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55.([前]編-55)

 暖かい陽気の昼下がり、装飾過多で贅を尽くした重厚感のある調度品が微妙なプレッシャーを与えはするものの快適に過ごせる設備が潤沢に備わった部屋で、座り心地の良いソファーにどっかりと座っていると、食後の満腹感もあって眠気が襲って来る。


 俺とシャロンちゃんは、応接セットのソファーに向かい合って座り、特に何をするでもなく寛いでいた。

 俺は、ソファーに中に埋もれるように凭れ掛かって。シャロンちゃんは、ちょこんと背筋を伸ばして姿勢良く。

 長閑な時間が、ゆっくりと過ぎていく。


 いや~、何だか、久し振りに、心地良くのんびりと(くつろ)げているなぁ、などと思う。

 ほんの数時間ほどだが、のほほぉ~んと過ごせる機会は大事にしないとね。


 心地良い静寂の中、ゆっくりと時間が過ぎていく。


 コンコン。


 ピクリと、シャロンちゃんが反応する。

 そう。この部屋の扉が、ノックされたのだ。


 ノックした人の気配が、扉の前で佇んでいた。

 が。暫くすると、ドアノブを触ることなく、そのまま立ち去って行く静かな足音が聞き取れた。


 さて。

 予定通りに、怪しさ満載の公女様との謁見が行われようとしている、とのお知らせが届いた。


「さあ、シャロンちゃん。本公演の開幕、だよ」

「はい」

「では、行こうか」



 * * * * *



 ベッドフォード公国の宮殿の謁見の間は、順当に正面から訪れようとすると辿り着くまでに複数の騎士詰め所を通る事となる上に、幾重にも渡って張り巡らされた警戒網の真っ只中にある。

 更に言えば、謁見の間の正面入り口とその付近に至っては、多数の騎士が(ひし)めく様に詰めて厳重に警備をしている。

 ただし。現時点でこの宮殿の実質的な主となっているらしい公女様が、自身の背後や左右に重装備で武器を所持した武骨な騎士が立つことを嫌がったため、謁見の間の公女が座る玉座や公国の重鎮たちが並ぶ上座の付近には、警備の騎士が配置されていない。


 そのような情報を基に、俺とシャロンちゃんは今回の計画を立てた訳だが、実際に行動に移して警備網を突破してみると、その容易さに唯々呆れるしかなかった。

 ここまで来るのに一度も、ヒヤリと肝を冷やしたことも、身の危険を感じたことも、なかったのだ。

 まあ、それだけ、シャロンちゃんの情報収集と計画立案が完璧だった、という事ではあるのだが...。


「はいはい、皆さん。ちょっと、公女様をお借りしますね」

「あ、あなたは...」

「ああ、ごめんなさいね。まずは、これを掛けてね、っと」


 俺は、背中にいるシャロンちゃんから阿吽の呼吸で手渡された真っ黒レンズの入ったサングラスを、目の前の公女様に問答無用で装着する。

 魅了の魔法に対する予防策。発動の回避を目的とした、暫定対策。

 魅了の魔法は、余程に強力な熟練の技でもない限り、気をしっかり持っていれば大丈夫な筈だ、と言われてはいたのだけれど、このサングラスは念のための保険みたいなもの、だ。


 予想外の事態に呆けている公女様は、なすがまま。


 まあ、普通の中学生女子であれば、当然の反応だ。

 目の前を轟音と共に重厚な扉がぶっ飛んで行き、その後ろから小さな女の子を背負った若者がダッシュで突っ込んで来たのだから。


 俺とシャロンちゃんは、まったりと昼食を頂いた部屋から、再び人通りの少ない裏道的な通路を駆使して移動。ここ、謁見の間へと公女様たちお偉いさんが出入りするための玉座の横手にある扉が見える場所で、少しの間だけ様子見。つい先程、予定時刻になる同時に、その重厚な扉の前へと迅速かつ密やかに動いて、魔法でその扉をぶっ飛ばすと共に駆け込んで来たのだった。

 公女様からすると、献上品を差し出して長々と口上を述べている商人を退屈しながら眺めていたら、突然、轟音と共にデカくて重そうな扉が目の前をぶっ飛んで行ったかと思うと、知らない少女を背負った若者に確保されていたのだ。唖然としてた、のだと思う。

 しかも。驚き冷めやらぬ間に、サングラスを掛けられ急に視野が暗くなったのだから、何が何だか訳も分からず混乱するばかりだった、だろうと思う。


 ちなみに。

 重量級で巨大な一枚板である装飾過多な扉は、公女様の左前方に壁を背にして並んでいた公国の重鎮たちの列の先頭にいた宰相代理殿へと向かって一直線かつ猛スピードでぶっ飛んで行ったのだが、平然と軽く(かわ)されてしまっていた。

 うん。あわよくば、直撃させて行動不能にしたかったんだが、そこまで甘くは無いようだ。

 やはり、得体が知れない人物だ。

 元は異国の商人だという宰相代理殿は、これと言って特徴のない平凡顔に不敵な笑いを浮かべて、余裕な態度でこちらを眺めている。

 何となく、面白い見世物を見るような、相手を小馬鹿にしたような、強者が余裕で弱者を見下ろすような、嫌味な雰囲気がそこはかとなく感じられる態度だった。


 俺は、シャロンちゃんと公女様を背後に庇い、宰相代理殿と俺との間に魔法で透明な大きくて分厚い空気の盾を展開。自然体でありながら全く隙のない宰相代理殿と、対峙する。


「お姉さん。このままここに居ると、大変なことになるよ」

「ええっ?」

「この国、あのおじさんがお姉さんを利用して色々と壊したから、もう直ぐ、無くなっちゃうよ」

「ま、マジで?」

「うん。まじで」

「わ、私は、ただ、イケメンさんを、愛でていただけだよ?」

「うん。そうだね」

「でしょ?」

「でも。それ以外に、大人の偉い人たちも、メロメロにしちゃったよね?」

「うっ。そ、そうだけど...」

「お姉さんがメロメロにしちゃった大人たちが、その後どうなったか知ってる?」

「...」

「その後、それ以前と同じようにお仕事している人を、見たことある?」

「...」

「ないよね?」

「...うん」

「お姉さんが、あのおじさんに言われてメロメロにしちゃった人って、どういう人たちだか、本当はお姉さんも分かっているよね?」

「...うん」

「拙いと思わなかった?」

「...だって、セバスチャンが、大丈夫だって言うから」

「本当に大丈夫だと、思う?」

「...」


 シャロンちゃんに公女様の説得と懐柔を任せて、俺は、どうやら通称はセバスチャンという怪しさ満載な偽名であること間違いなさそうな宰相代理殿を、牽制しているのだが...。


 俺の第六感が、先程から頻りと囁いていた。ヤバいから逃げろ、と。

 俺は、額にタラリと一筋の冷や汗を垂らしながら、セバスチャンこと現在のこの国の宰相代理殿から視線を逸らすことが出来なくなっていた。


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