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刹那、またゆかの姿が消えた。アッガレッシオンが身を固めたが、遅かった。
「ぐ、はぁ」
ゆかの突撃槍が、アッガレッシオンを守る四重の結界をすべて貫通し、さらに鎧を貫き深々と突き刺さっている。内臓を著しく損傷していた。
「な、にぃ!?」
まさか自分の結界の弱点を突かれ、驚愕の顔をした。そしてまた消え、元の位置に戻る。
「どう?」
「うん」
短い会話。ゆかの槍の先の返しの部分に肉片が残っている。
アッガレッシオンは噴き出す血を手で押さえる。結界の修復も、美鈴に深手を負わされた体の回復もまだ終わっていない。
それを魔法でごまかしていたに過ぎなかったのだが、痛烈な痛手である。いくら最高位の魔法騎士といえど、少し体が大きく強靭なヒトに過ぎない。
『だいぶ堪えているみたいね。次は、そうね、全身を少し切りつけてあげて。結界を削るだけで良いわ』
また消える。わけも分からずアッガレッシオンは自身の修復を後回しにして、結界を全方位に張った。現れた瞬間に切り付け返り討ちにするべく腕に力を込めるが、代わりに負った傷口から血が噴き出す。
背後の結界に反応があり、振り向けどそこにはなにもいない。
次は側面。次は頭上。正面、足元と、一瞬だけ前兆もなく浅く突然切りつけられていく。それでも結界は損耗する上、防御がどこにも集中できずにムダに魔力を消費する全方位防御を続け、ダメージを負った肉体は刻一刻と悪化していくばかりだ。
ゆかがそうしてアッガレッシオンを引き付けている間に、薫は胸の勲章をひとつはずし、ピンの針で自分の指先を小さく傷つけた。ぷくっと血が出る。それを確かめて、腕に抱いていた美鈴の体を起こす。
「舐めなさい」
ぐいと血がにじみ出る指を口先に突きつけられて、朦朧とした美鈴は言われるままに薫の指を口にくわえた。
魔力とは生命力から生成される。血液をはじめとした体液は生命を回すものであるから、それを分け与えることで生命力を譲渡することができる。譲渡されれば、そこから魔力を精製することが出来る。
熱に浮かされたように薫の指にしゃぶりついた美鈴は、強く吸って甘噛みしてせがむ。それを影のある笑みを浮かべて見つめる薫は、たしかに何か体の中から抜かれていくような虚脱感を覚えた。
それからすぐに美鈴は自ら指を離して、顔を俯かせた。それでも耳が赤いのが見える。
「も、もう、だいじょうぶだらか。ごめんなさい……」
気恥ずかしさで身をよじり、薫の腕から離れた。
「そう。じゃあ、反撃を始めるわよ」
「うん」
悠然と笑みを浮かべた薫は、烏形の偵察機が集めてきた情報を高射砲のコンピューターで整理して纏めた資料に目を通す。逐一更新される情報に、思わず笑みをこぼした。
「美鈴。一撃で相手の心臓を抉り取れる武器なんてあるかしら?」
尋ねると、美鈴は難しそうな顔をして、首をかしげた。
「あるけど、わたしには、なげられないよ?」
美鈴のライブラリには条件に合致する武器が複数あるが、その中でも一番強力なものは、神の魂を持った英雄の槍だ。それはとても凡人では扱うことができない代物である。
「じゃあ、それを出してもらえる?」
わけも分からないまま頷いて、美鈴はそれを顕現させた。同時に膝から崩れしなだれるように、薫にしがみついた。元から白磁のようだった顔は、今は青を通り越して土色になりつつある。
自重で深々と地面に刺さったその槍は、まさしく神話の中のものだ。その神々しさに、それ自体を知らない薫でさえ息を呑んだ。
「ごめんなさいね。でも、もう終わりよ」




