16 11月5日~6日 “Prelude To A Kiss” (その1)
私にとって2回目の大学祭が始まっていました。
私と一緒に準備をしてくれた1年生3人が、今日も私に付いてくれています。
「大川先輩は、土井先輩とおつきあいしているんですか?」
1年生の男の子が、私にそう訊いてきました。
「どうしてそう思ったの?」
「先輩方が、よくふたりでいらっしゃるからです」
私はそう言われるほど土井先輩と一緒にいるとは思っていませんでした。
土井先輩には相変わらず仲よくしていただいてますが、すぐにいなくなってしまわれますし。
「土井先輩をお見かけするとき、そばに大川先輩がいらっしゃることが多いです」
変な期待をされても困るので、私ははっきり言っておくことにしました。
「私、おつきあいしてる人がいるけれど、うちの学校の人じゃないのよ」
1年生の彼は、何故かショックを受けたようでした。
「大川先輩になんて失礼なこと言ってんのよ」
「私たちの憧れの大川先輩を困らせるような人は、敵なんだから」
1年生の女の子ふたりが腹立たしげに言いました。
私にとって思いも寄らない言葉でした。
そう言えば、以前土井先輩が「タマキは人気者だから」とおっしゃってくれたことがありました。ついさっきまでは忘れていたことでしたが。
「ここでケンカはしないでね」
私は3人の1年生に優しく言いました。ここでは私が先輩なのです。
「すみません」
「ごめんなさい」
「失礼しました」
3人の1年生はばつが悪そうでした。
「よろしい」
私はにこっとしました。
去年の私はこんなふうに見えていたのかな、と思うと、不思議な気分でした。
1年生は私だけだったから、先輩方に仲よくしていただけるように頑張ってたな。
同級生がいたら、もっと楽しくできたのかな・・・。
そんな思いに耽っていると、土井先輩と幸美先輩が来てくださいました。
幸美先輩はともかく、土井先輩までなんて。
よく来てくださったなあと感動に近い気持ちでした。
「土井先輩、こんにちは」
1年生たちが挨拶をしていました。
「コンチワ」
土井先輩が照れながら返しました。
「ボクのことを先輩と認識してくれて、なかなか嬉しいよ」
「来てよかったじゃない」
幸美先輩は笑顔でおっしゃいました。
「そうだな」
土井先輩はまだ照れくさそうでした。
「先輩」
「なんだ、後輩」
「何度も言ってますけど、先輩はすごく目立っているんですよ」
「・・・そのことは認めないぞ」
「1年生はもちろん、うちの学科で先輩のことを知らない人なんて、いないと思いますけど」
「タマキ」
「はい?」
「・・・勘弁してください」
幸美先輩は土井先輩の様子に笑っていました。
「そうそう、タマキちゃん、これ」
幸美先輩がドーナツを差し入れしてくださいました。
そして土井先輩の方へ向き直られて、ひとこと。
「分かってると思うけど、あとで割り勘だからね」
「ここで言わなくても・・・」
1年生の3人が笑っていました。
もしかしたら、幸美先輩は場を和ませてくださるために、わざとそうおっしゃったのかもしれません。
おふたりのやりとりは、私には今日も楽しく見えていました。
* * * *
彼の大学も、今日、明日が大学祭でした。
3年生の彼は、実行委員になっているとのことでした。
彼はこうも言ってました。
── 申し訳ないですが、僕はどちらの日も抜けられないと思います。
立場上仕方のないことなんだと、私は理解できました。
明日、私の方から彼の大学に行ってみよう。
うちの学祭での私の担当は、今日の午後だけでいいはずなのだから、何ひとつ問題はない。
私といないときの彼は、いったいどんな様子なのか。
こっそり見ておきたい。
私は楽しみな気分で、そんなふうに思っていました。
* * * *
彼には内緒のまま、私はひとりで彼の大学に来ていました。
実行委員の人たちは、門を入ってすぐのところにテントを建て、そこにいました。
でも、彼の姿は見あたりませんでした。
私は何気なく通りすぎて、人がたくさんいる賑やかな方へ進んでいきました。
ちょうど中央と思われる場所に、また実行委員のテントがありました。
彼はこちらのテントにいました。
一般のお客さん・・・ご夫婦でどなたかのご両親のようです・・・に対して、何事か説明しているみたいでした。
マップを渡して、指さしたところが目的の場所なのでしょう。
ご夫婦に見えるお客さんは、彼にお辞儀をしてどこかに行ってしまいました。
彼はひと息ついて、ホッとしたようでした。
彼が「抜けられない」と言ってた理由が分かった気がしました。
テントには他に数名いましたが、彼は頼りになる3年生、そう見えました。
私はくすっと笑ってしまいました。
いつまでもここに立っているわけにはいかないので、私はひと回りしてこようかと思ったのですが、目を話した隙に、彼はテントからいなくなっていました。
気になってしまい、きょろきょろあたりを捜していた私の肩を、うしろからそっと叩く人がいました。
「大川さん」
彼の声が聞こえました。
「来てくれたんですね。ありがとうございます」
私はびっくりしてしまいました。
こっそり見ていたつもりでしたが、彼はすぐに私に気づいたと言いました。
「テントにいなくていいんですか?」
「そろそろ交替の時間なんです。と言っても、そんなに外していられないですが」
会えてとても嬉しいです。
彼はそう言ってくれました。私も嬉しく思いました。
「僕はこちらのテントの責任者なんです」
彼は頼りになる3年生、そう思っていた私は納得しました。
「1時間くらいしか時間をとれないですけど、一緒にまわってくれますか?」
私はもちろん彼に同意しました。
「では、ご案内いたします」
実行委員らしい口調で、彼は言いました。
「是非お願いします」
私は答えました。




