54.
シャロンちゃんが、シェフィールドの街にある庶民街というか下町で集めた情報は、主に二つ。
一つが、先程までフル活用していた、今回の侵入にあたっての宮殿の内部構造や使用状況などに関する詳細情報。
もう一つが、この国に突然現れた、何かと噂の多い新しい公女様に関する様々な情報。
ここまで辿り着くのに、一つめの情報が大活躍。今回の計画を立てた後に、シャロンちゃんが大車輪でフル稼働して情報収集をした成果、だ。
そして。今回の行動に至った契機となる動機でありその足場でかつ拠り所としたのが、もう一つの情報とそれによって露わとなったこの国の現状、だった。
俺は、シャロンちゃんと二人、ベッドフォード公国の宮殿の中枢部にある貴族階級の使用人たちの為に用意された個室形態の談話室の一つで、豪華な応接セットの座り心地が良いソファーへと埋もれるように座り込み、まだまだ余裕のある予定時刻まで待機するために英気を養い寛ぎながら、この街に入って下町の庶民向け宿に落ち着き本格的に情報収集を行った三日間について思い返していた。
いや、まあ。目的を果たしての回想、というにはまだまだ早すぎるのだが、有能なパートナーがいると楽だなぁ、と思わず感慨に耽ってしまう今日この頃なのだ。
この街に主要街道から入って素直に進むと表通りを歩くことになるのだが、その際に受けた印象は、妙に寂れた感じと微妙に緊迫した空気が立ち込めているなぁ、というものだった。
貴族や大商人などの裕福な人々を対象とする高級店の並ぶ街のメインストリートには、全く人通りがなかった。
貴族の邸宅がある地区や大商人など裕福な人々が屋敷を構える高級住宅街は、元から落ち着いた静かな佇まいを見せる場所ではあるものの、異様に寂れた雰囲気が漂っていた。
ただ、その一方で。街の外周部や主要な大通りから外れた地区など、この街で下町に相当する庶民の住宅街や庶民向けの市場などに足を向けてみると、それらの場所には、流石に人口の多い街だけあって、まだまだそれなりの活気があったのだ。
そこで。下町で目に付いたそれなりに繁盛している庶民向け宿屋に、俺とシャロンちゃんは二人で兄妹と申告して宿泊し、情報収集をすることにした。
のだが、残念なことに。俺の方はなかなか切っ掛けを掴めず、警戒している周囲の人々にも上手く溶け込めないまま、苦戦。
そんな中で、シャロンちゃんは、素直なお子様というか女の子としての武器(?)を有効に使ってか、この街の状況に関する情報をどんどん集めていった。
うん、頼もしい限りだ。
そこはかとなく、悔しい気もするけど。まあ、彼女を褒めるべき、だよね。うん。
まあ、そんな俺の感想は、兎も角。
集まってきた情報は伝聞や推測ばかりに聞こえる怪しげな話題を含む噂話のオンパレードで、俺には当初は何が起こっているのかサッパリだったのだが、継続して丁寧に街の人たちの話を拾っていった結果、次第に方向性が見えてくる。
そして。シャロンちゃんが出した結論は、新しい公女様と宰相代理が怪しげで不穏だ、というものだった。
数ヶ月前に突然お披露目された、新たに生存が確認されたという成人間近な年齢の公女様。
その公女様を見出して公国の宮殿まで無事に届けたとして登用され重用されるようになった、元は異国の商人だという宰相代理。
そう。冷静に考えれば、誰が見ても、怪しい。
しかしながら。この国の中枢とそれに連なる役職や立場ある人たちからは、不信の声が一切上がっていない、らしい。
宮殿のお膝元にある街で生活し、当事者になることは稀だが些細な出来事や知り合いの知り合い達から齎される様々なエピソードに触れ、小さな情報を着実に積み上げていく庶民の間でだけ、不気味で違和感のある世情として密やかに広まっていくのみ。
これは、下手に関わると、己が身が危うい。と感じさせるような危機的な状況に、ベッドフォード公国は置かれている、という判断を下しました。
そう淡々と説明した上で、シャロンちゃんは、真剣な表情で俺の目をしっかりと見詰めて、こう問うのだ。
俺は、何を、如何したいのか?
と。
反則技だ、と思う。
と言うか、そもそも、この街に一緒に連れて来た時点で俺の負け、なんだけどね。
はい。俺は、素直に、俺の素性と目的について洗い浚い漏れなくお話しましたよ。全て、きれいサッパリと。
ははははははは。
と、まあ。そういった訳で。
俺の立場と意図を正確に把握した頭脳明晰で優秀な参謀さんが、その後も更にレベルアップして暗躍し、三日程で、この宮殿に侵入する為の情報収集を行って侵入計画の立案と協力者との調整まで、遣り遂げてしまったのだった。
いや~、ホント。良い買い物をした、と思う。というか、俺の方が拾われたのかも...。
「アル様。なに、百面相してるのですか?」
「いや~、ここ暫くの、怒涛の数日間を思い出してね」
「そうですね。お疲れさまでした」
「いやいや。活躍したのは、シャロンちゃんでしょう」
「う~ん。でも、労働したのは、主にアル様ですよね?」
「労働した...」
「すいません。私、もっと体力を付けないと、駄目ですね」
「いや、まあ、ダメとまで言わないけど。体力アップと重量増は、当面の課題だねぇ」
「...」
そう。シャロンちゃんの、体力の問題。
これについては、少し落ち着いてから、じっくりと取り組みたいと考えている。
ここ暫く一緒にいて見ている限り、シャロンちゃんは、病弱と言うよりは体力がない。
勿論、根本的な所に何らかの持病が影響している可能性も否定はできないのだが、持久力がないだけで無理をしなければ熱を出すこともない、ようにも見える。
滋養があって美味しい物を食事として取れるよう配慮した結果、以前より持久力も多少は上がった気がする。たぶん、ではあるが。
この街に着くまでに、何度も俺が背負って移動したりしていたので、何となく俺はシャロンちゃんの移動手段としての立場に馴染んでしまい、あまり違和感を感じなくなっていた。
だから、自然と、シャロンちゃんが情報収集に向かう際には必ず、俺が同行してお世話を焼いていた訳なのだが...仕方ない、よね。
うん。シャロンちゃんが、無事にローズベリー伯爵領にある辺境の開拓村へと着いたら、お医者さんにしっかりと見て貰おう。いや、途中で王都を通るから、王都にある邸宅に滞在して貰って診察込みで療養させよう。そうしよう。
という事で。この街では、すっかり、しっかり者の妹と世話焼き心配性の兄という仲良し兄妹のイメージが定着してしまった俺たちだったが、この点については、追い追い改善していきたいと思っている。
勿論。俺の妹離れという意味ではなく、シャロンちゃんの自立というか体力アップと筋力増強を。
まあ、それは兎も角。
ベッドフォード公国の大公の弟に嫁いだラトランド公国の大公の姉である公爵夫人がと懇意にしている今回の計画に協力的な商人さんが段取りした、その商人さんの傘下にあるベッドフォード公国の商人さんが噂の新しい公女様に珍しい物を献上するため謁見する時刻までは、まだまだ時間がある。
朝一番の宮殿入りするお役人や業者さんで混雑する時間帯を狙って入り込み、着替えと人の出入りが落ち着くのを待つために少し待機し、人通りの少ない裏通り的なルートを選んで迂回しながら時間をかけてこの部屋まで来た訳だから、作戦行動の時間はそれなりに経過しているのだが、現在時刻はまだ昼前なのだ。
そして。俺たちが乱入を予定している公女様の謁見は、昼食すなわち昼休みが終わって少し経ってから。
となれば、当然。俺たちは、ここでお昼ごはん、となる。
よっこらしょ。
と、心の中で掛け声掛けて。
俺は、腰に提げた小さな革鞄から、大きなお弁当の包みを取り出した。
「さあ、昼ご飯にしよう」
「...」
続けて。俺は、飲み物が入った水筒とコップも、小さな革鞄から取り出す。
応接セットの、少し高さは低めだが十分な広さのある机に、お弁当とコップを並べる。
流石に出来立て料理のフルコースとまではいかないが、宿で作って貰ったパンに色々な具を挟んだ物と手で摘めるおかずを並べて、冷たいジュースをコップに入れて、セット完了。
俺は、何やら物言いたげな様子のシャロンちゃんを促し、優雅に昼食と洒落込むのだった。




