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大逆転、関ヶ原! ~小早川秀秋、難波の夢を露と落とさず~  作者: 浦賀やまみち
第五章 九州騒乱

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第43話 月下の奇襲




「おっ……。城だ」

「唐津城ですね」



 雲の隙間から照らす月明かり。

 俺と三千の兵は明かりも持たず、闇夜を疾走していた。


 風が甲冑の合わせ目を抜け、冬の寒さを運ぶ。

 誰もが口を閉ざし、大地を踏む幾つもの足音と、荒い息遣いだけが響いていた。


 もっとも、電灯が煌めく現代の夜とは異なり、戦国時代の夜は灯火もなく、月明かりでも十分に明るい。

 月の位置と夜に縁取られた山の稜線を頼りにすれば、迷うことはなかった。



「……ということは、この先に川があるんだな?」

「はい、浅瀬を探させます」



 黒田孝高が降伏したことによって、俺たちは立花山城を、たった一人の血で手に入れた。


 三日間の滞在の後、軍勢は南へ進軍。

 太宰府天満宮近くの岩屋城を守る兵は少なく、抵抗らしい抵抗もなく落ちた。



「なら、少し休憩させよう」

「御意」



 次の目標は、久留米城である。


 ところが、その手前には難所が立ちはだかっていた。


 山間を抜けると、末広がりの平野が広がる。

 中央を宝満川が南北に貫き、東には素通りできぬ古処山城が立ちはだかる。


 古処山城を攻めるには、宝満川を渡らなければならない。

 しかし、川を渡れば、南に位置する久留米城の軍勢は後背を突き、圧倒的な不利を強いられる。


 宝満川の手前に陣を敷き、古処山城を半数で攻める案が出た。


 だが、俺は即座に却下した。

 なぜなら、その作戦を実行すれば、川を渡った半数の兵に久留米城の軍勢が襲いかかることになるからだ。

 陣で待機する残りの半数は、川の向こうをただ指をくわえて見ているしかない。


 この意見には、『西国無双』と名高い立花宗茂も頷き、軍議の場に深い沈黙に包まれた。



「見つけたようです」

「ここまで来たら遠慮は要らない。じゃぶじゃぶ渡れ」



 そもそも、久留米城は地理的に見れば、北九州の要衝である。


 南に、加藤清正。

 西に、鍋島直茂。

 東に、黒田家の残党。


 三方を敵に囲まれており、久留米城を手中に収めたとしても、守り続けるのは容易ではない。


 しかも、久留米城の北を流れる筑後川は、西から東へと貫き、天然の水堀として城の防御を固めている。

 つまり、北からの攻めには強固であるが、逆に南からの攻めには脆い。


 古処山城を落とし、久留米城を落としても、新たな不利が待っているのだ。



「さすがに足が冷えて寒いな……。

 よし、気付けに酒を一口だけ飲むのを許す」

「分かりました。通達します」



 久留米城を奪い、柳川城を落としてこそ、ようやく息をつける。

 兵力差で大きく勝っていれば、それを一気呵成に成し得るだろう。


 兵力はほぼ五分五分だ。

 結局、俺たちは宝満川の手前に陣を敷き、相手の出方を窺うことになった。


 黒田孝高の降伏は、敵にとって青天の霹靂に違いない。

 士気の低迷を恐れ、野戦で気勢を立て直すはずで、そこが付け入る隙となる。


 立花宗茂はそう読んでいた。



「さあ、身体を温めるために走るぞ」

「はっ!」



 しかし、相手任せという受け身が、俺は受け入れられない。

 戦いとは制御下に置いてこそ、そこに勝利の方程式があると、俺は考えている。


 それに、俺には策があった。


 筑後に加藤清正、鍋島直茂、黒田家残党、三者の軍勢が勢揃いしている。

 この状況だからこそ、事態は厄介を極めるのだ。


 だったら、その三者を散らしてやればいい。

 要するに、後方撹乱だ。



「んっ!? 村人か?」

「捕らえます」

「丁重にな」



 まず、黒田家の残党について。


 今、黒田家の家中は真っ二つに分かれている。

 一方は、黒田孝高が潔く降伏したにも関わらず、俺が武士の誉れを与えず斬首したことに憤り、主の敵を討とうと息巻く連中である。

 もう一方は、主の決定を受け入れ、豊臣家に恭順を示す書状を送ってきた者たちだ。



「ついでに、近辺のことを聞いて参りました」

「でかした」



 実にいい塩梅である。


 前者に関しては、黒田孝高の策が見事に功を奏している。

 ここで豊臣家に恭順しない者は、未来を見通す眼を持たない証だ。


 黒田家を代表する豪傑がそこに幾人か含まれているのは残念だが、俺が歩む先に彼らは必要ない。

 その美しい忠誠と共に果ててもらうのが、彼らにとっての花道だろう。


 後者に関しては、今後の活躍を期待する『お祈り』だけ伝えておいた。

 これで、俺の歓心を買おうと連中は熱心に働き、内に不和を撒き散らして前者を苦しめるに違いない。



「ここは波多といい、山を抜けたところにもう一つ村があり、その先が伊万里だそうです」

「いよいよだな。急ぐぞ」



 そう考えると、一番偏屈な『後藤基次』にだけ、心の内を明かした黒田孝高の選択は、まさに絶妙だった。


 彼とは幾度も話を交わしたが、その忠誠は黒田家そのものではなく、黒田孝高個人に向けられている。

 もし黒田孝高が心の内を明かさなかったなら、野に下り、機会を虎視眈々と狙い、単独であっても俺の命を狙ってきたことだろう。



「……遠吠え?」

「さすがに、獣たちには気づかれてしまいましたな」



 次に、加藤清正について。


 大阪を発つ前、島津義弘に任せてある。

 そのために、島津義弘は和歌山湾から土佐湾を経由し、日向へ向かう手筈になっていた。


 上陸先の日向を治める『秋月種長』も、快く承諾してくれた。

 あとから知ったが、俺が侍大将に抜擢した城井朝末とは親戚らしい。

 十年前、母子ともに行方をくらましていた朝末が無事見つかったことも重なり、何度も頭を下げて感謝の意を示された。



「おい、道が二手に分かれているぞ?」

「このまま南です。西からも行けるそうですが、海を渡る必要があります」



 最後に、鍋島直茂について。


 簡単なことだ。正面から駄目なら、後ろから攻めればいい。

 筑後に兵を集めている今、鍋島直茂が治める所領の肥前は手薄だ。


 筑前から伸びる肥前の唐津街道終点を治める寺沢広高は、東軍に属していた。

 関ヶ原の戦いに参戦し、敗北後は豊臣家に恭順を示している。


 だが、九州にいた鍋島直茂は、この事実をまだ知るまい。

 そうなるよう、俺は取り計らった。寺沢広高本人も、今は高野山に幽閉中だ。


 名将と謳われた鍋島直茂とて、所領を背後から突かれれば、冷静さを保つことは容易ではあるまい。



「この辺りは、山と山が近くて暗いですな」

「気をつけろ、ちゃんと前を見て……。

 ……って、言っている間に、誰かが川に落ちたな」

「放っておきましょう」

「……だな」



 そう、奪う必要はない。

 突っつくだけで、事は足りる。


 あくまで、そこは鍋島直茂の所領でなければならない。


 ほどほどに戦って、さっさと退く。

 野武士と化して山野に潜み、ゲリラ戦を繰り返す。


 肥前の西は小高い山が幾重にも連なり、谷も入り組んでいる。

 これほど少数の利を活かせるゲリラ戦にうってつけの地はない。


 唯一の難点は兵糧の補給である。


 しかし、それは野武士めいた振る舞いで村々から拝借すれば良い。


 これも戦国の作法の一つだ。

 事が済めば、必ず補償を行うつもりでいる。



「おっ!? 小さいけど、社だ」

「どこです?」

「ほら、川の向こう側。村が近い証拠だな」



 だから、俺は唐津街道を通り、唐津の手前で南へ折れた。

 まずは伊万里城を攻めるため、軍勢を率いて走っていた。


 決して、宝満川手前に敷いた陣で敵を待つのが退屈だったからではない。


 総大将が前線を離れるな、と言うことなかれ。

 前線には、俺の鎧と陣羽織を身にまとい、頬当てを付けた城井朝末が立ち、俺を演じてくれているのだから問題ない。


 もう一度、言おう。大事なことだ。

 決して、宝満川手前に敷いた陣で敵を待つのが退屈だったからではない。



「見えました、話にあった村です」

「村を速やかに封鎖しろ。

 この先はいつ食べられるか分からない。兵たちに食事を摂らせろ」



 言うまでもなく、この作戦行動は奇襲である。


 念には念を入れ、進軍は夜間に行い、昼間は手近な森で休む。

 目立つ騎馬は連れず、足軽のみで進む。


 どうやら、城井朝末の故郷で派手に錦を飾ったせいか、上方サクセスストーリーが筑前に広まったらしい。

 その噂を聞きつけ、募集もしていないのに、足軽が勝手に1000人以上も集まり、そいつら新兵の鍛錬もこの作戦行動には含まれていた。


 毎朝、新兵の人数を確認しているが、脱落者は一割に満たない。

 進軍中はほぼ走る強行軍にもかかわらず、なかなか骨のある連中だ。こいつは期待ができる。



「うーーん……。何度食べても、まずい」

「はっはっ! 歯が真っ黒ですぞ」

「くっくっ……。馬鹿、お前もだよ」



 食事といっても、煮炊きはできない。

 腰に巻いた包布の中から、黒い団子『兵糧丸』を取り出し、口に放り込む。


 最初に苦みがきて、次にわずかな甘み、最後に酸っぱさが残る。


 はっきり言って、美味くはない。

 だが、手軽に運べて食べられる戦場の栄養食だ。腹持ちもいい。


 思わず眉間にしわが寄る。

 口の中の不快な味を、竹筒の水筒に入れた酒でぐっと流し込んだ。



「あちらを!」

「おっ!? 始まったな」



 三つ目の兵糧丸を口に放り込もうとしたところで、家臣が西の夜空を指さした。

 山の稜線の影の向こう側が、赤く染まっていた。


 先行していた忍者隊が、伊万里城とその城下町に放火することに成功した証だ。


 もはや、休んでいる場合ではない。


 俺は胡座から立ち上がり、腰の刀を抜いた。

 刃を西の空へと突き出すと、月光を受けてキラリと煌めく。



「さあ、もう遠慮する必要はない!

 ここからは一気に走る! 

 次の村が見えたら存分に叫べ!」



 足軽たちも続々と立ち上がり、隊伍を速やかに組み始めた。

 列に無駄口は一切なく、足音だけが夜の闇に響く。


 道中、何度も繰り返した訓練が、今、全員の動きに現れていた。



「三人一組だ! それを常に心がけろ!

 村人には構うな! 向かってくるやつだけ相手をしろ!」



 夜が緊張に包まれてゆく。

 冷たい夜風に、兵たちの熱気が混じる。


 たまらない胸の高鳴りを感じ、俺はニヤリと笑った。



「そして、俺の笛が合図だ!

 笛が鳴ったら、すぐに散れ! その後は組頭の判断に任す!

 山野に潜み、肥前を混乱の渦に落としてしまえ!」



 寝静まっていた村も、戦意に煽られ、戸を開けてざわめき始めた。

 驚きも怯えも、子どもの泣き声も、すべて無視だ。構ってなどいられない。



「では、久留米城でまた会おう!

 そのときはお前たち全員が英雄だ!

 いざ、出陣っ!」



 俺は先陣を切って走り出した。

 足軽たちが続き、夜の闇に響く多くの足音が大地を震わせた。




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