([後]編-56)
ノーフォーク公爵家の令嬢に仕える侍女として、完璧な所作で応対するエカテリーナさん。
ただし。
ここは、プランタジネット王国ではなく、ベッドフォード公国。
しかも。宮殿やお屋敷ですらない、人々が行き交う主要な街道の、往来のド真ん中。
そして。彼女の背後には、鼻息も荒い騎馬が一頭、ブルンブルンと興奮冷めやらぬ様子で控えている。
更に言えば...彼女が相対しているのが、パッと見は冒険者風の身なりをした若い男である、俺。
うん。完全に、周囲から浮いているよね。
その上。どう考えても、違和感しかない組合せとシチュエーション。
俺は、ただただ笑うしかなかった。
ははははは...。
「ローズベリー伯爵様、どうかされましたか?」
「...」
「ああ、そうでした!」
「?」
「ローズベリー伯爵様には、連絡事項が御座います」
「...な、何だろうか?」
「はい。間もなく、こちらに、アランデル子爵様が王国軍を率いて来られます」
「へ?」
「ラヴィニア様のお兄さま、次期ノーフォーク公爵様ですわね」
「それは、まあ...知ってるよ?」
「左様で御座いますか」
「ああ」
「左様で御座いましたか?」
「ああ。けど、なんで...」
「当然、今回の一連の騒動に関しましては、ノーフォーク公爵家も公国内に密偵を放っておりますし、隣接する領地とのお付き合いや伝手なども色々と御座いますから、状況を把握されておられました」
「...」
「そのような中で、可愛らしい妹様から協力のお願いがあった訳ですから、超特急で関係各所と利害調整を済ませた上で準備万端を整えて国境の町まで駒を進め待機していた、という事ですわね」
「はあ...」
「つまり。強敵現る、という状況ですわ」
「ははは。強敵、なんだ...」
「しっかり為さって下さいまし、ローズベリー伯爵様!」
「あ、いや」
「そんな事では、お嬢様を、横から掻っ攫われてしまいますわよ?」
「かっさらうって...」
「まあ、兎に角。まずは、お嬢様の所まで、ご案内致します」
キリリとした出来る侍女の表情で、エカテリーナさんが、馬の手綱を俺に差し出した。
俺が、訳も分からず、その手綱を受け取る。と、エカテリーナさんは、ひょいっと身軽に馬上の人となったのだった。
鞍の上で横座りとなり、お淑やかに、馬丁にお任せで馬上に揺られる貴婦人の態、となっている。
その結果。俺は、手綱を握って馬の横に立ち、馬上のエカテリーナさんを見上げる体勢となっていた。
つまり。これは、俺に馬を引いて歩け、という意味なのだろう。
そう判断した俺は、軽く肩を竦めて、エカテリーナさんの乗った馬の手綱を引きながら、再び、プランタジネット王国との国境へと向かって歩きだしたのだった。
* * * * *
戦闘よりは要人警護と拠点警備が主要業務として想定されている装備と編成の王国軍と、何処からどう見ても事務方としか見えない人員を満載した馬車の列を引き連れ、少数精鋭らしき騎乗した騎士の一団に囲まれたアランデル子爵とは、少しばかり前に擦れ違い、多少の会話を交わしてから分かれて来た。
ラヴィニアさんがノーフォーク公爵家の養女となった事でその兄という立場になったアランデル子爵とは、以前に一度、王宮で開かれた夜会でお会いして少し話し込んだ事があるので、ある意味では旧知の仲である。
しかしながら、アランデル子爵であり次期ノーフォーク公爵と目される生粋の高位貴族なバーナード氏が何を考えているのかまでは、残念ながら、俺には想像がつかない。
ただ、まあ、国王陛下の信任も厚く、ご隠居様からもリチャードさんからも一目置かれている人物のようなので、ローズベリー伯爵家に害成す事はないだろう、とは考えている。
そのバーナード氏は、どうやら、シャロンちゃんから事情聴取したダリウス氏の報告を受けたエレノアさんから話を聞いたラヴィニアさんに、シャロンちゃんとダリウス氏が脱出するまでの経緯とベッドフォード公国の実情についての説明も受けたようで、おおよその事情は把握しているようだった。
そこで、俺からは、簡単に、今回の一連の騒動における黒幕っぽい立ち位置にいた怪しい手段で宰相代理となったと思われる仮称セバスチャン氏が遁走するまでの経緯とその後の状況について説明し、この後の行動について協議した。
その結果、バーナード氏は、プランタジネット王国の特使として救援に駆け付けたという名目で、ベッドフォード公国の宮殿と行政機関の混乱を鎮めるためにランカスターの街へと向かい、俺は、一旦は王国側の国境の町で子供たちと合流して各種の手配をした上で、準備を整えてから改めてランカスターの街へ戻る、という事となったのだ。
俺は、エカテリーナさんが乗る馬の手綱を引き、人目のない場所では多少の速度アップを図りつつ、黙々と、時折はエカテリーナさんと他愛もない会話をしながら、街道を進む。
そして。漸く、国境の砦が見えて来た。
「ローズベリー伯爵さま?」
「何ですか、エカテリーナさん」
俺が振り返って見上げると、何やらドヤ顔で踏ん反り返ったエカテリーナさんが、馬上からこちらを見下ろしていた。
俺は、そんなエカテリーナさんの様子が何となく微笑ましく思えて、苦笑しながら、次の科白を待つ。
「国境は、先程お渡しした書類があれば、問題なく通過できます」
「ああ、そうだろうね」
「はい。事前の準備に、抜かりはありませんわ」
「ははは...」
「そして。王国に入って右手に見える丘の上に、ノーフォーク公爵家の別邸が御座います」
「...」
「そちらで皆様、お嬢様とご一緒に、首を長くしてお待ちになっておられますわ」
「成る程」
「はい」
「そうなんだ」
「ええ。では、日も暮れてた事ですし、少し急ぎましょう」
「あ、ああ。そうだね」
俺は再び、軽く肩を竦め、侍女のお仕着せを一分の隙なく着こなし鞍の上に横座りしたエカテリーナさんが乗った馬の手綱を引き、人気の少ない主要街道を、王国との国境方面へと向かって進むのだった。




