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草原の公主


 現在地から天山の北側に侵入する最も容易な道は、焉耆国(イエンチー)から北上して天山山脈に入り、その谷間を抜けたあと吐魯番つまり姑師国の西部に至るものだが、この地は匈奴の影響力が大きく、行軍に干渉される恐れがあった。我々が姑師国に侵入してしまえば、その地の住民に籠城を強いることになり、迷惑なことこの上ないだろう。しかも籠城されてしまっては、我々にそれを陥落させる力はない。両者とも疲れ切ってしまうのだ。

 そこで私は、道程を渠犁国(コルラ)を起点として西に赴き、亀茲国の輪台城(ブグル)の北を通過して庫車(クチャ)から北上することにした。この道程を採ることによって山越えの標高差は激しくなるが、情勢は安全となる。山を越えた先は、すでに烏孫の領域だ。

 支配領域の面積だけで言えば、烏孫は西域最大の国である。その人口は六十万とも言われ、三十万の大宛、四十万の大月氏と比べてもその規模は大きい。

 しかし、都市らしい都市は皆無に等しい。吐魯番盆地、準噶爾(ジュンガル)盆地の西に位置する伊犁(イリ)地域一帯が彼らの領域だが、そこは一面の草原であり、人が暮らすよりも家畜の放牧に適した広大な土地だ。このため六十万という人口は、その支配領域の広さに比べて少ないといった方がよかろう。

 烏孫は遊牧騎馬民族の典型であり、生活様式の多くを匈奴と等しくしている。しかしその国力は匈奴が勝り、以前は単なる属国の地位に甘んじていた。いや、形式上はいまでもそれは変わらない。だが烏孫王は勢力の増強に成功し、現在では定期的な匈奴への拝礼の義務を拒否している。本来であれば、これが新たな対立の火種になるところであったが……この事態に目をつけたのが、博望侯張騫であった。

 その功績は賞賛されるべきものであるが、結果的に月氏との同盟に失敗した彼は、帰国後に次の目標を烏孫と定めた。その上で二度目の西域遠征を敢行し、烏孫王を相手に漢文化の洗練度を力説し、同盟関係の構築を迫った。

 未だ漢の勢力を知らぬ烏孫王はこれに対する態度を留保したが、そのかわり使者を張騫の帰途に同行させることには同意を示した。かくして長安に入った烏孫の使者は、その文化に直面することとなる。

 張騫は烏孫から帰国後、程なくして死んだ。しかし彼の死後、帰国した使者の報告を通じて漢の偉大さを知るところとなった烏孫王は、姻戚関係を結ぶべく、漢に皇帝の娘を嫁として迎えたいと要望したのだった。漢はこれに応え、一人の女性を烏孫に派遣したのである。

「その女性は烏孫王に嫁ぎ、現在でも両国の架け橋となっているとのことです。我々が烏孫国内を通過することは事前に通達しておりませんが……きっとその方が尽力してくださることと思います。何にせよ、同胞のよしみですから」

 私が言ったことは希望的観測に過ぎないが、実際のところ頼るべきはこの一事しかなく、李広利もこのことに対して理解を示した。

「我々が国内を通行することに対して、すぐに烏孫の国王には報告が届くだろう。我々としては、できる限り不戦の意思表示をして域内の安全な通行を確保することが重要だ。その上で、その漢の女性と会わなければならない。いや、ぜひ会うべきだろう」


 しかし、道は想像以上に険しかった。いまだ山頂部には氷雪が多く残る天山の谷間を抜けようとしたが、そこは文字通りの道なき道であった。谷は雪解け水で地盤が緩んでおり、人の大きさほどの落石によって行く手を塞がれることがしばしばである。また、雪崩も多く、実際に我々は雪崩によって数名の兵の命を失うこととなった。

 雪崩や落石は、気温が緩んでいるからこそ発生する現象である。しかし我々にとってそこはまだ快適な気温であるとは言えなかった。凍傷で指先を落とす者、冷気によって肺を痛める者が続出し、また誰もが薄い空気によって忌々しい頭痛を抱えながら行軍を続けなければならなかった。

(ふもと)は灼熱の世界だというのに……いったいどういうわけだ。王恢どの、この道が烏孫に通じているというのは確かな情報なのか。とても下界と状況が違いすぎて、この先に人の住む世界があるとは思われないが……」

 李広利は行軍のさなか、私に向かって疑問を呈した。私は、説明しなければならなかった。

「天山の雪解け水は地中深くまで浸透し、地下水となって麓の世界まで流れ着きます。その水が湧き出すところに人々は都市を築き、国を作ったのです。しかし、その自然現象の力たるや、とても我々が制御できるものではありません。逆を申せば、それほどの力があるからこそ、生命を育むことができるのです。いま我々の前にある大自然の驚異は、生命を奪う力を持っています。しかしその一方で、人を生かすもととなるものです。反対側の麓にも、必ず人が生きる世界はあります」

「それは……実際に張騫が訪れているわけだし、反対側の麓に烏孫の世界があることは、私も頭では理解している。しかし、どうにも信じられぬのだ。だいいち、雪解け水などと言われては、私の頭の中にはちょろちょろとした水滴しか頭に思い浮かばない。だが、実際は雪崩や激流だ」

「では具体的に申し上げましょう。その激流ほどの規模である天山の雪解け水は、北側の麓へ川となって流れます。その川の行き着く先は大きな湖であり、その(ほとり)に烏孫の都城である赤谷城(せきやじょう)があるのです。烏孫の土地は、一年を通して冷涼であり、特に冬は極寒だとされていますが……不思議なことに、その湖は真冬でも凍ることがありません。烏孫の人々は、その恩恵によって生きながらえているのです」

 その湖を訪れた漢の人々は、それに「熱海(ぜつかい)」と名付けた。現地の人々はそれを「イシク」とか「ウスク」と呼ぶらしいが、彼らは情報の伝達手段として文字を持たないので、どちらが正確な呼称なのかは、我々にもわからない。

 情報によれば、熱海は若干の塩分を含んでいるらしいが、その濃度は楼蘭の塩沢ほどではない。夏になると人々はその浜辺で涼をとり、子供たちは水浴びをして遊ぶのだという。というのも、熱海は非常に透明度が高い湖で、美しいのだそうだ。


 天山の谷間で生死の狭間を彷徨う行軍を強いられながら、我々は谷の向こう側の世界を想像し、その淡い希望のみが足を前に進ませたのであった。



 天山の標高は雲より高く、谷間を行くとはいえ一般的な中原の山よりも高い地点を通過しなければならなかった。しかし、ようやくその行程も半分を過ぎると、下りにさしかかって反対側の下界の風景が一望できるようになる。

 そこは、一面の草原であった。話には聞いていたものの、我々の誰もがその光景には当惑した。草が生える土地だというのに、木が一本も生えていないのが不思議であったうえに、まるで誰かが刈り揃えたかのように草丈が同じなのも不自然に感じた。

「飽きるほど砂漠を見続けてきたせいか、どうもこの草原は寒々として見える。本来ならば、牧歌的なよい風景なのだろうが……砂漠とは別の意味で、ここも人の住む世界ではないように感じる。気のせいだろうか」

 李広利がそう呟いた瞬間、視界の遙かかなたに何か動くものが映った。あまりに遠いので、黒い塊にしか見えなかったが、それはこちらへと近づきつつある。徐々にその姿が明らかになってきた。

「……馬の群れだ。野生の馬か!」

 それは大きな足音を立てながら疾走していた。二十頭ないし三十頭からなる馬は、我々を圧倒し、後ずさりさせるほどの迫力で目の前を通過していった。軍は一切の被害を受けなかったが、誰もが驚き、しばらく身動きできなかった。

「見たか……あの馬は我々が乗っている馬の二倍はあろうかという体格を持っていた。あれが、烏孫の馬か」

「おそらくそうでありましょう。大宛の馬が汗血馬と呼ばれるのに対して、烏孫の馬は西極(せいぎょく)と呼ばれます。いずれも良馬ですが、その身の逞しさにおいては汗血馬の方が上回るとのことです」

「なんと、大宛の汗血馬はあれ以上だというのか。なるほど……陛下が欲しがるわけだ。しかし、あのような野生の馬が駆けずり回っている土地で、人がまともに生活できるのだろうか」

 遊牧民の生活を、我々と比べてはならない。彼ら烏孫は民族の風習として城郭を築くことがなく、定住さえもすることがないのである。人々は簡易的な天幕を張っただけの住居に起居し、家畜が周辺の草を食い尽くすとそれをたたんで別の場所に移動する。すべてを獣の生態に合わせているのだ。王族もこの風習に則し、夏と冬とで住まいを変えるのだという。したがって、烏孫では住所を当てにして特定の人物を訪ねることはできない。これは同じ民族同士でも隣人同士のつながりが希薄であることを意味した。いや、そもそも隣人という概念さえも遊牧民にはないのである。

「遊牧民は、おおむね親族を単位とした自給自足の生活を送ることが普通です。他人と生産物を交換しあう習慣がなく、すべて自分たちで自分たちの食い分を賄います。しかし、しばしば食糧が足りなくなることがあり、それに我慢できなくなったとき、彼らは略奪を行います。それが罪だという感覚は、彼らの中にはありません。その習慣こそが、戦士を育てるのでしょう」

「しかし、漢は烏孫と姻戚関係を結んだ。これは……同盟を結んだということだ」

 このときの李広利の発言は、言外に何か含むところがあるように感じられた。私は、このさい彼に思いを吐露してもらいたいと思い、先を促すことにした。なぜならば、将軍とは非常に孤独な立場で、めったに本音を言う機会がないであろうことは、私にも想像できたからだ。

「烏孫と同盟を結ぶことが、何か問題でも?」

「いや、そもそも私は烏孫の人々を見たことがないから、なんとも言えないが……。王恢どのの話を聞く限り、漢と烏孫には共通するところが全くないように思われる。そのような、価値観の全く異なる民族同士が同盟するなど……うまくいくはずがないように思われるのだが……。お互いに全く理解しあえないのに、無理をしてわかり合う努力が必要なのだろうか」

 李広利が抱いた疑問は、おそらく楼蘭や姑師での経験で膨らんだものだろう。それも私にはわかる気がしたが、彼に投げやりな気持ちを抱かせたくはないので、ここは説得を試みることにした。

「漢と烏孫には共通の敵が存在します。言うまでもありませんが、それは匈奴であり、この敵の存在が二国を結びつけているのです。異なる民族同士が本質的にわかり合えないとしても、この一点のみで同盟は成立します。将軍が心配なさる必要はございますまい」

「では、将来我々が匈奴を撃ち破ったとしたら、同盟は崩れるのか。そうなったら、烏孫との関係はどうなるのだ」

「そのときは、強権で支配すればよいのです。我々が匈奴を撃ち破ったとしたら、烏孫も漢の軍威には従わざるを得ないでしょう」

「……それでは、ただの繰り返しではないか。漢の立場が匈奴のそれに変わるだけの話だ。これまでの歴史を学ぶところがない。もっとも、我々が匈奴を撃ち破ることはないかもしれないし、仮に撃ち破ったとしても、我々が自制すれば済むだけの話だが……」

「そうです。ですから将軍がそれを心配しても仕方ありません。軍人は軍人らしく、与えられた任務を果たせばそれでいいのです」

 李広利はそれに対して返答しなかった。内輪の話とはいえ、それ以上不安を口にすれば、任務そのものに対する不満と受け止められ、それはまさしく皇帝に対する不満を口にしたことと同じことになる。彼は、そのことを恐れたのだろう。

 しかし、私にしても不安はある。仮に漢が烏孫を強権的に支配したとして、彼らの気持ちはどうか。強者が支配することによって、形のうえでは平和が保たれるとしても、はたして彼らの自尊心は保たれるのか。

 もっとも私も烏孫人には会ったことがないので、彼らに自尊心があるのかどうかはわからないが……。



 葱嶺より東の世界では人口最大の国だというが、烏孫では人に出会うことがない。広大な土地のせいか、それとも人々が我々を避けているのか……おそらくその双方だろう。ときに馬の群れや、山羊や羊の姿は見受けられたが、それを飼い慣らす牧童らしき人の姿をついぞ見かけることがなかった。

「人っ子一人いない。草が風に靡く音しかしない。あまりに寂しく、恐ろしさを感じるほどだが……我々が旅程を進めるには最適の土地だ。誰にも妨害されない」

 李広利はそう言って安心した表情を浮かべたが、きっと心の底では、彼らがどこかに隠れていて、我々の様子をうかがっていると心配していることだろう。それは我々も同様であり、友邦だと知りながら安心しきれない不安が常にあった。

 しかし、その一方で旅程は進む。この点では、趙始成のいうことは正しかった。我々は敦煌以来の食糧危機を乗り越え、ついに熱海(ぜつかい)の見える地点までたどり着いたのである。

 視界の先にある熱海あるいはイシク湖のほとりに建造物らしきものが見えた。

「……烏孫国の都城である赤谷城かと思われます」

 近づくにつれ、その全貌が明らかになっていく。比較的大きな石造りの建造物があり、その周りに遊牧民特有の天幕張りの住居がいくつか並んでいた。しかし、それは我々が想像していたものよりはるかに大きなもので、豪奢な装飾と派手な色使いが印象に残るものであった。

 しかし、いっこうに人の姿は見えない。彼らが我々を敵視しているのであれば迎撃態勢があっても不思議ではないし、友邦だと見なしているのであれば出迎えくらいあってもよさそうなものだが、そのどちらもなかった。我々は皆、首をかしげるしかない。結局のところ、前に進むしか選択肢はなかった。

「おそらくあの石造りの建造物が、王宮であろう。まずは王に拝謁して……妃となった漢の女性に会うのはそれからだ」

 李広利は建造物群に近づいた時点で全軍に停止を命じ、私と趙始成のみを伴って烏孫王に拝謁しようと歩を進めた。留守中の軍の指揮は、李哆に任せた。

「日が落ちるまで待っても我々が戻らぬ場合は、ここを襲撃して食糧を奪え。城壁もないから、陥落させるのはたやすかろう」

 李広利は李哆にそう言い残し、城内に向かった。

 我々は便宜上、それを「石の宮殿」と呼んだ。それというのも、我々が見慣れた宮殿に一番近い姿をしていたのが、それだったからである。当然、そこには烏孫の王がいるものと思っていた。

 しかし、宮殿を守るべき衛士の姿は存在しない。それをいいことに勝手に門を開けて内部に入ると、燭台には灯がともされていた。

「中には、少なくともこれをともした人物がいるらしい。それがどのような姿をしているか不安だが……」

 そう言いつつ歩を前に進めると、広く、天井が高い空間に至った。間違いなくここが宮殿の中心で、玉座があるものと思われた。

 しかし、そこにいたのは婦人であり、王ではなかった。


「お待ちしておりました。あなたが、弐師将軍の李広利さまですね」

 立ち上がった婦人は漢の言語で我々を出迎えた。そのいでたちは絹の布地の中に綿を詰めた曲裾袍(きょくきょほう)であり、我々が普段身につけているものと同じ様式のものであった。女性らしい色使いがなされているものの、それは決して派手ではない。また頭には飾り物を一切つけていなかった。

「いかにも私が李広利です。私は寡聞にして詳しくないのですが、烏孫との同盟のために漢から送られた女性が存在すると聞いております。あなたが、その……」

「そうです。私がその烏孫公主(うそんこうしゅ)。名は細君と申します。姓は陛下と同じ劉ですが……もともと烏孫は陛下の実娘を嫁に求めたのですが、私は遠縁に当たるというだけで、陛下の本当の娘ではありません。ですが、このことは口外しないでください。烏孫国内では、私は正式な漢の公主ということになっております」

 公主とは皇帝または王の娘に与えられる尊称で、いわゆる「姫」を示す。この劉細君という人物は、肌は白く、そのきめ細やかさが印象に残る女性であり、やや切れ長の目が涼やかである。年齢は李広利よりも下であるように私には見受けられた。少なくともこの私から見れば、娘のような年頃であったことは確かで、そのような若い女性が政略によってこのような土地に送られたと思うと、不憫であった。仮に私の実の娘が彼女の立場であったとしたら……私は耐えられないだろう。

「陛下の実の娘ではないということは、そのように仕立て上げられた、ということですか。陛下とは遠縁だと仰いましたが、もともとはどこのお生まれなのですか」

江都(こうと)国です。淮安とか揚州のあたりの。私の父が諸侯王として治めていたのですが、父はいろいろと性格に問題があった人で……最後には謀反の疑いをかけられ、自殺を強要させられました。それをきっかけに江都国は取り潰されて、現在では広陵郡と改められているはずです。私はそのときまだ幼くて、いまでも詳しいことは存じませんが……」

「では、あなたは江都国公主と自称なさるべきです。烏孫公主などという無粋な肩書きを名乗ることはおよしなさい」

 李広利はそのような言葉を投げかけたが、確かにそれは彼の優しさからであろう。しかし烏孫の地に彼女という存在があったことで、大いに助かったことは事実である。右も左もわからぬ異国の地に、言葉が通じる相手がいることほど心強いものはない。

 だがそれは彼女が自身の人生を大いに犠牲にした結果によるものなのである。李広利は、それに気づかなかったのか、それとも気づかぬふりをしただけなのか……。

「すでに私の名をご存じならば、おおかたの事情は察していらっしゃることと思います。この先、我々が大宛にたどり着けるよう、公主さまのご尽力をいただければ幸いです。……しかし、その前にひとつ確かめておきたいことが」

 李広利の口調は事務的なほどに淡々としている。私は、彼のことをこれまで情の深い人物だと思ってきたので、この場面でこのような口の利き方をすることが意外であった。

「……どのようなことでしょう」

 そう応じた公主の表情にも、やや落胆した色がうかがえる。異国の寒冷な地で暮らす彼女にとっても、漢人の訪問は期待に胸を膨らますものがあったはずだ。彼女は、もっと楽しい会話をしたかったのではないか。

私はそう思ったが、次に李広利の放った質問は、非常に的を射たものだった。

「公主さまの現在は、幸福なものなのでしょうか」

 不意を突かれたのか、公主はその瞬間、大粒の涙をこぼした。



「お幸せなのですか、とお聞きしたいのです。たとえ異国とはいえ、王族の妃となることは、一般庶民には不可能なことです。それを望外の幸運と考える者もいることでしょう。ですが……遠く故郷を離れて、このような土地で言葉も通じぬ者たちを相手に暮らさねばならぬことに相当の苦労があることは、この私にも想像できます。そこで、公主さまのお気持ちがどちらにあるかをお伺いしたいのですが」

 公主は、流れる涙を軽く手で拭きながら、答え始めた。

「まず最初に……烏孫の王はご自分のことを昆彌(こんび)と号します。ここを訪れた当初の私は、そのことさえも知らずに、ひどく不安な日々を暮らしました。もちろん私とともに漢からこの地に渡った随員は多くいらっしゃいます。ですが、彼らも私の不安を慰めてくれる存在ではありませんでした。だって、誰もが不安だったのですから……」

「いまでも不安を抱えていらっしゃるのですか」

「いいえ。昆彌さまは気を遣ってくださったのでしょう。一年のうち、私が昆彌さまに会うのは、ほんの数度に過ぎません。この宮殿も、漢の様式にあわせて建ててくださいました。といっても、木材が不足気味な土地ですので、石で作られたものですが……」

「では、これは公主さまのために作られた建物なのですね。私どもは、ここに昆彌がいるものと思っておりました。なぜならこの建物だけ、他と様式が違ったからです。昆彌の公主さまに対するはからいでしょう。少しでも暮らしやすいようにと……」

「それは確かにそうでしょう。ですが、私は昆彌さまの数多い夫人の一人に過ぎません。この周りにある天幕造りの住居はすべて、昆彌さまの妻のものです。昆彌さまは、その中の一つをお選びになって、ご自身の住まいとするのです。いまは、匈奴から送られてきた女性の家にいることが多いと聞いています」

 烏孫は、漢から女性を得ておきながら、一方で匈奴からもそれを迎えていた。政治的な策略があるのだろうが、昆彌が匈奴の女性を気に入って、その家を自らの住まいとしていることには、私も李広利も驚かされた。

「それは……昆彌は公主さまより匈奴女を愛している、ということなのでしょうか。それとも外交関係において烏孫は漢よりも匈奴を尊重している、ということの現れなのでしょうか」

「昆彌さまは匈奴の中で生まれ育ち、それを土台にして現在の国と地位を築き上げたと聞いております。ですから、匈奴の女性のもとにいた方が、心が安まるのでしょう。政治的な意味はないと思います。……ですが、私としてはないがしろにされている気がして……。昆彌さまはすでにご老齢で、私にあの方を男として愛せと言われても、実のところ無理です。愛してもいない男性に無視されて腹を立てるなんて、自分でもおかしいと思うのですが、実際その通りなのですから仕方ありません」

 確かに公主の気持ちを思えば、同情の余地はあるだろう。求められてやって来たはずなのに、ろくに相手もされないとは……。来たくて来たわけではないとしたら、なおさらである。

「先日、久々に昆彌さまとお会いしたところ、あの方はこんなことを仰いました。『私はもう年老いたから、将来おまえのことを孫に譲ることにしようと思う』……びっくりしました。自分の妻を子孫に譲ることは遊牧民族の風習らしいのですが、とても私には受け入れられません。私は……本心からもう帰りたいと思っています」

「なんということだ! 哀れすぎる。このようなことが許されてよいものなのか。王恢どの、どう思う」

 李広利は突如それまでの事務的な態度を改め、感情をあらわにした。しかし問われた私にはどう答えてよいかがわからない。

「……どう思うと言われましても、即答はいたしかねます……。しかし、騎馬民族が自分の妻を子孫に譲る風習は、寡婦(やもめ)を社会につくらないためだと言われています。よって、昆彌も決して個人的な好悪の感情でそうするわけではありますまい」

「しかし、昆彌は公主さまのために自分たちの慣習にはない石の宮殿を造った。一度風習を変えたのであれば、今後もそうあるべきではないのか。まして、今回の事例は天幕の下で暮らすことなどよりも、漢人にとっては受け入れにくいことでもある」

「彼ら烏孫にとっては、より重要な風習なのでしょう。何ごとにも曲げることができない部分というものは、存在するものです。彼らがそれを重視しているとあれば、仕方がありません」

 私は自分の発言を内心で恥じた。淡々としているのは李広利ではなく、むしろ自分の方であった。目の前の公主の気持ちを推し量ることなく、仕方がないという一言で済まそうとしている。

「確かに公主さまが現在の境遇に我慢してくれれば、漢と烏孫の同盟は安泰であり、我々もこうしてこの地を訪れることができる。それは私にもわかっているが、状況を改善する必要が大いにあろう。いずれにせよ、烏孫王……いや、昆彌には会わねばならぬのだから、その席で私の口から申し上げてみよう。……公主さまに異存はありませんか」

 常になく李広利は感情をあらわにし、それは戦闘を指揮しているときより激しいものであった。私は、昆彌にそのような話を持ちかけることに大きな不安を抱いたが、哀れな公主の手前、反論することもできなかった。

「将軍のよろしいままに。申し訳ありませんが、お任せいたします」

 こうして李広利は、公主の引き合わせで昆彌と対面することになった。



 李広利も私も天幕の中に入ったのは初めてで、その壮大さは我々を驚かせた。木材は貴重だというが、昆彌の座る椅子は凝った彫刻による装飾がなされており、これを彼らが自分たちの手で作ったとしたら、芸術性さえも感じさせる。天幕の壁に当たる部分には、安息あるいは条支あたりから取り寄せたと思われる絨毯がぶら下げられ、それが防寒、防音そして装飾の役目を果たしていた。驚くことに、昆彌の臣下たちが幕内で音楽を激しく奏でても、その音が外に漏れることはほとんどなかった。

「彼らの住居は意外とよくできていますな。私などは、騎馬民族の住居の壁にぶら下がっているのは、獣の皮程度のものだと思っていました。しかしなかなかどうして……椅子には綿が入っているようですし、快適性は充分なようです。皇帝陛下の玉座のように金箔の装飾はなされておりませんが」

 趙始成は感嘆したのであろう、長々と感想を口にしている。その思いは我々も同様だったが、李広利はこれを黙らせた。

「もう昆彌がお見えのようだ。そろそろ口を閉じよ」

 楽隊の演奏が終わり、昆彌が姿を現した。我々は皆、烏孫人と接することは初めてであり、その風俗に接することもまた初であった。それは実に新鮮な体験であり、すべてが異世界での出来事のように感じられた。

 まず第一に、彼らは顔つきが我々と全く異なる。髪の毛が赤みがかっていて、髭が濃く、目は深くくぼんでいて、鼻が高い。ところ変われば人の外見がこうも変わるのか、と驚愕せざるを得ない。中でも驚かされたのは、瞳の色が黒くないことだ。砂漠の国々の連中も我々とは異なる姿をしていたが、烏孫に至ってはその印象が非常に強い。

 しかし、髪や瞳などの本来であれば黒いはずの部分が黒くない、という事実は、我々に優越感を与えた。彼らの持つ色は、どれも中途半端で、貧しい印象を我々に与えたのだ。住居の装飾は色鮮やかだが、彼らの外見は「色褪せている」ように感じられたのである。

「彼らの土地は物産がないから、獣の肉や乳を食糧としているのだろう。栄養が足りなくなると、ああいう外見になるのかもしれない」

 李広利も小声でそのような感想を口にした。のちにこれは我々の認識不足であったことが明らかになったが、何も我々はこのことで彼らを蔑んだつもりはない。純粋に彼らをかわいそうに思ったのである。

 さらに特徴的だったことは、彼らの着る衣服である。獣の皮を縫い合わせて作ったと思われるそれは、なかなか凝った意匠をこらしており、随所に獣の角や骨を飾りとしてぶら下げることで輝きを放っていた。しかしそれらは我々にとって、鼻が曲がるほどの異臭を感じさせるものであった。

「昆彌がいらっしゃいましたので、私はご挨拶に行ってきます。あなた方を漢の使者としてご紹介してきますから、くれぐれも失礼のない言動をお願いします」

 公主はそう言って昆彌のもとへ歩み去ったが、我々にはどういう行動が失礼に当たるのかが、とんと見当がつかない。もちろん「臭い」という仕草をすれば、相手にとって失礼に当たることは想像された。しかしそれ以外の何気ない仕草が、思いがけず彼らを怒らす原因となるかもしれないと思うと、体が硬直したように身動きひとつできなくなった。

「昆彌さまがこちらに来て座ってくださいと申しております。どうぞ皆さま、昆彌さまの前に……」

 公主が案内してくれるままに、我々は昆彌の椅子の前に並んで腰を下ろした。椅子がないので床に座らざるを得なかったが、そこには柔らかな絨毯が敷かれ、なかなか快適であった。どうやら烏孫の客をもてなす(てい)が、このようなものであるらしい。

 昆彌は通訳を介して我々の話を聞こうとした。しかし烏孫の言葉を直接漢の言葉に変換できる能力を持った人物は彼らの中にはなく、烏孫語を匈奴語に訳し、匈奴語をさらに漢語に訳して会話が成立する。漢語に訳したのはかつて張騫に従って長安まで旅をした者の子孫であるとのことだった。しかしこれはよく考えてみるとおかしなことである。彼らは意図的に漢との関係の間に匈奴を差し挟もうとしているのだ。匈奴の顔を立てるつもりだとでも言うのか。

「どれだけ我々の話が正確に伝わるか疑問です。公主さまの言う孤独というものが私にもわかってきました」

 訳者に聞こえない小声で趙始成が呟いた。全くそれは彼の言うとおりで、李広利は明らかに当惑しているようであった。

「昆彌さま、我々は漢の皇帝陛下より命を受けて……大宛を討伐しに……烏孫国と我々とは同盟関係にあり、……協力を要請したいのです」

 彼の言葉は非常にたどたどしく、訳者がどう訳しているのかいちいち確認しながらのものであった。しかし確認しようとしたところで、、彼らの言葉は全く我々にはわからない。李広利の気遣いは全く無駄であったうえに、会談そのものに妙な緊張感をもたらしてしまった。

「なにをどう協力すればよいのか、と昆彌は仰っています。恐れながら、要点をもう少しわかりやすくお伝え願えますか」

 訳者の漢語もさほど上手だとは言えないが、それでも李広利を諭すような口調であることがわかった。李広利はこれにやや腹を立てたようで、

「それは昆彌が仰っているのか、それとも訳者であるあなたの意見か」

 と、食ってかかった。すると訳者は自分の意見などではなく、昆彌がそう言っているのだ、という旨の返答をよこしたので、李広利はこれに完全に(へそ)を曲げてしまった。

「ならばはっきり申そう。我々は大宛を討つためにやって来たが、烏孫には食糧の供給あるいは、援軍としての出兵、または駐屯地の恒久的な提供を要求する。いずれかに承諾していただけなければ、我々は同盟の象徴である公主さまを漢に連れて帰る」

 これは同盟と称しながら、あからさまに烏孫を外臣と見なす発言であり、同席している私と趙始成は、色を失った。烏孫と匈奴の関係はいまだに健在であり、実際に昆彌は匈奴妻のもとに身を寄せている。関係が失われたとき、困るのは漢の方ではないのか。

 しかし李広利の判断は概して的を射たものだった。交渉というものは、いかにしてそれを主導するかが重要であり、恫喝もときには有効である。李広利は、長安にいた頃は頼りない遊民であったが、間違いなく将軍として成長していた。

 伴っていないのは、戦果だけであった。



 李広利の発言が烏孫語に訳されたとき、天幕の内部は色めき立った。異様な緊張感のなかで、公主も冷や汗を流している。我々も生きた心地がしなかった。

 が、李広利は覚悟を決めたのかひとり憤然とした表情を浮かべながら昆彌の返答を待っていた。その迫力はさながら軍神のようであり、かつて中原に武勇を轟かせた伍子胥や項羽、あるいは韓信あたりの伝説的武人の姿を連想させるものであった。

「返答を待っているのだが、そろそろお聞かせ願おう」

 昆彌は、その顔に深く刻まれた皺をさらに深くしていたが、それが沈思の表情であるようだった。

 やがて通訳を介して昆彌が放ったひと言が、以下のようであった。

「漢の若者よ。この昆彌を見下した口の利き方をするな。この昆彌は、まだ赤子のころ父を匈奴に殺され、わし自身は原野に捨てられたのだ。わしは原野の狼に養われ、鳥が運んでくる肉をもらって育った。ゆえにわしは、神なのだ」


 李広利は昆彌の返答に驚き、聞き返した。

「神だって?」

「少なくともわしを原野に捨てた匈奴の連中は、そのように信じている。彼らは自らの行いを後悔し、わしは再び匈奴に収容され、その中で育った。そして自らの才覚で独立し、この烏孫国を建てたのだ。そのわしに向かって指図するなど、生意気の度が過ぎるというものだ」

 昆彌はしかし激しく怒るようなことはせず、たしなめるような口調で自らの尊厳を主張した。そのことを大国である漢への遠慮と感じ取った李広利は、引き下がることなく言及する。

「なるほど昆彌さまが神のような奇跡を起こしてこの烏孫国を建国したことには敬意を表するに値する事実だが、しかし現状をよく考えてみてほしい。漢は昆彌さまが起こした奇跡を一瞬にして無に帰さしめる力を持っている。どうか我々にその決断をさせないでほしい。そして、嫁として受け入れたからには公主さまをもっと尊重するのだ。なぜもっと大事にしないのか」

 最後のひと言は、非常に李広利らしいものであった。結局彼が言いたいことはそれが一番なのではないかと疑いたくなるほどで、彼は口から唾を吹き出す勢いで、その一言を放ったのであった。

「漢の若者よ。この昆彌は彼女を尊重しているつもりだが、わしはもう年寄りで、彼女を癒やすことができない。彼女を幸福にする方法としてわしに残された道は、よき相手を見つけてやることだ。そこでわしは、彼女を孫に嫁がせることにしようと思っている」

「ならば欲張らずに最初からそうしてくださればよかったのだ。世継ぎに自分の妻を譲る風習が遊牧民族にあることは知っているが、漢ではそのようなものはない」

「漢の公主を迎えるに当たって、烏孫の王妃以外の待遇を与えるわけにはいかなかった。孫はいずれ昆彌を称する。彼女は永遠に王妃の称号を与えられるのだ。我々にとってこれ以上の待遇はない。そう思わないか、漢の若者よ」

「詭弁だ。言い逃れに過ぎぬ。それを公主さまが喜ぶと思ってのことか」

 李広利は昆彌を責め立てたが、昆彌の表情に動じる様子は見えなかった。それどころか余裕さえも感じられたのは、相手の年の功であろうか。李広利は焦り始めた。

「いずれにしても、我々の要求を拒むつもりであるならば、公主さまは漢に連れて帰る。ご判断を」

「弐師将軍よ。このまま我らの協力を得られず、公主を漢に連れ戻しての帰還はあるまいよ。漢の皇帝は、それを許さぬだろう。なぜなら、すでに皇帝はこのことをご存じで、公主にはすでに烏孫の風習に従えという指示がなされている。どうやら公主はこのことを君たちには語らなかったようだな」

 我々は衝撃を受けると同時に落胆し、ひいてはこの遠征自体が失敗に終わろうとしていることを悟らざるを得なかった。ここで全く烏孫の協力を得られずに終わることは、軍の瓦解を意味する。李広利も覚悟を決めなければならぬ場面であった。

 それにしてもわからぬのは公主の気持ちである。すでに皇帝に自身の不遇を訴えていて、それを逆にたしなめられる結果となっていたのであれば、なぜ我々にその事実を告げなかったのであろうか。

「明日の夕刻、もう一度ここに来られるがいい。それまでにわしも返答を考えよう」

 昆彌はそう言って席を立った。老齢ながら、その足腰にはまだ頑健な様子が窺われた。



烏孫は現在のキルギスにあった国家であり、作中にあるイシク湖の湖底には、当時の赤谷城と思われる遺跡が眠っている。キルギスの地はもともと匈奴に追われた月氏が入植していたが、烏孫はそれを駆逐して自分たちの国家を建設した。一方逃れた月氏はパミール越えを果たし、大月氏国をたてた。

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