57.
ベッドフォード公国へと向かう主要街道に設けられた検問所と国境を守護する砦から少し離れた、小高い丘の上にある立派なお屋敷。
質実剛健で武骨な感すら漂うが広大な敷地と豪勢な設備を持つそのお屋敷に、俺と、最年少の幼児以外は女の子ばかりのお子様集団が、逗留するようになってから早くも約二週間が経過した。
お子様たちは、行動するリーダーと熟慮する参謀といった感じで見事に役割分担する最年長の二人が中心となって仲良く纏まり、今後の新しい生活に向けた準備など精力的に取り組んでいる。
うん。賑やかで、何やら楽しそうだ。
対して。俺の方はと言えば、ラヴィニアさんとエカテリーナさんから何やかやと支援を受けながら、色々と片付けながら多忙な日々を過ごしている。
お子様たちの開拓村への入植に向け、着々と地道に準備や手続きや根回しなどを進め。
ランカスターの街へと呼ばれて行っては、ベッドフォード公国での騒動の後始末に奔走する。
俺は、軍務伯であるノーフォーク公爵の代理としてプランタジネット王国軍と王国の事務方集団を率いてランカスターの街に駐在するアランデル子爵に請われ、非公式な縁の下の力持ち的に立場ではあるが、右往左往しながらも精力的に一人何役もこなしながら働き続けていた。
今回の騒動で協力関係にあったベッドフォード公国の大公弟である公爵と公爵夫人に連なる人脈との、仲介やら懐柔やら情報交換など行い。
ラトランド公国の実質的な行政責任者となっている怠惰なランドルフ氏と、腹黒でかつシビアでありながらウォートン騎士伯の一人娘であるレジーナさん命なクリフォード氏との、連携やら交渉やら仲裁など行って。
ベアトリス公女様などラトランド公国の大公家の人々との、橋渡しやら折衝やら利害調整など行う。
つまり。ベッドフォード公国だけではなくラトランド公国をも含めた連合公国の今後に関係する各種の調整事項を、広くも深くもない急造で即席仕立ての交友関係まで駆使し、出来るだけ穏便に取り纏めようと奮闘しているのだった。
ちなみに。今回の騒動におけるもう一方の当事者であるマリアちゃんの抱える問題については、エレノアさんとダリウス氏の白黒ドラゴン仲良しコンビニに、相談というかほぼ丸投げ状態であったりする。
魅了系の魔法は、王国や連合公国では珍しい代物だそうで、知見が余り無いようなのだ。
流石に、真っ黒レンズの入ったサングラスを若い女の子に常時装着させる訳にもいかず、魔法の発動を阻害するアイテムを、色々と各方面から取り寄せたり調整したり新たに作成してみたりと試行錯誤して貰っている最中だったりする。
まあ、幸いにも、マリアちゃんの魔法がそれ程は強烈でなく、勝手にダダ洩れになる種類のものでもなさそうな上に、本人にも悪用する気が今のところは無いようなので、現状では特段の困った問題は発生していない。
とは言え。俺か、エレノアさんを抱いたラヴィニアさんか、こっそりと背後にダリウス氏を従えたシャロンちゃん。この三組の中の誰かが常に付き添うようにして、万が一の事態に備えてはいるのだが...。
「アルフレッド様?」
「あ、ああ。ラヴィニアさん、どうかされましたか?」
「いえ。こちらでの用事も、そろそろ片付いてきたかと思いまして...」
「ああ、そうですね。ラヴィニアさんに、いつまでもご迷惑をおかけする訳にもいきませんから、そろそろ、ローズベリーの街か辺境の開拓村に向かって出立しないといけませんね」
「いいえ、迷惑などではありませんわ。ずっと居て下さっても、構わないのですよ?」
「いやいや、そういう訳には...」
うん。少し長居をし過ぎた、とは思う。
けど、まあ。半分以上は不可抗力だし、ノーフォーク公爵家というかアランデル子爵が原因なので、このお屋敷への長期滞在も致し方ない、と思う。
そんな風に心の中で自己弁護していると、ラヴィニアさんが、上目遣いで遠慮がちに口を開いた。
「あの。シャロンちゃんとメリッサちゃん達は、開拓村に入植されるそうですが、マリアちゃんは、如何されるおつもりなんですか?」
「う~ん。エレノアさんの研究成果次第、かなぁ」
「エレちゃんの研究、ですか?」
「ええ。マリアちゃんの魅了系魔法を完璧に無効化できる分かり易い手段を用意しておかないと、色々と問題になりそうなので...」
「そうなんですか?」
「まあ、マリアちゃんのことは表沙汰にするつもりも無いのですが、流石に、ある程度の方々には正直に報告せざるを得ませんから、その際には明確な抑止力と安全策を要求されるでしょうね」
「...」
「悪い子ではない、と思うのですが、ラヴィニアさんはどのように感じておられますか?」
「わたくし、ですか?」
「はい」
「そうですね。価値観や言動に、わたくしには理解し難い何らかの基準があるようですし、実年齢と比べると精神的には少し幼い感もあるようですが、基本的に素直な女の子だと思います」
「成る程」
「何と言いますか、冒険者をされていた頃のエカテリーナさんや普段のアルフレッド様と似たような雰囲気、似たような傾向の振る舞いがあるような...」
「そ、そうですか?」
「ええ」
「う~ん。そうですか...」
ははははは。
ラヴィニアさんは、やっぱり鋭い。
最近は、天然ほんわか路線を目指しているのかと思っていたのだが、根はやはり生真面目さんのままのようだ。
ノーフォーク公爵家の別邸でお世話になるようになってから、何度かマリアちゃんともお話をする機会を設けて、彼女の背景や思想と今回の騒動に対する認識や今後に対する希望など、ざっくばらんに聴収をしてみた。
うん。見事なまでにお子様、だった。
けど、まあ。現代日本の一般家庭で大事に育てられた少し引っ込み思案な女の子であれば違和感のない程度に、多少は夢見がちな傾向があるかな、といった感じではあるが...。
シャロンちゃんによって話題が誘導された自然な感じの事情聴取でも、特には新たな事実など出て来ることは無かった。
俺が気付いたら何故だか辺境の開拓村に居たのと同じレベルの薄い背景しか分からず、俺の魔法技能や剣技と同様に何故だか魅了系の魔法が自然に使えただけのようで、マリアちゃんの場合はたまたま周囲にいた大人たちが碌でもなかった、といった感じなのだ。
そして。当然ながら、マリアちゃんは、今後の事に関してもノーアイデア、だった。
つまりは、結果的に保護する事となった俺に全権委譲、という流れになっているのだ。
おいおい。
もう少し、自立しようよ!
と、声を大にして言いたかったのだが、まあ、当然の帰結といった扱いを周囲からも受けていたりする。
とほほほほ。
うん。もう、こうなったら、ご隠居様か敏腕執事リチャードさんの養女にしてしまおう。
マリアちゃんも、イケメンなアレクを付けておけば満足するだろうし、アレクが面倒を見れば立派な淑女に育つだろう。たぶん。
よし、決めた。そうしよう。
白黒ドラゴン仲良しコンビニが造ってくれるであろう魔法阻害アイテムを装着させてローズベリー伯爵家の庇護下に置くことにすれば、王国の重鎮たちも文句は言わないだろう。何とかなる、筈。
それに。俺は、今回の一連の騒動を収束させた陰の功労者でもあるのだから、その程度の些細な我儘くらい割と簡単に通るに違いない。たぶん。
という事で。
今後の方針は決まったし、ここで片付ける必要のあったお仕事もほぼ終わっているのだから、もう出発しても良いだろう。
そう。ローズベリー伯爵領の辺境にある開拓村がある辺境伯のお屋敷に、帰ろう。
急に無言となり目まぐるしく頭の中で思考を巡らしていた俺が、結論に辿り着き、スッキリした表情になる。
そんなタイミングで、ラヴィニアさんが、俺にニッコリと微笑んで口を開いた。
「結論はでましたか?」
「はい」
「そうですか。それは良かったです」
ニコニコと微笑むラヴィニアさん。
うん。今日も美人さんだ。
ノーフォーク公爵家の別邸であるこのお屋敷は機能的で派手派手しさはないのだが、俺とラヴィニアさんが居るここは、外の光がふんだんに差し込んでいる明るい部屋だ。
だから。太陽光を背負った時のような神々しさはないが、やはり、ラヴィニアさんは輝いている。
薄っすらと真っ白で綺麗なオーラを纏い、光沢があり加減によっては銀髪にも見える薄桃色の長い髪が仄かに輝いている。
うん。眼福、眼福。
俺が、思わず、ラヴィニアさんに見惚れていると。
ラヴィニアさんが、笑顔満開になって、言った。
「では。開拓村まで、わたくしもご一緒しますわ」
「...」
ん?
あれれ?
何故に、こうなった?
先程の会話の何処に、ラヴィニアさんが同行するという話があったんだ?
けど、まあ。ニコニコと微笑みながら俺を見るラヴィニアさんを眺めていると、それも良いかと思えてきた。
こうして俺は、一人で旅立った筈が、大勢の仲間たちと一緒に、我が家であるプランタジネット王国はローズベリー伯爵領の辺境にある開拓村がある辺境伯のお屋敷へと帰る事となった。
ラヴィニアさんと、その随員であるミッシェルさんとエカテリーナさん、白猫ドラゴンのエレノアさん。
シャロンちゃんと、同じ村出身の仲間であるメリッサちゃんとナタリアちゃん、黒ドラゴンのダリウス氏。
リネットちゃんと、同じ孤児院で生活していた幼い男の子と女の子。そう言えば、小さなお子様二人にはまだ名前を聞いていなかった...。
そして。俺と同じく何故だか此処にいる現代日本人としての記憶を持つ元中学生女子である、マリアちゃん。
そんな個性豊かなメンバーで懐かしい辺境伯の屋敷へと向かって出発する、その具体的かつ物理的な準備へと取りかかる俺だった。
ここまで読んで下さり、ありがとうございました。
これにて完結、とさせて頂きます。
活動報告に「あとがき」を掲載させて頂きますので、そちらの方もお読み頂ければ幸いです。




