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大逆転、関ヶ原! ~小早川秀秋、難波の夢を露と落とさず~  作者: 浦賀やまみち
第三章 決戦、岡崎城

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第20話 かりそめの和




「小早川様も! 徳川様も!

 署名頂いたご誓書に偽り、不服がないようでしたら、盃を飲み干してください!」



 群青色と赤の空を、数多の海鳥がゆるやかに渡っていく。

 寄せては返す波が静かに浜を撫で、小舟で渡れるほどの近さに、いかにも日本人好みの小島が浮かんでいた。


 今、声を張り上げているのは、その小島にある神社の神主さんだ。



「市杵島姫命様、ご照覧あれ!

 二人の御英断によって、互いに刃を交えたる宿命は、いまここに断たれ申した!」



 岡崎城を勝ち取った当日。

 戦後処理を終えると、もう深夜にさしかかっていた。


 俺たちはそこで最後の意思決定を図り、日付が変わる前に、和睦の使者を徳川家康へ送った。



『朝一番で届け、家康の度肝を抜いてやりましょう』



 大谷吉継の献策だった。

 戦勝後の高揚感もあり、苦渋に満ちた徳川家康の顔をうかべて、皆は沸きに沸いた。



『今夜はある酒を全部出して、足軽たちにも振る舞い、無礼講としましょう!』



 下戸で、締まり屋の石田三成でさえ、この調子だった。


 俺には野暮用があった。

 皆が浮かれている方が都合がよかった。


 だが、帰り道で珍事に巻き込まれ、結局失敗してしまった。

 おかげで、ポケットマネーから少なくない金額を出す羽目になった。


 雪に新しい着物を買い、大阪へ帰る道中で京都に立ち寄り、雪の本家である烏丸家に錦を飾る。

 そんな俺の偉大な計画がおじゃんになった。



『かっかっかっ! そういうことなら、儂に任せるさ!

 ちょうど、土産に買った西陣がある! それを使ったらいっさ!』



 しかし、持つべきは頼れる親友だ。

 平岡のおっさんに金を借りようとして怒鳴られ、しょぼくれていた俺に気づいた豊久が、反物を譲ってくれた。


 お淑やかな薄い青地に、白い華を数多く散らしたその姿。

 まるで冬の朝、新雪が舞い降りるかのようだった。


 俺はひと目で気に入った。

 どうしても雪に会いたくなり、『俺だけ岐阜城に帰っちゃ駄目?』と提案したら、平岡のおっさんにまた怒られた。


 豊久はゲラゲラと笑い、石田三成は深々と溜息をつき、大谷吉継は気づけばどこかに消えていた。



『分かります、分かります! よく分かります!

 私も大阪に早く帰りたい! 豪に早く会いたい!』



 宇喜多秀家だけが何度も頷き、俺たちはガッチリと握手を交わした。


 同志『秀家』の言葉にある『豪』とは、秀家の奥さんだ。

 俺が知る歴史では、関ヶ原の戦い後、八丈島に流された宇喜多秀家を、生涯支え続けた女性である。


 その仲睦まじさは、ここでも変わらないらしい。

 同志になったはいいが、秀家から惚気話を散々聞かされたので、俺も負けじと惚気ておいた。



「小早川様! 徳川様!

 これにて、東も西もなし! 共にひとつの道を歩まれよ!」



 さて、話を戻そう。

 徳川家康から和睦の返事が届いたのは、俺が岐阜城へ西陣織を送る手配をしていた夕方前のことだった。


 その決断の早さに、皆は驚いていた。

 だが、徳川家康が弱気になり、言い出したくても言い出せない立場にあることを見切っていた俺と大谷吉継は、ニヤニヤと笑みを交わした。



「さあ、小早川殿。締めの言葉を」

「ええっ!? ……お、俺っ!?」

「ふっふっ……。あなた以外に相応しい者はいませんよ」



 しかし、岡崎城を勝ち取ってから、まだ三日しか経っていない。

 この和睦の場をこれほどまでに整えた、その手際の速さには、俺も大谷吉継も驚きを隠せなかった。


 なにせ、この海岸には、三河じゅうの寺社から呼び寄せたのではと思うほど、多くの神職と僧侶が集まっていた。


 昼に始まった式では、まず海岸が祝詞で清められ、続いて念仏が朗々と響き渡った。

 今では、三河湾の向こう、知多半島に沈みゆく夕陽が、静かに式の終わりを照らしている。



「えっ!? ……そう?」

「さあさあ、皆が待ってますぞ?」



 正直、疲れた。もうくたくただった。


 本来なら、西軍の代表は前線最上位の秀家が務めるべきだ。


 だが、徳川家康は、和睦申し込みの書状で俺を指名してきた。

 秀家も俺が相応しいと頷き、みんなも満場一致で俺を後押しした。


 俺は気分を良くして、軽い気持ちで引き受けたが、今は後悔しかない。

 まさか、これほどの大儀式になるなんて考えてもいなかったし、主役の一人だからずっと出ずっぱり。途中のトイレ休憩は二回しかなかった。



「ごほんっ……。では、僭越ながら……。」



 しかし、よく考えたものだ。

 戦国時代は現代とは違い、迷信が本気で信じられる世の中だった。


 多くの神職と僧侶を集め、神の前で誓約をさせる。

 それを、西軍と東軍の諸将はもちろん、万を超す足軽たちの前で行う。


 その効果は絶大に違いない。

 特に、この和睦にわだかまりを抱く者たちですら、その燻りを鎮めるしかあるまい。


 徳川家康の人生は、忍従という名の長い日々に彩られていた。


 幼少期は、今川家の将来の傀儡としての人質。

 青年期は、織田家の都合のいい同盟者。

 中年期は、豊臣家に匹敵する力を持ちながらも、その家臣として生きてきた。


 戦国の荒波を乗り越えてきた徳川家康の狡猾さを、改めて思い知らされた。



「両軍の勝利を祝ってぇぇぇぇぇっ!

 えいっ、えいっ! ……おおぉぉぉぉぉっ!」



 だが、今は喜ぶ時だ。

 満足感に右拳を天へ突き上げると、浜辺に万を超える雄叫びが轟き、波音さえかき消された。




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