([後]編-53)
俺とシャロンちゃんは、シャロンちゃんの尽力により協力関係となった商人さんの指示を受けたお店の使用人さんによる手引きで、通用口的な門から宮殿へと入り。
出入り業者たちの待機エリアにある控室に行って、衣装をそこに予め用意されていた侍女と官吏の物へと着替え。
煌びやかだが異様に人通りの少ない宮殿のメインストリート的な場所を一旦通り抜け、脇道へと入り込む。
そして、今。俺たちは、裏道的な人気のない通路を意図的に選んで、宮殿の奥へ奥へと進んでいる。
進行方向に人だかりや団体さんが居ないかどうか随時の確認をしながら、時には脇道に一時退避してやり過ごし、迷路のように入り組んだ通路を右へ左へと何度も何度も曲がっては進んで行く。
その結果。俺には、現在位置どころか現在の進行方向が東西南北のどれに該当するのかすら、完璧に分からなくなっていた。
と言うか、ここが何処で今どちらに向かっているのかですら、全くもってサッパリわからん。
けど。少し前から周囲の様子と雰囲気が変化し、装飾や設備や備品のグレードがアップしてきているようだから、目的地が近付いているのは間違いない、のだろうとは思う。
先程までのお役所的な施設のように平民が紛れ込んでも許される感じが全くしない、静謐で上品な雰囲気がベースとなっているが異様に荒廃したような空気が張りつめる場所を、二人で黙々と歩き続ける。
そんな空気が無駄口を許さないような気分にでもさせるのか、シャロンちゃんも少し緊張しているようだった。
だから、敢えて、俺は、脳天気な感じで彼女に話し掛けることにした。
勿論、声の音量は可能な限り落として、だが...。
「そろそろ、かな?」
「そうですね。真っ直ぐ進めれば、あとほんの少しなんですけど、先方にはご迷惑を掛けられませんので、もう少し回り道をします」
「そうか。頼むよ」
今回のこの宮殿での作戦行動には、俺の持つラトランド公国との伝手を活用した。
と言っても、繋ぎをつけて交渉し具体的な段取りまで調整したのは、シャロンちゃんなんだが...。
ラトランド公国から来ていてベッドフォード公国の某公爵家に重用されている商人さんに、今回は一役買って貰っている。
その商人さんに対して、シャロンちゃんが、俺もすっかりその存在を忘れて荷物の中に埋もれさせていたベアトリス公女の署名が入った書状を使い、協力を得ることに成功したのだ。
ラトランド公国のベアトリス公女殿下の権限の及ぶ範囲内であれば、これを所持する者の行動を無条件で許可する。
書状に記載されていたそんな内容とは少しばかり趣が異なるが、ラトランド公国の為に便宜を図れ、といった解釈を適用させて貰ったのだ。
協力関係となった商人さんには、宮殿内の目的の場所に侵入して目的の人物と接触する機会を作るための行動に、協力して頂いた。
具体的な行動は、三つ。
俺とシャロンちゃんを、宮殿に潜り込ませること。宮殿内の謁見の間に近い場所に、待機する部屋を確保すること。新しい公女様が、確実に謁見の間に現れる機会を設けること。
この三つの要件が満たされた結果、俺とシャロンちゃんは、現在進行形で、宮殿のかなり奥深い場所に用意されているという一時待機のための部屋へと向かっていた。
ちなみに。
俺とシャロンちゃんが向かっている場所は、某公爵家の侍女さんが確保してくれている筈の、宮殿に居住する高貴な方々の侍女や侍従など貴族階級の使用人たちが生活する区域にある、個室形態の談話室の一つなのだそうだ。
ラトランド公国の大公の姉がベッドフォード公国の大公の弟である某公爵に嫁いでいて、その某公爵夫人の侍女でラトランド公国から随行してきた元男爵令嬢であるご婦人に、便宜を図って貰った。と、商人さんからは聞いている。
その商人さん曰く、その某公爵夫人さんとはラトランド公国に居られる頃から懇意にしていて、現在も御用達として贔屓にして貰っているので、宮殿にも頻繁に出入りしている、との事だった。
だから、というか、そのお陰で。俺は今、事前に入手した地図をしっかりと記憶しているシャロンちゃんに先導され、目的地へと着実に近付いて行っているのだった。
* * * * *
ほぼ指定された時刻に、指定された場所へと辿り着いた。
事前の打ち合わせ通りに、目印となる物が約束通りの位置に飾られている、と目視。
俺は、シャロンちゃんと視線を合わせ、ここで間違いないと判断したことをお互いに確認し合う。
そこは、侍女や侍従などが私用で使用する談話室にしては、かなり立派で相当な広さがありそうな部屋だった。
俺たちが歩いて来た今いる廊下には同じような部屋の扉がずっと並んでいたのだが、その各々の間隔には結構な距離があったし、その扉も重厚感のある豪華な造りだったのだ。
シャロンちゃんが、すっと、扉の前から少し離れて、俺に進路を譲る。
つまり。俺から先に部屋へ入れ、という意思表示だった。
はい、はい。
当初の想定では、まだ、この部屋には誰もいない、鍵だけ開けた状態の筈。
なので、どちらが先でも構わないのだが、想定外の事態を考慮すると安全確保のためには俺が先に入るべき、だろう。
うん。その判断で正しい。グッジョブ。
コンコン、コンコン。
俺は、念のため、扉をノックする。
そして、耳を澄ませて、しばらく待つ。
...。
うん、反応はない、ね。予定通り、だ。
因みに、部屋の内部くらいであれば軽めの探査魔法を照射すれば確認できるのだが、目敏い敵方の誰かに魔法発動の痕跡に気付かれても困るので、自粛する。
ガチャリ。
と、小さな最低限の音のみで、静かに扉を開けて即座に全開、素早く内部をチェックする。
広々とした部屋、大きめの窓から差し込む明るい太陽光、湯茶室に続くと思われる通路、高級そうな応接セット、備え付けの家具類、と順に不審な点がないか目視で確認。
問題なしと判断し、滑らかな動作で部屋の中へと入り、目線でシャロンちゃんにも入室を促す。
周囲を警戒しながら俺に続いてシャロンちゃんが部屋に入ったのを確認し、素早く静かに扉を閉める。
音を立てずに素早く歩いて隣室に続く通路へ移動し、続き間の湯茶室をざっとチェックする。
良し。特に問題はない。
俺は、ゆっくりと歩いて応接セットの方へと移動し、座り心地が良さ気なソファーへとどっしりと腰を下ろした。
ふぅ~、とばかりに一息つく。
「お疲れ様、シャロンちゃん」
「...」
「取り敢えず、第一関門は無事に突破、だね。おめでとう!」
「はあ...」
「暫くは休憩、かな。予定通りに事が進めば昼過ぎには本番、だね」
こうして。俺とシャロンちゃんは、シェフィールドの街に来てから五日目にして、ベッドフォード公国の宮殿への侵入を果たしたのだった。




