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53.([前]編-53)

「ほわぁ~。アル様、ものすごく豪華なんですねぇ...」

「そ、そうか?」

「はぁ。世の中には、こんな場所もあるんだぁ~」

「う~ん。まあ、宮殿だから、立派ではあるけど...こんなもの、だと思うよ?」

「そうかぁ。やっぱり、世界が違うんだなぁ...」


 珍しく夢見る乙女状態となってしまったシャロンちゃんが少し落ち着くのを待ちながら、俺は、改めて周囲を見回してみる。


 確かに、ここはベッドフォード公国の大公が住まう宮殿なだけあって、贅沢に装飾された立派な建物だ、とは思う。

 この手の西洋的な豪華建築物に招き入れられ間近で目にしたのは王都の王宮が初めてだったと思うが、その際には精神的な余裕が欠片もなく建物や調度品をマジマジと見ることなど出来なかったのだが、王都のローズベリー伯爵邸に滞在した際やノーフォーク公爵邸にラヴィニアさんを訪ねた際には余裕をもって周囲を見れていたので、この宮殿を見てもそれ程の感動はない。


 というか寧ろ、そこはかとなく荒廃している微妙な寂れ具合に、ついつい目が行ってしまうのだが...。

 宮殿形式の建物や装飾に関する造詣や審美眼など俺は一切持ち合わせていないのだが、あるべき所にあるべき物がないような、アンバランスな感じというか欠乏感が、至る所からヒシヒシとする。

 絶妙なレベルで装飾品が少なかったり、微妙に貴金属が欠けていたり、と違和感が半端ない。

 座りが悪いというか、落ち着かないというか、圧倒的に何かが足りないと俺の感覚が主張するのだ。

 いや、まあ。少し、大袈裟に言い過ぎか。


 兎に角。この宮殿は、ダメだ。

 建物自体も、保守点検が省かれて放置され気味なのか、表からは見え難い箇所の傷みや損傷が何気に目立つ、ような気がする。

 この国、大丈夫か?

 いや、まあ、大丈夫じゃないから、俺がここに居る訳だが...。


「メリッサたち、どうしているかなぁ」

「ん?」

「ダリウスさん、でしたっけ?」

「あ、ああ。あいつの話だと、王国側の国境の町には無事に着いた、らしいね」

「そうかぁ。元気にしているのなら、いいけど...」


 俺とシャロンちゃんが、ナタリアちゃんとリネットちゃんに付き添われたシェフィールドの街の孤児院から焼け出された子供たちと別れて、五日が経った。


 俺は、シャロンちゃんにも、彼女たちと一緒にダリウス氏の引率でプランタジネット王国へと先に行っておいてくれるよう提案したのだが、頑として受け入れて貰えなかったのだ。

 俺の凡庸な頭脳ではシャロンちゃんによる鉄壁の理論と洞察力には歯が立たず、外見というか主に後ろ姿が幼くて線の細い二つ年下の少女が嫌がる行動を強要することも出来ず、最後には焦げ茶色の澄んだ瞳をウルウルさせながらツンデレ気味にお願いされてしまっては、断ることなど出来る筈がなかった。

 うん、ヘタレですね。我がことながら、少しというか相当に、なさけない。


 けど、まあ。シャロンちゃんが一緒に来てくれて、正直、助かっているのだ。

 そう。腹芸の出来ない正面突破型でほぼ一択となる俺の行動パターンでは、幸運に恵まれ何らかのトラブルにでも巻き込まれた上で活躍しないと、部外者を警戒する閉鎖的なコミュニティーに溶け込むのは容易ではないのだ。と、今回は痛感させられた。

 ははははは。なんだかんだと言ってこれまでの俺は、結構、悪運が強かったようだ。

 まあ、よくよく考えてみると、ここまで割と順調な旅が出来ていて、確実に今回の騒動の核心へと近付いていると思われる現状は、幸運以外の何物でもないのだろう。その分、色々と酷い目にも遭った、とは思うけど。

 それに。シャロンちゃんという将来有望であり現時点でも相当に貴重な人材をゲットできたという点だけ取っても、今回の旅は幸運であった、と言えそうだ。

 だから。無事にシャロンちゃんを辺境伯の屋敷まで連れて帰るためにも、当面の行動に慎重を期す必要があるのだ。


「しかし。この宮殿の警備は、ザル、だな」

「そうですね。でも、誰でも簡単に入れる訳ではありませんよ?」

「まあ、それは分かるんだけど...ねえ」


 俺は、まじまじと、シャロンちゃんの格好を見る。

 女の子の方が先に身長が伸び始める一方で小柄なまま成長が止まる子も多いとは言え、彼女の場合、どこからどう見ても子供だった。

 そんな見た目お子様な可愛らしい女の子が宮廷における侍女の制服を着ていると、何と言うか...微笑ましい?


「大丈夫です。堂々としていれば、何も言われません」

「いや、まあ、そうなんだろうけど、ね」

「私は、これまでも、大人に混じって仕事していた際でもちゃんとその場に馴染んでいましたよ?」

「う~ん。まあ、顔付きが理知的、というか大人っぽい雰囲気なのは確かだけど...」

「私って、老け顔なんですよね」

「ええっ、そうか?」

「そうじゃないんですか?」

「いや、年相応とは言えないけど、才女というか才媛というか、怜悧なお姉さま系の美女の卵、って感じだと思うけどなぁ」

「そ、そうですか。ありがとうございます」

「ん?」

「アル様も、官吏の制服が...似合ってます?」

「おいおい。ひどい、言いがかりだな」

「いえ。着こなせていない訳でも、違和感がある訳でもなのですが...何かが、違う?」

「あの、なぁ」

「何でしょうか。私の中の官吏のイメージが、もっとバリっとした出来るオーラを纏う感じなので、何となく肩の力が抜けたアル様の様子が...」


 ははははは。なかなか厳しいね、シャロンちゃんの寸評は。

 まあ、確かに、やろうと思えばビシッと出来なくは無いのだけれど、ラトランド公国で短い間ながらもご一緒した仕事は出来るが厭世的でダレた態度が標準装備されたランドルフ氏を見慣れてしまったせいか、何故だか、こういう格好をすると背筋が曲がって気力が抜けそうになるのだ。

 要改善、だな。


「はいはい。で、次は、どっちに行くんだっけ?」

「左の通路ですよぉ~」

「おお~、流石、頭脳明晰なお嬢様!」

「もう、ふざけないで下さい。事前にちゃんと、ご説明しましたよね?」

「いや、まあ、普通、こんな複雑な道順、地図も見ずに歩けないって」

「でも。アル様は、覚えておられますよね?」

「ムリ無理。流石に覚えていないって」

「あれれ?」

「ん?」

「アル様、さっき迄、ずんずんと私の前を歩いておられましたよね?」

「うん。そうだね」

「適当ですか?」

「違うよ?」

「...」

「大まかには、覚えているよ。それに、俺が間違えたら、シャロンちゃんが指摘してくれるだろ?」

「...」


 うん。あんな意味の分からん複雑な道順など、覚えられる訳がない。

 しかも。地図を見てはいけない、とか無茶ブリだから。

 と、いう事で。ここから先は、ここまでとは段違いに複雑な行程になるので、シャロンちゃんにお任せ、だ。


「では、お嬢さま。お先にどうぞ」

「...」


 呆れた顔に少しばかり嬉しそうな表情が混じったシャロンちゃんと、俺は前後を交代する。

 背筋をピンと伸ばした凛々しい姿勢で迷いなく前を歩くシャロンちゃんに続いて、俺は、荒廃感が微妙に漂い人影も疎らで生気の感じられないベッドフォード公国の宮殿の中を、その最奥にあるという謁見の間へと向かって進むのだった。


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