17 11月14日~15日 “Embraceable You” (その1)
朝、キミがボクの部屋を出たあと。
体温計をどうにか見つけたボクは、脇の下にそれを挟んでみた。
「38.0」、体温計のご託宣だった。
キミには言わなかったけれど、どうも寒気がすると思っていたらまんまと風邪をひいていた。
学祭からの帰り道、冷たい風に吹かれたからか。
学祭に行ったことで消耗してしまったからか。
その辺からボクは徐々に体調を崩していた。
どうも今ぐらいの季節は苦手だ。
部屋にあった風邪薬を飲んでいたものの、芳しくないようだった。
まあなんとかなるだろう。
そう思っていたボクだったけれど、読みが外れていたことがこれで判明した。
今からでもキミに言った方がいいものか、迷った。
言ってしまえば、きっとキミは入院のことを持ち出して、過剰な心配をしてくれるだろう。
それはどうかと思ってしまった。
朝の様子ではキミは変わらず元気だったけど、キミにうつしていないかが心配だった。
近頃のボクは前期のボクとは別人の如く、真面目に学校に通ってしまったので、それも原因のひとつかもしれない。
休むのはしばらくぶりのことだった。
まあ、いいか。
出席には貯金ができていることだし、無理することはない。
バイトも今日はないことだし。
ボクはあったかくしてダウンしていることに決めた。
ひとまず常備している頭痛薬を飲んでみた。
咳と鼻水はどうということもなかったけれど、のどの痛みと頭が重いのと身体がだるいのには閉口していた。
薬が効いてきたのだろうか。
ボクはいつしかうとうとと微睡んでいた。でも気持ちよいとは感じられなかった。
サイケな画像のような夢をちょっと見た気がする。
そのことを覚えていたのは、電話が鳴って目を開けたからだ。
いつもの如く出る気はなく、体調不良がそれに輪をかけていた。
留守電が律儀に作動してくれた。
メッセージはなかった。
誰だろう。
考えたところで分かるはずもないので、ボクはまた目を閉じた。
次に目を開けたのも電話が鳴ったからだった。
部屋は薄暗くなっていた。
時計は見えないけれど、夜になっているに違いない。
割と汗をかいていた。
面倒だけど、着替えないとまずい。
身体を起こしてみた。まだだいぶ頭がくらくらする。のどが腫れている気がする。身体のだるさはなくなっていない。汗はかいたけど、まだダメなのは明らかだった。
メッセージが聞こえてきた。
キミの声だった。
ということは、案外遅い時間だと思った。
別々に過ごすときでも、眠る前に電話をしよう。
その約束を今日も守ってくれたのだ。
── 生きてるの?
ひとことめにそれは、元気がないときにはダメージがあるものだと分かった。
キミらしいと言えばそうなのだけど。
── 生きてるなら、録音が終わっちゃう前に出てほしいなあ。
声が聞きたいから。
そう言われてしまうと、受話器を取る気になった。
着替えもすることだし、ベッドから出ると受話器を取った。
「はいはい」
── 生きてたんだね。
「おかげさまで」
── ・・・なんか、おかしくない?
「何が?」
── 声。
キミは鋭い人だということを思い出した。
「そうかな。回線がよくないんじゃないか」
── ふうん。
「ふうん、と言われてもなあ」
確かに、声がかすれがちだという自覚はある。のどが痛いし。浅田飴が欲しい。
── そっか。回線のせいなら仕方ないね。
「そういうことになるな」
── じゃあ、今日のところはここまでにしとく。
「了解」
── またね。
「またな」
電話終了。ひと息ついた。
ぼんやりと一式着替えて、水を飲んで、ベッドに向かった。
何か音楽が必要だと思った。
なのに、どれをかけたらいいのか、頭が回らない。
諦めて横になった。
また薬を飲まないとダメだと気がついた。
でもなあ、と思っているうちにうとうとしていた。
次に目を開けたとき、キミがボクを見下ろしていた。
グリーンのロング・パンツ、白いセーター、ブルーのハーフ・コート、グレイのマフラー。
カジュアルな服装だ。
だいぶ寒くなってきたから、キミのエスノ系の服装はこのところずっと鳴りを潜めていた。
── 私が持ってるのって東南アジア系のばかりだから、秋、冬は弱いのよね。
キミはそんなことを言っていたっけ。
── そろそろ北欧系の衣装を検討しなくてはいけないわ。
「おはよう」
キミは言った。
グレイのマフラーは巻いたまま、ブルーのハーフ・コートは着たままだったから、ぼうっとしていたボクは、漫然とキミはまだ着いたばかりなのだと思った。
「もう朝か・・・」
「残念。まだ真夜中よ」
「ん?」
頭がはっきりしてくると、キミが急いで駆けつけてくれたのだと気がついた。
「・・・泣くわよ」
「ごめん、夜中なのに」
「何よ、そのざまは」
「ざまと言われてもなあ」
キミは本当に泣きそうになっていた。それは困る。
「ちょっと待ってくれよ」
「何をよ?」
腕を組んでボクを見下ろしたまま、鼻声になっている。
「泣かないでほしいんですけど」
「そんな声で言われても、聞いてあげないんだから」
水分が足りなくなっているせいもあって、ボクの声はけっこうかすれていた。
キミは涙をこぼし始めた。
「キミ・・・ゆきみさんは、泣きすぎだ」
そう言ったものの、のどのせいかボクは咳き込んでしまった。
「もし万が一、入院なんてことになったら・・・」
やっぱり。ボクは申し訳なく思った。
「バカ」
「仰せの、とおり・・・」
また咳が出た。
「怒ってるんだから」
「そのようですね」
すぐに分かったよ。ボクは思った。
「どうして、言ってくれなかったのよ? 助けてくれって」
「助けてくれって・・・そこまではなあ」
かすれた声でボクは言った。
「じゃあ、どこまでなら言ってくれるの?」
「んー。どこまでにするべきか・・・」
「どっちみち、なんにも言わなかったじゃない」
キミの鼻声は続いていた。グスッという感じで。
「まあいいわ。つらそうに見えるから、お説教はお預けにしてあげる」
「それはよ・・・かった」
よ、まで言ったものの、ボクはまた軽く咳き込んだ。よろしくない状況だ。
キミはハンカチで目と頬のあたりを拭いたあと、大きなため息をついた。




