第八話 死闘の火曜日①
エトナ大陸極西〝蟻地獄の迷宮〟、平原にぽっかり空いた穴倉の中から侵入可能なこの迷宮はその名の通り蟻の巣を張り巡らせたかのような複雑怪奇な構造でかつては初心者から上級者まで様々な冒険者が集う探索の名所であった。数多くの冒険者が潜っても掘りきれない聖遺物、神話の時代の武器、技術がその地下には溢れていたのだ。当然外の大陸からも人が訪れるこの地には冒険者を泊まらせるための宿と彼らが持ち帰ってきたお宝を鑑定する者、買い取る者。様々な人々が押し寄せ自然と街が形成されエトナ大陸でも比較的裕福な地域であった・・・・・・魔物が地上に溢れてくるまでは。
この地を滅ぼしその後も大陸を蹂躙し続けた魔王はこのダンジョンの奥深くに一人も欠けずにそろっているという、ほぼ唯一まともに口を聞けたリザードマンを拷問した結果その情報が得られたんだとか。
かくして俺達はまだ宵も明けぬうちに兵士達が集う仮拠点を発ち飛行魔法で〝蟻地獄の迷宮〟へ向かった。道はかつてそのダンジョンに潜った事があるというジェシカとリリィに教えてもらった。
夜が明け普通の人なら朝食を食べ仕事に向かってるぐらいの時間に現地に到着した。
「それでこのダンジョンのどの辺りを目指せば良いの?」
「軍と呼べる単位の魔物が移動したなら痕跡が残るはず、その痕跡を追えば自然と魔王達の下へ辿り着けるはずだよ!」
方針はすぐに決まり行動を開始する、まずは地上へと進軍した彼らの痕跡探しだ。
迷宮内の魔物達の残した痕跡などいくらでもあるので当初はその捜索は困難なものになると予想されたがそれは意外にも早く見つかった。
「これは・・・・・・大量の靴跡?」
「この足の大きさ的にゴブリン達の群れかな?どうする?追ってみる?」
「他に手がかりも無いしまずはゴブリンを追ってみよう」
バルは短剣を掲げ一つの足跡にグサーッと突き刺す、すると同じ靴から生じたと思われる靴跡が赤い仄かな光に包まれる。
「おぉ~便利な魔法ですね、これなら見失う事も無さそうです」
「ふふん、これが魔術教師の力だ!」
「むっ・・・・・・」
褒めるリリィに威張るバル、そしてちょっとした嫉妬をちらつかせるジェシカ。
そしてそんな様子をやや呆れながら見守っていたコレットは先陣を切って足跡を追う。
コレットは本来前衛として一番前を歩き危険な敵の攻撃を一番に受け後衛が敵を倒すまでの時間を稼がなければいけない役目だ、先日はバルが真っ先に敵陣に突っ込んでいたのでその役割はこなせなかったが。
「私も給料分は働かないとね、傭兵は信頼命っと」
傭兵を金の為なら何でもする集団と考える者は多いが少なくてもコレットが所属する傭兵は違った。
傭兵と言っても基本的にはお金持ちの護衛がメインだ、人間同士の戦争がほとんど無いこの大陸以外では戦争屋みたいな仕事を請け負う集団が多いらしいけれど。
傭兵は他人に雇われて初めて賃金が発生する、依頼主はこちらに命を預け傭兵は依頼主を何が何でも守りきる。そこには絶対的な信頼が必要なのだ、誰も信頼出来ない傭兵に守られたくなど無い。
そして誰にも信頼されず雇われない傭兵は食い扶持を失い転職するかただ死ぬのみである。コレットもその事をきちんと理解していた。
迷宮内はとても静かだった、と言うよりも静か過ぎるのである。
本来この迷宮には少なくない魔物が常に徘徊していたらしい、少なくてもリリィが前に訪れた際はそうであった。
「戦争でここら一帯に居たはずの魔物も徴兵されてて死んだのかな?」
「いえ・・・・・・確かに戦争が原因で迷宮内の魔物が減ったというのはあるかもしれませんが全く居ないというのはおかしいです、魔物は常に迷宮で生まれるんですから」
迷宮は魔物を生み魔物は迷宮を守護する、世間で迷宮やダンジョンと呼ばれている建造物は遙か昔の神の時代に当時の人間達や他の生物に神々の道具や武器を持ち出されず保管する為の保管庫として作られたからだと言われている。だから罠や面倒な仕掛けなども存在するのだ。
ただこの説だと魔物自体も神々の創造物ということになる。魔物の被害が救いを求める民の声となり神々はそんな民達に教えや救われる為の手法を天啓という形で説く。とある異世界では「マッチポンプ」と呼ばれる忌み嫌われる手法に似ていた。
「魔物が溢れているよりは幾分かマシだ、当然警戒を緩めてはいけないがここの魔物が減った事の調査は俺達の仕事じゃないからな」
「・・・・・・同感、さっさと魔王を屠っておうちかえる」
「おっ、ジェシカちゃんやる気だね」
「やる事やって帰る、家にやるべき仕事を置いてきたから」
ジェシカは魔術師ギルドで新魔法の研究をメインの仕事として請け負ってる魔術師だ。
本来彼女はあまりそれ以外の仕事を請けないが今戦闘向けの魔法を使える魔法使いが彼女以外居なかった為無理を言って連れて来たのだ。魔物の群れに街ごと飲まれる所だったのでギルドマスターを介して何とか説得出来た。
それからは黙々と赤く光った足跡を追う事に専念する、どれだけ歩いただろうか?そろそろ小腹も空いてきた頃唐突に開けた大広間に出る。
「この古臭い魔法陣で足跡が消えてるな」
バルが地面と天井に淡い紫色の残光が瞬いている魔法陣をなぞる。
それは大広間いっぱいいっぱいに広がる巨大な魔法陣だ、その文字は既に失われた技術で描かれていてバルでもジェシカでも読む事が出来ない。
「・・・・・・詰みね、魔法陣の起動方法が分からないから追う事が出来ない」
「いや、一から描き上げるならまだしも既に描かれ発動可能な状態なら簡単に起動できるよ、みんな魔法陣の上に乗って」
「・・・・・・え?」
戸惑うジェシカと当然の様に言い放つバル、ここまで来て引く事は出来ない三人はバルに促され魔法陣の上に立つ。
「・・・・・・本当に起動出来るの?・・・・・・読めもしないのに?」
「大規模移動魔法陣はその魔術を起動するためのほとんどの要素をこの陣の中に描かれている文字が担っているからね、こういう魔法陣を起動する為の魔力の扱い方さえ理解出来ていれば感覚的に発動する事が可能だよ、こういうギミックが有り得るからこそ冒険者の集団には魔術師が必須なのだしね」
「・・・・・・」
それはあまり冒険者について仕事をしないジェシカには知り得ない知識であった、しかもこの迷宮には既にジェシカは一度訪れた事があるにも拘らず。
彼女はこの地帯に来た覚えは無かったがきっと同じ状況になっていても諦めるようパーティーメンバーに告げるだけだったであろう。
だからこそジェシカは集中してバルの魔力の流れを追う、魔法陣のどこに魔力を通わせどのように魔法陣を起動したかを目と感覚で盗む。バルが直接魔法陣の一部に指を突きたて魔力を通わせていく、それはジェシカからすれば少し丁寧過ぎるぐらいの遅々とした通わせ方であった。
だが途中でジェシカは気付く、バルが魔力を込めていたのは床に描かれていた魔法陣にだけではない。床と天井両面に同時に魔力を流しているのだ、それもシンクロした様に同じ速度で。極めて正確な魔力操作を必要とするはずの作業を何食わぬ顔で彼はやってのけてるのだ。きっとそこのボーっとしてる傭兵とまだかなー?って顔してる英雄さんは気付いてない事だろうが。
飛行魔術といいこの男は何故こんなにも魔術に対する造詣が深いのか、ジェシカは少し興味を持ち始めていた。
魔法陣に魔力が行き渡ると同時に魔術が起動し紫色の淡い光が舞った瞬間周囲の景色がふっと変わり先程とは違う大広間に出る、広さは先程の広間と同様だが壁の素材が微妙に違う、先程の部屋は土の壁であったのに対し移動した部屋は石壁であった。
「ここからが本番ですね、気を引き締めてまいりましょう」
リーダーであるリリィがメンバー全員を見回した後注意を促す。
ここは石壁が使われている事から先程までの天然素材のダンジョンと少し趣が違う、今まで以上に警戒すべきだろう。
コレット・バル・ジェシカ・リリィの順に並んで探索を再開する。
魔法陣を跨いだ事によって追跡の魔法は途切れてしまったので、道が枝分かれした際には痕跡をまた探さねばならなかったがしばらく一本道が続く。
そして長い道の先に遂に扉が現れ全員に緊張が走る、コレットは耳を澄まし扉の先からの音を慎重に探る・・・・・・どうやら物音は聞こえないようだ、次に扉に何らかのギミックがないかどうかバルとジェシカが魔法で確認する・・・・・・特に呪いや魔法によるトラップの痕跡は見られない。
コレットがハンドサインで待てと合図した後慎重に扉を開けていく、一切音を立てずに扉を開けていきその見える範囲内に敵影がないか常時視線を巡らしていく。
「ここはどうやら彼らの居住地のようですね、大きな長方形の部屋の壁に穴を開けてそこに部屋を作っているのかな?今は生き物の気配が全くしないから留守のようだね」
「ここに居ても仕方がない、中に入ってみよう」
意を決しバル達は扉の先を探索し始める、そこには微かに文明の気配が残っていた。剣や斧が並べてあったり食用なのだろうか?木の実の貯蔵庫のような施設もあった。
足跡とこの集落にある物品からしてここがゴブリンの集落である事はほぼ間違いなさそうだ・・・・・・それにしてはゴブリンの気配が無いのが気になる。
「・・・・・・まさかとは思うけどゴブリンたちは私達とすれ違いざまに一昨日の続きをする為に地上を進軍しているとか?」
「有り得なくは無いけど・・・・・・軍勢と呼べるレベルの集団が居たら空飛んでこのダンジョンに来る途中に気付けそうなものだけどなあ」
「・・・・・・もしくは地下から人間の街を奇襲するルートがあったりだとか」
「無いな、そんなルートがあったなら今まで使わなかった理由がない」
「・・・・・・むっ、まあそうだけど。分からない・・・・・・なんでいないんだろ」
集落を探索しても全く何の成果も得られずに困惑する一行。
分かったのはこの集落には何も残っていないという事実だけだ。このままでは不味いなとバルは考える、戦い尽くしの迷宮行よりこういった何もなく緩慢な空気が流れているときの方が不意を突かれ易いと教師として生徒に教えてきたからだ。
「一番奥に大きな扉があるな、何の扉だ?」
「・・・・・・嫌な予感がする」
ジェシカが目をギラつかせながら忠告するが嫌な予感がしていないメンバーなんてここにはいない。
無人のダンジョンに無人の魔物の集落、そしておあつらえ向きな大きな扉、誰だって警戒する。
俺達だって当然警戒する。
先程と同じ手順で扉を確認した後進んでみると先程よりも道幅の大きな横穴に出たようだ。
斜め下に向かって降りていくスロープ状の道を歩んでいくバル達一行。
キンッキンッキンッキンッ
微かではあるが剣戟の音が聞こえ今まで以上に警戒する四人。まさか先を越された・・・・・・?
自分達より以前にこの迷宮に足を運んでいる冒険者達がいてゴブリン達と戦っているのだろうか?
気配を消しながらも出来るだけ早く音の方へ足を向ける、もしかしたら先行し戦っている冒険者達が今まさに窮地に陥っているかもしれないからだ。
遂に音の出ている間の前までやってくるとコレットが恐る恐るその部屋を覗く。
するとそこには━━
そこには死屍累々の光景が広がっていたつい最近までゴブリンやコボルトだったと思われる肉塊が足元に溢れ折れた剣や槍、砕けた盾が散乱していた。
しかしそれでも死に足りないし殺し足りないらしい、目を血走らせたゴブリン達は部屋の奥に駆け抜けていく。
「これは一体・・・・・・魔物同士で戦っている?」
「敗戦の責任の押し付け合いとか?人間では良くある事だよね」
部屋の奥で閃光が瞬き炎の渦が部屋を照らす、その光に照らされた姿はスケルトンだ。
ゴブリンやコボルト達はスケルトンと戦っているのだ、理由は定かではないが。
「種族同士で争っているなら好都合だ、問題はここに魔王がいるかどうかだけど」
そう、別に俺達はゴブリンやコボルトを絶滅させるなんていう不毛な目的の為にここに来たのではない。七人の魔王を倒す為だけにここに来たのだ。バル達は目立たぬよう身を潜めながら目立つ魔物を探す・・・・・・この部屋は『部屋』と表現しているものの恐ろしく広い。向かいの壁が全く見えずその全容が把握できないほどだ。だからこそ彼らも人間がこの戦場に紛れ込んでいるなど予想だにしないだろう。
長くなったので区切ります、今度こそ三話以内には抑える予定