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56.([前]編-56)

 俺は今、ベッドフォード公国の宮殿を背後に立ち、ランカスターの街をホケっと見ながら途方に暮れていた。


 ランカスターの街には、周囲に城壁がない。

 立派な城壁があるのは、大公が住まい国政の重要機関が集まる宮殿の周囲のみだ。

 その宮殿は、ランカスターの街の中央にどどんと鎮座している。

 そして。街の中央にある宮殿から、放射状に、街の主要な大通りが整備されているのだ。

 道幅が広くて綺麗な石畳が敷き詰められた三つの大通りと、いくつかの中規模な通りが、計画的に張り巡らされた景観は、なかなかに壮観で綺麗な眺めだった。


 俺は、宮殿の立派な正門から一歩踏み出し、だだっ広い石畳の宮殿前広場に足を踏み入れた状態で、困惑していた。

 いや~、宰相代理殿。引き際が、良過ぎませんでしょうか...。


 何だろう。

 不本意で理不尽な試験を受けろと強制された上に、嫌々ながら対処していたら試験官に(もてあそ)ばれて、思わず不利な条件をブッ飛ばしてやろうかと覚悟を決めたら、意味不明な試験官側の都合で試験が中止になった、みたいな。

 そんな不愉快も極まりない、中途半端な気分、だった。


 魔法を(まと)わせた力業の剣技では、ひょうひょうと(かわ)され続けて一太刀たりとも(かす)らせられずに、翻弄された。

 屋内での建屋への影響を懸念して威力を抑えた魔法攻撃では、巧みな身体能力とピンポイントで精密な魔法による迎撃で相殺されて、埒が明かず。

 自らの防御のために展開する空気の盾には、精密かつ高速で容赦なく死角を突いてくる絶妙な剣技によって断続的に多数の亀裂を入れられ、綻び修復と強度維持に追い捲られた。


 そんなジリ貧な状況に痺れを切らし、周囲を更地にしてから大技をぶち込もうかと俺が算段し始めたタイミングで、セバスチャン氏が、唐突に戦闘を中断した。

 そして、何処かと念話でも交わしているかのような挙動が見られた、と思ったら突然、(おもむろ)に武器を片付け、優雅に一礼。

 またの機会に、と嫌味っぽく捨て台詞を残して、疾風のようにその場から遁走してしまったのだった。


 一瞬、俺は呆気に取られてそのまま見送ってしまったのだが、諸悪の根源であるこの男を野放しにすると碌でもない事が起きかねない、と気付いて大慌てで後を追った。

 が、あまりに潔い脇目もふらずの一直線な逃走に、結局、追い付くことは出来なかったのだ。

 いやはや、しかし。あっ晴れな撤退ぶり、だった。

 あのレベルの技量を持つ人間に、あそこまで潔く撤退に専念されてしまっては、俺レベルでは阻止する事など不可能だ。

 取り敢えず、何処に向かったのかだけでも確認しようと全速力で追い掛けてはみたが、宮殿の構造を熟知する相手に対して、此方は不慣れな場所である上に意外とくねくね曲がって障害物も多々あったりする通路を走るのに苦戦し、アッという間に見失ってしまったのだ。

 それでも何とか、魔法を駆使してそれらしい気配だけでもと探って検知し、宮殿を正門から堂々と出て行ったところまでは把握したのだが、その後は更に一気の加速を見せつけられて早々と撒かれてしまった。


 油断は出来ないが、まず間違いなく、仮初(かりそめ)の宰相代理を務めていた仮称セバスチャン氏は、ランカスターの街どころかこの国からも撤退していった、のだと思う。たぶん。

 去ったと見せ掛けて実は宮殿の中や近辺に潜んでいる、といった可能性は無きにしも非ずだが、彼方にはコソコソする理由も特に無いだろうから、一時的であれ、少なくとも現時点では、この街から撤退したと考えてまず間違いない、筈だ。


 という訳で。

 俺は、想定外の事態に、ほとほと困惑しているのだった。

 はてさて、この後、一体全体どうすれば良いのだろうか?



 * * * * *



 散々に悩んだ結果、俺は、取り敢えずは一時的に色々と見なかった事にして、プランタジネット王国との国境の方へと向かって歩いていた。

 そう。まずは、シャロンちゃん達との合流を、急ぐことにしたのだ。


 いやいや。決して、思考を放棄した訳でも、責任を放棄した訳でもないよ。たぶん。


 俺は、ランカスターの街から西南西に向かって伸びる街道を、不自然でない程度の早足で、黙々と歩き続ける。

 昨晩にちょっとだけ聞けたダリウス氏の話だと、先に送り出したお子様たちも含めて移動を任せた子供たちは全員、プランタジネット王国側の国境の町で保護して貰っているらしい。

 何故だかダリウス氏に手渡されたラヴィニアさんから俺宛の書状には、そこにあるノーフォーク公爵家の別邸に、ラヴィニアさんが「頼もしい仲間たち」と一緒に来ていると記されていたのだが...。


 ラヴィニアさんと一緒に来ている「頼もしい仲間たち」って、誰の事だろうか?

 って言うか、何故に、ラヴィニアさんが国境の町まで来ているんだ?

 ノーフォーク公爵家の人々は、いったい何を考えているのだろうか...。


 わからん。


 俺は、自らの頭上で盛大にクエスチョンマークが点滅する光景を妄想のごとく思い浮かべながらも、それなりに立派で整備された街道を、只管に西南西へと向かって進んで行く。


 と。

 前方の遥か彼方に、土煙が上がったのが見えた。

 その土煙は、段々と大きくなっていく。


 どうやら、早馬が此方に向かって駆けて来ているようだった。


 この街道は十分に幅が広い道ではあるが、猛烈な勢いで走る馬に蹴飛ばされても堪らない。ので、歩く速さは維持しながらも、出来るだけ道の端の方へと寄っておく事にする。

 騎馬は、どんどん此方へと近付いて来る。

 最初はコメ粒ほどに見えていた馬が、アッという間に小銭サイズになり、拳サイズになり、更に大きくなって...騎乗する人の容姿が何とか判別できる距離まで、近付いて来た。


 ん?


 騎乗する人物の姿が、段々と鮮明に見えて来た、のだが。

 どこぞの侍女さんが、暴走中?

 いや、あれは...。


「ローズベリー伯爵さま~」

「...」

「お迎えに、あがりましたぁ~」


 そう。

 典型的な侍女さんのお仕着せを着て騎馬を疾走させる非常識な人は、魔法少女な元冒険者であり現在はラヴィニアさんの侍女を務めている筈の、エカテリーナさん、だった。


 騎馬を爆走させたエカテリーナさんが、此方に向かって猛スピードで突っ込んで来る。

 そして。

 俺の目の前で、馬に急ブレーキを掛けて、急停止。


 盛大に土煙をあげて停止した騎馬から、颯爽と飛び降りるエカテリーナさん。

 ニッコリと笑って、俺に一礼した。


「ご無沙汰しております。ローズベリー伯爵様」

「あ、ああ。ひさしぶり」

「では。お嬢様の所まで、ご案内致しますね!」


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