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「え?」
なごやかな雰囲気の中で突然の念波が聞こえた。そして今までぬいぐるみだったそれがひとりでに動き、美鈴首にしがみついて彼女を伏せさせた。
「がっ」
喉に何かを詰まらせるような音が聞こえ、ゆかと薫は顔を上げる。
「え?」
最初に声をあげたのは薫だった。そして言葉もなく唖然とするゆか。美鈴はぬいぐるみによってテーブルに引き倒されているので、見えなかった。
店内が完全な沈黙に包まれる。店中の人間が、なにが起きているのか分からず、固まっている。
「う、うそ……」
口元を押さえて呻く薫。そして顔面を蒼白にさせたゆかが悲鳴を上げた。そこで初めて美鈴がそれを見た。
中年女性の胸に、何かが生えている。いや、刺さっている。突き刺さるものはまっすぐ店の外にまで続いている。
「が、ごッ」
女性の口から音が漏れた。声ではない、中身が砕かれる音が口から漏れているだけだ。大きく見開かれた目が落ち窪み、彼女の体が急激に小さくしぼんでいく。
わけもわからず、店内の空気は爆発するように騒がしくなった。
全員が悲鳴をあげ、入り口に近いものは外へ出ようとし、厨房に近いものは厨房の中へいこうと走り出す。その中で判断を間違えたものは、外へ出ようとしたもの。中年女性と同じように、何かが店の外から飛び込んできて、次々と外へ出ようとした人間達に突き刺さっていく。
二人はその現実味のない光景を見て、完全に混乱していた。それでもゆかと薫は真っ先に美鈴の腕を掴んで店の奥に逃げようとした。
「ヴィエダー、これ、なに?」
美鈴が冷たく冷えた声で尋ねた。首にしがみつくそれは、小さく震えた。
『追っ手だ。帝国軍の、尖騎兵だと思う』
念波のはずなのに、その声は震えていた。見ず知らずの他人を巻き込んだ後悔でだろう。
「その人も……」
「美鈴!? 早く!」
「何してるのッ!? 逃げるよ!」
薫とゆかは一度手を離し、美鈴の体を抱き込もうとした。するりとそれを逃れ、夢遊病患者のようにふらつく足取りで美鈴は串刺しにされ中身を吸われている人たちの方へ歩いていく。
「みーちゃんッ!?」
飛び出そうとするゆかを、薫が抑えた。
「ダメ! そっちはダメッ!」
叫ぶ声は、美鈴には届いていなかった。
「行くよ、ヴィエダー」
首から降りたそれはぱっと光り、人の形になっていた。
「うん」
金に近い茶色の髪をしたそれは美鈴の背中にそっと触れた。そしてすべてが白一色に塗りつぶされるように、彼女を中心に強い閃光が奔る。
思わず顔を逸らした二人が次に見たのは、喪服めいたドレスを着た美鈴の後姿と、その斜め後ろに立つ、紺色のローブを着た人物だった。
「み、みーちゃん……?」
恐る恐るゆかが尋ねると、少しだけ振り向いて美鈴が悲しそうな目で微笑む。
「二人は、ぜったい守るからね」
そして飛び込んできたそれ。轟音を上げて何かにぶち当たる。美鈴と店外の間に一枚の盾が、いつの間にか現れていた。
「だいじょうぶ、だから……」
自分に言い聞かせるようにつぶやいて、店に突き刺さっていたそれが一気に外に戻っていく。その勢いで店の壁がまるまる一枚はがれて砕けた。
店の床には、人間だった皮袋がいくつも落ちているだけになっていた。




