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第4章(7)空の玉座

 硝子張りの足元から見下ろす青い下界で、豆粒のような白い点が生まれ、そして消える。


「ご命令通り、遠隔起爆装置を作動させました」


 床のシミのように小さく見える爆発の火点を、踵の高い黒の皮靴がカツリと踏んだ。

 沈黙したままのその革靴の人物の背後、硝子の床の端に控えた中年の男は額に汗を流した。


「『ガルーダ』の鹵獲失敗は想定の範囲内としても、期待していた『アパレティエーター』の実戦使用が観測できなかったのは残念でした。ですが、『ガルーダ』の性能に関する情報は十二分に手に入ったことですし、『ソドムの四長老』は必ずやお喜びに……」


「…………」


「申し訳ございません、私もまさかあのような」


「あっはははははは!」


 狂ったような哄笑が、中年男の恐縮しきった声を遮った。


「見たかいホルスト? 素晴らしいジダイゲキだったじゃあないか! 『ガルーダ』の性能? いいや違うね。世界の理に干渉し、いとも容易く超越してみせる! あれこそ本物の魔法だよ。楽しいなあ、こんなに楽しいのは久しぶりだ。やっぱり魔法はこうでなくっちゃあねえ!」

「は、はあ……」

「しかしあの海賊は確かに残念だね、中古のガラクタだけじゃ姉さんへの挨拶にもならないから、特別に僕の発明品までくれてやったのに。あーあ、勿体無いことをしたもんだよ」


 硝子張りの床に立つその女は、まるで残念そうではない口調で感想を語った。

 喋り方、小柄で中性的な風貌、身に纏った男物の黒い開襟士官服から、少年と見紛うような人物である。

 唯一、唇に引いた艶めかしい口紅が、彼女の「女」を強調していた。


「投資に見合う収穫はありました」


 ホルストと呼ばれた男は言った。


「これでトメニア帝国は一時的にではありますが、ティレニア連邦に代わってこの海域の制海権を握りました。領海権問題を巡る外交交渉で、この優位は大いに利用できるでしょう。一方のティレニア海軍も犠牲は払ったものの、老朽化した艦の在庫一掃ができたわけです。悲願だった新規の建艦計画を議会に認めさせることができる。両国の上層部に貸しができました。出資者達も満足でしょう」

「下らない俗物どもが」


 女は嘲笑を浮かべる。


「それよりホルスト、聞いたよ。街のちんぴらに扮して顔を見に行ったんだって? どうだったんだい、サムライ娘の素顔は」

「……はて、何のことでしょうか」


 ホルストは、何を言われているかわからないといった顔で恐縮してみせる。


「ふふふ、こざかしい狸が。まあ良い、調べてみたら興味深いことがわかってね。あのサムライ娘には、古代ローディアの血が流れている可能性がある」

「まさか」

「まあ、いずれはっきりするさ。それまでは高みの見物だ。個人的な話で恐縮だけど、僕としてはあの不甲斐無い姉さんが元気にしているのを見られただけでも、今回は満足かな」


 鷲の装飾がされた帽子からのぞく美しい金髪を気障にかきあげて、女は命令を発する。


「さあ、楽しいショーもひとまずはお開き。ホルスト、回頭用意だ。帰ろうじゃないか、我等が愛しのコロニア・ディグニダードへ」


 ホルストは恭しく一礼し、声を張り上げた。


「承知致しました、ベルタ・シュタール親衛隊少将閣下。……取り舵用意! フラッペン起動!」

了解ヤー、アインミッシュンク・グラヴィエ出力最大。全フラッペン起動開始!」


 無数の機械が奏でる爆音の交響曲を聞きながら、女は一段高い椅子に腰かける。

 硝子張りの床が遮蔽されて椅子もろともせり上がり、広々とした空間が女の眼前に姿を現した。

 様々な計器、明滅する電波照射装置の観測板、それらを操作するいかめしい灰色の制服姿の男達。

 きびきびと働く彼等は、せり上がる雛段の席についた女を見ると背筋を伸ばし、音高く踵を合わせ敬礼する。その規律正しさから、彼等の出自がうかがえた。

 そして男達の向こうには、下界の大海さえも霞む、目が痛くなるほど果てしなく澄んだ空の背景。


 もしも高度三万キュピトの成層圏にまで辿り着ける鳥がいたとしたら、その禍々しい全貌を視認できただろう。

 大気を震わせ雲を霧散させ、高空を悠然と飛翔する、巨大な怪鳥。

 拡げた両翼は無数の対地・対空火器砲塔でハリネズミの針のように埋め尽くされ、無骨な暗灰色の装甲とは対照的に、底部に覗いた奇妙な球体は翠色に発光している。

 中心には猛禽の首に似た艦橋が突き出し、下界を睥睨していた。


「明るい世界は楽しいかい、姉さん? でもね、それは三年前の真実を暗闇の向こうへ追いやり、欺瞞で満たした夢に過ぎない」


 空飛ぶ城を統べる玉座で、女はその端正な顔に酷薄な嘲笑を張り付けたまま独白した。


「いつか僕が姉さんを目覚めさせてあげるよ。闘争という真実でね」

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