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栄翼の瞳  作者: 水城四亜
40/79

40風 波2

葉月では、上月たちを見送ったトヨがせわしなく部屋を行き来していた。

「……姫様。」

「………オミヤ……」

「姫様、落ち着いて。」オミヤはトヨを一度座らせると、抱き締める。

「………オミヤ……どうしよう?」トヨは少し落ち着いたのか、それでも青ざめた顔でいう。

「………どう、なさいました。」

トヨは、オミヤから離れると、一瞬ためらった後、

「………あれを、アキジたちに持たせました。」

「!………まさか。」

「……首長はじまって以来、一度たりとも手放した者はいないでしょうね。」

「…姫様……。わたくしは、どこまでも姫様と共に…。」

「……オミヤ………。」

そこで、激しい物音と共に、侍女が舞い込んできた。


「姫様!!」

「何ごとです!?」

「…く、クスルヒメ様が突然のお渡りでございます…!もう、紫殿の先まで…!」

「……無礼な…!」オミヤが姫の前に御簾をおろす。




「ほほ、無礼とな。無礼承知の上。そこな身分違いの恋にうつつを抜かす愚かな男よりはよかろうよ。」高い声が上がる。クスルヒメ様つきの、アカネという侍女が入り口に立っていた。

「……ひかえよ、姫の御前である。」オミヤは一瞬顔をしかめたが、自らも頭をたれる。

アカネは柳眉をしかめたが、まず自らが腰をおり、その後ろにいる人へ礼をした。


「………さわがしいこと……。」豪奢な衣を身にまとい、ついと顎を持ち上げて静かに入ってきた人物。

「………ほんに、おひさしゅう、葉月の。」ゆっくりと座り、どうどうと正面から見る。

「……ええ、西河様も。」トヨは都でのクルスヒメの呼び名を言う。

「……急なことにて、礼をかいてすまぬな。」

「……こ度は、どのようなご用向きで…?」

「葉月殿においては、先日祭の際、石を無くされたと、噂がたっておるのは御存知か?」

「…そのような、下々の…!」オミヤがつい口を挟む。

「黙りャ。こなたには聞いておらぬ。我もそう思うのだが、このようなことあまり良いことでもない故、このように確かめに参ったまで。……いかが、葉月の。」

「西河殿のお心、いたみいります。ですが、わたくしは、石を無くしてはおりません。」

「…ほぉ、では我の杞憂であったか。しかし、こうまで広がった噂、どのように消されるのか…?」

「ほほ。西河殿のような方が下々を気にされるので…?」

「…!無礼な…」今度はアカネが口を出す。

「わたくしは西河殿に余計な心遣いをしていただくのも心苦しゅうございますので、申したまで。」

「…では、石を確認させてもらうことはできるのだな…?」

「………石はここにはございません。」

「!葉月のそれは?」

「都におられます王君におかれましては、ますますの御健勝とうかがいます。こ度の戦蛮族と捨て置くにはあまりに戦火がたえませぬ。そこで、都の神女が君がために祈祷されるとか。そのため、石はここにはございませぬ。わたくしの手のものによって、都へお届けしております。」

「……。では、石はないと…?」

「お疑いでしたら…もちろんそのようなことはございませんでしょうが、弦宮殿に御確認されてはいかがでございましょう。…先日、アヅミヒメ様がなさったように。」

トヨはにっこり微笑んで、もちろん御簾の中なので表情はわからないが、クルスヒメには伝わったのだろう美しい微笑をうかべながらも、目はいぬくように鋭い。

「……アヅミヒメには葉月殿を御心配されてのこと…。時に、都からの客人がおいでだと聞いたが…?」

「……西河殿。急ぎ、香峰殿にお戻りください。」

トヨの声は切羽つまったような声になる。

「…何ゆえだ?」

「その客人のひとかたが、先日『地』にさらわれました。」

「!?何と…。」アカネは口をおおう。地の者は彼等にとっては人間ではなく、ただ恐怖の対象となるばかりのものだ。

「して、その後は…?このようなこと、都へ伝われば…」クルスヒメは自らの立場を考え、言葉をにごす。

「…ですから、西河殿には、何も存じないこととしていただきたいのです。伏に追わせてはおりますが、のちほどわたくしも地に会わねばならないでしょう。」

「!!姫様っ。」オミヤが言う。

「……してどうされる?」

「……わたくしに、もしもの時、また客人に何かありましたら、その後のことは西河殿におまかせ致します。ですから、今は西河殿はこの葉月内で最も安全な場にいていただきたく…。」

「………それは、首長としての座をあずけるということか…?」急なことにクルスヒメも驚いている。だが、トヨは言葉を止めなかった。

「……。こ度の件わたくしがすべての責を。この件が落ち着く後は西河殿にはアヅミヒメ様へ継承の儀、とり行っていただきたく存じます。」

「……アカネ、下がりャ。」クルスヒメがアカネを下がらせる。

「……オミヤ、お下がりなさい。」トヨもオミヤを下がらせる。



「月の無い夜でようございました。」トヨがいう。

「…ほんに。時に明るすぎる光は不粋なもの。御簾をあげてはくれないかぇ?」

「……いいえ、わたくしが。」トヨは御簾から姿を表し、クルスヒメの前へ座る。

「粋なこと。わたくしは、お前のそういうところは嫌いではないね。」

「こうやってお話するのも、随分久方ぶりでございます。」




静かに、虫の声だけが聞こえる夜。

「………我はアレがそなたより優れているとは思わぬ。」ゆっくりとクルスヒメは話し出す。

「アヅミの姉様は、それでも人から好かれております。」トヨもゆっくり切り返す。

「そなたは違うと…?」

「畏敬と、好意は別です。姉様も御存知のはず。」

「……そなたは聡すぎる、だからこそ、その場は辛かろうに…。」ため息まじりにクルスヒメが返す。

「……中津の、異邦人ですがやはり、あの者の仕業かと…。」

「して、どうする?」

「君が誅されるのであれば、止めなくてはなりませぬ。」

「ひとり、ゆかれるか?」

「……もとより、わたくししか歩めぬ道でございます。姉様、後を頼みます…。」

「……もそっとこちらへおいで。」クルスヒメはトヨを引き寄せる。

「……姉様…?」

「わたくしはね……お前が怖いと思っていたよ。誰よりもその力は君に近しく、あの者の血族だけでなく、ただ、お前が怖かった…。」クルスヒメはトヨを細い両腕で抱くと、静かに語った。

「わたくしも、姉様は恐ろしゅうございました。いつも、わたくしを見てくださらない姉様が…。」

「…己の不甲斐無さをお前に見抜かれるのが怖かったのだ…。アレは良い娘だが、そなたとはまるで違う。石のことなど、わかっていただろうに…。」

「………それでも、わたくしには元よりこの道しかございませんでした。オミヤを騙して、地の者より奪ったあの石を……。けれど、これ以上の異物はこの世界に必要ありません。わたくしは、わたくしと共にこの世界を封鎖するために来たのですわ…」

「もう、会えぬか…。」

「…会えぬ方がよろしいのでは…?」

「口だけは減らぬ。」

「…力を……使います。」

「オミヤが泣くな…。」

「あなた様も、泣いてくださいますか…?」

「葉月のため流す涙はもっておらぬ。…けれど、すべてはわたくしの胸のうちにおいてここで朽ちゆくだろうよ。」

「それでいい。あなた様はいつまでも、そのように。…わたくしは、はじめからわたくしの責を果たすだけ。悲しむことなどないのです。」

「お前もあの木々に宿るのだろうか…?」

「………そうであればいいのに…。葉月をいつまでも見守っていられたら……どんなに嬉しいことでしょう。」

「…わたくしはあの木がお前だと思っているよ。」

「いつまでも、そばに…。姉様。」




「……じきに、地へ向かわなくてはなりませぬ。」

「そなたの身は案じぬ。わたくしは、何も関わりはしない。聞こえないし、見えない。わたくしとそなたは」

「敵ですから。」

「だから、わたくしは何も知らぬ。これで良いな?」


「…・・はい。最期に姉様と御会いできましたこと、感謝いたします。」

「……ひとつだけ。」クルスヒメは部屋を出る前に振り返った。

「我が死んだのちは、そなたに会うこともあろうか…?」




「簡単に死に急がれては困ります。約定はいたしません。けれど、いつか再びまみえることも神々のいたずらにてございましょう。」



「そうか。ではな。」最後の言葉はあっさりとしたものだった。

艶やかに微笑みながら、クルスヒメは部屋を後にした。





「……姫様っ…。」オミヤが入れかわり部屋へ入ってくる。

「……オミヤ。堤様を助けに参ります、伏を数名準備なさい。」そこに、先ほどまでのか細い姫君の声は微塵たりともなかった。

なごりおしそうにただ、指先だけが衣を掴んでいた。

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