋にこもってるよ? って言っても、そんなに時間は経ってないけどね」
「ほぉ~、アイツが引きこもりねぇ。ま、飯時になったら出て来るだろう」
言いながら、リビングの奥にある廊下を見て、微笑する。
ちなみにその廊下には、洗面所、俺の部屋、夢月の部屋、そして親父達の部屋がある。
で、空き部屋が無い為、和葉は夢月の部屋を共用しているのだ。
……まぁ、広い和室が空き部屋として一応あるが、本人曰く和室は嫌だとの事。
贅沢な奴だ。
そう思った時、ポケットに入っている携帯電話が着信音を鳴らしながらメールが着た事を知らせた。
「お兄ちゃん、まだ初期設定の着信音なの?」
余計なお世話な事を言いながら苦笑する夢月を無視し、携帯を取り出してメールを確認する。
「朔夜か。珍しいな」
「え、何々? 朔夜ちゃん!?」
やけに食らいついてくるな、夢月。
しかも生地を作りながら。
……三個目は明太子入りか。
「食らいついてくるのは良いが、生地作りをミスるなよ? 明太子は好きなんだから――っと……あ~、朔夜が家に来たいそうだ」
「えぇ! 何でまた急に!?」
「何でも、明日のテスト勉強を手伝って欲しいそうだ。俺は別にいいが、お前はどう――」
「もちろん、オッケーだよ! どうせなら、夕飯を一緒に食べようって伝えておいてね~」
聞くまでもなかったな。
とりあえず、夢月に言われた通りの返事を送っておく。
するとしばらくして、返事が着た。
ありがとうございます! それでは、今すぐ向かいますね!! か。
「今から来るってよ。よかったな、夢月」
「やったぁー! それじゃお兄ちゃん、ホットプレートとお皿の準備をしておいてねー」
「へーい」
気の抜けた返事をしておき、キッチンの下にある収納スペースを開けて、中からホットプレートを取り出す。
それをリビングまで運び、夕飯とされるお好み焼きに向けての準備を始めた。
テーブルの上にあるホットプレートを俺と夢月が囲み、お好み焼きの生地を焼いていた。
そして丁度、いい感じに豚玉が焼けた頃に、ピンポーンっという聴き慣れた音がリビングに響いた。
来客を知らせる音だ。その来客に対応する為、ホットプレートの温度を下げて焦げないようにし、玄関へと向かう。
そして鍵を開け、ドアを開けるとそこには、白く可愛らしいドレスのような服を着た朔夜の姿があった。
「……派手な服だな、お前」
「え!? い、いや、これはお父さんが着てけっていったもので」
あぁ、あの人なら納得出来るな。
俺の事、朔夜の彼氏だと勘違いしてる人だし。
「いらっしゃい、朔夜ちゃん! ――って、わわ! 可愛い洋服だね~! 似合ってるよ!」
俺の腕の下に出来た隙間からピョッコリと顔を出した夢月は、お世辞――いや、本音だろうな――を言って笑みを見せた。
同時、背中に衝撃。
……夢月の一撃か……いてぇ……。
「あ、まぁ、確かに似合ってるな」
「えぇ!? そ、そんな事ないですよ……」
夢月に強制されて言うと、朔夜は頬を赤らめて否定した。
何だ? 言わなきゃよかったか?
……女心ってのは、よくわからなんな……。
「……っと、そいやぁ、何で俺なんだ? 勉強相手」
とりあえず、話を変えて疑問をぶつけてみた。
すると朔夜は、実はですねっと困ったような表情で前置きした。
「私、昔から勉強ってのを計画的に出来なくって……それで、圭吾さんに頼んでみたら、俺は馬鹿だから無理だって、断られちゃいまして……」
アイツは確かに馬鹿だからな。
だから余計に、飛翔鷹高校から推薦が来たって聞いて驚いた。
「で、圭吾さんが、急に思い出したかのように、亮だ! アイツは頭がいいから手伝ってもらうといいぞ、って言われたんでこうして亮さんに頼んだんです」
なるほど……そういう事か。
納得、納得。
「んなら、話は早いな。とりあえず飯食うか、飯」
「夢月特製のお好み焼きだよっ! ささ、入って入って~」
朔夜が来たからか上機嫌な夢月は、彼女の手を取って早足でリビングへと向かった。
その後ろを、俺は肩を竦めながらついて行く。
そうして、ホットプレートの周りは、俺と夢月と朔夜の三人が囲んで座る事となった。
「はい、朔夜ちゃんの分だよ」
言って夢月は、熱々の豚玉を綺麗に分割して皿に載せたお好み焼きを、朔夜の前に置いた。
それを朔夜は、いただきますっと言って恐る恐る口に運ぶ。
「……っ!? す、すごくおいしいです! お父さんの作るお好み焼きよりもおいしいです!!」
そう歓声を上げた朔夜は、次々とお好み焼きを口に運んでいく。
……ってか、コイツの家ってお好み焼き屋じゃなかったっけ? 正確に言えばもんじゃ焼き屋だが。
本職よりも美味いって、ある意味凄いな。
「本職の親父よりも美味いってのは、言い過ぎじゃないか?」
「いえいえ、本当にお父さんのより美味しいんですよ! 生地から既に違います!!」
「そこから違うのか……よかったな、高評価だぞ。基礎から拘る夢月シェフ?」
ニヤニヤしながら、半目で夢月に話を振る。
すると夢月は、高等部に手をやりながら照れ始めた。
「いやぁ~、普通にやってるだけだって~」
「もしそうだとしても、凄いです! 今度、お店に手伝いに来て欲しいくらいです!!」
それはそれで、朔夜の親父の仕事が無くなるんじゃないか?
そんな事を思いながら二人の会話を聞いていると、不意に後ろから声が来た。
丁度、俺達の部屋がある廊下側からだ。
「自棄に賑やかね……何やって――く、九条さん?」
それは、和葉だった。
最初は気だるそうに入って来た和葉は、朔夜の姿を見るなり固まってしまった。
まぁそれは、朔夜も同じ事なんだが。
「和葉さん……? どうしてここにいるんですか?」
「あ~……和葉が許婚ってのは覚えているだろ? だがそれ以前に、親戚のような奴だからな。転入当日から居座ってる」
面倒な事になる前に説明しておくと、朔夜は納得したかのように数回頷いた。
……わかり易い説明じゃなかった気がする……。
一方、和葉はリビングへと入ってくるなり、不機嫌そうな表情をしながらテレビの電源と付け、丁度俺達に背を向けるようにして座った。
どうやら、既に面倒な事になっていたようだ。
「……おい、和葉。食わないのか?」
「いらないわよ。お腹、空いていないから」
「本当にいいのか? 夢月の作ったお好み焼きだぞ?」
「いいの。今は何かを食べたりする気分じゃないのよ」
頑固な奴だ。
腹、減ってるからこそここに来たんだろうに、意地を張りやがって……。
そんな奴を見ると、も少し聞きたくなる俺が居る。
「そう言ってるが、実は腹減ってるんだろ? 遠慮するなって」
「しつこいわね! いらないって言ったらいらないのよ!!」
怒声を上げながら振り向いた和葉は、しかしすぐにテレビの方へと向き直した。
また、朔夜を一度見てから。
……何があったのかは知らんが、厄介事のような気がする。
「……わかったよ。それじゃ、俺達はさっさと食うぞ」
そう言うと、夢月と朔夜は笑顔になり、食べる事を再開した。
……女同士の問題は、女同士で解決してもらうのが手っ取り早いからな。
一日でも早く、解決する事を願うよ。
そう内心で呟き、俺も食うのを再開した。
「――で、だ。この、Xの二乗を……って、大丈夫か? 眠そうだが」
見ると朔夜は、ペンを止めたままトロンとした目で、眠そうにウトウトとしていた。
「……ほぇ? あぁ~――うくっ!? だ、大丈夫です! 問題無いです!!」
なんか、全然大丈夫そうに見えないな……。
さて、ちなみに今現在、夕飯を食い終わった後から、ずっと俺の部屋で勉強を手伝って――というか教えていたのだが、時計を見ると大分時間が経っていた。
いくら休憩を挟んでいたとは言え、さすがに疲れが見えてくるだろう。
……終電も近いしな。
夢月だったらこの場合、泊まって行く事を勧めるだろうが、さすがに明日はテストである為、そろそろ帰らした方がいいだろう。
「……そろそろ終わるか? 時間も時間だしな」
「え? あ、はい。そろそろ終電の時間ですしね。……あの、今回はありがとうございました。勉強を手伝ってもらうだけでなく、お食事まで頂いて」
ノートや筆記用具を片付けながら、そう言って会釈した。
そんな朔夜に、同じくノートなどを片付けながら、気にするな、と言っておく。
「コレが、我が家のお持て成しの仕方だ。だから、客は客らしくして、遠慮する必要は無いんだよ」
「そうなんですか? ……それじゃあ、もし次に来た時は遠慮しないようにしますね」
「あぁ。ってか、もし次にというよりも、明日も来い。お前、意外と馬鹿だったしな」
よく飛翔鷹高校に受かったな、と思えるほどだった。
「ひ、ひどいですぅ……自覚はあるんですけどね……――って、明日も来ていいんですか!?」
「いいぞ、暇だし。それに、夢月も喜ぶだろうしな」
軽く即答すると、朔夜は苦笑を漏らした。
だがその表情も、すぐに笑みに変わる。
「それでは、明日もよろしくお願いします!!」
そう言う朔夜の表情は、本当に嬉しそうに見えた。