わかりきった結末
父はときどき、そんなもんだ、と言っていました。一見諦めた風のその言葉を、父は諦めるために使ったことはありませんでした。決して確定していない、かすかな希望みたいな言葉を肯定するために、決めつけたように言っていたのです。アイ、君は立派な大人になるよ、だって僕が育てたんだから、そんなもんだよ、アイ。
父がいなくなって、先生と一緒に住むことになりました。先生は私がどんな風に生きるべきかを口にはしませんでした。そのかわり、沢山の事を教わりました。生きる術を。それを教える先生の考えが伝わったように思えます。力を持って、賢さを持って、自分で選んだ道を行けるように。そんな考えが、伝わってくるかのようでした。
○
「状況はどうだ?どのくらい相手勢力が残っているのか」
「市街地でエイロネイアの残党と交戦中です。陸軍の装備・兵器の管理装置が復旧したので、相手の戦力の見積もりが出ました。彼らの兵力は思ったほどの規模ではなく、おそらく2-3日で壊滅することになるでしょう」
「そうか」
「それよりカイトウさん」
アサクラは神妙な顔をしていった。
「政府の役人達はカイトウさんの扱いを決めかねています。ウサミ ショウイチを捉えた功労者か、あるいは国の秘密を知る危険な人物か……」
「まあ、どちらも正しい認識だがな」
「国防省の一部の派閥は強硬にカイトウさんの"処理"を主張しているようです」
おそらく対網の派閥だろう。
「このまま彼らの意見が通ると、良くて投獄、悪くて処刑です。あまり楽観視できない状況でしょう。カイトウさん、これからどうするつもりですか?」
私は言った。
「海外に一旦避難しようと思う」
アサクラは黙っていたので、私は先を続けた。
「投獄されてしまうと、発言の自由はなくなるし、娘の面倒も見てやれないしな。少しでも……」
「少しでも?」
私は少し躊躇ったが、こう口にした。
「少しでも、世界が良くなるように何かできればと思うんだ」
欺瞞だと言われれば、きっとそうかもしれなかった。だが、それはこれから分かる事だろう。もしもただ逃亡生活を続けるだけなら、それは本当に欺瞞だと言うことになる。そうでないことを示せるよう、努力するばかりだ。
アサクラは言った。
「海外に逃げるのはいい案です。でも、意外ですね」
「何が?」
「正直、カイトウさんは残るんじゃないかと思ってました。確かに対網の主張は強硬ですが、他の穏健派が大勢を占めているのは事実です。政府と取引して、今の立場を守ることだってできます。一旦、政府に従って、その後で交渉してもいいはず」
「そうだな」
確かに少し前の私だったら、従っていたかも知れない。ただ生存本能を理由にして逃げるだけだった私は、裏を返せばそれ以外に生きていく理由を見出せなかったように思う。あるいは、誰かの判断に身を委ねて、そのまま死んでも良いと考えたかもしれない。
だが、まだ死ねない。少女がリークしたシステムの情報を書いた文書は、事前に打ち合わせたタイミングで一斉に各メディアに届くはずだ。その文書には私の署名が書かれている。その責を負う必要がある。事実を公にし、議論を公にし、そして私のしてきた事を公にする。それが一番正しい手順だと思う。非公式の投獄や処刑では、それは難しくなってしまう。
多分、どちらも卑怯だ。この国から逃げることも、説明責任を果たさないことも。それでも、ほんの少しだけ、前者の方が正しい道であるような気がする。流れに身を任さないほうが、ほんの少しだけ。
それに、もうしばらく、彼女と共に過ごす時間が欲しい。彼女の成長を見ていたい。
「もし逃げた先の国と我が国で引き渡しが成立したらどうするんですか」
「まあ、まるっきり無策じゃないさ。十年前にパスは通っているんでな」
これから私が活動するのにうってつけの国がある。我が国と犯罪者の引き渡し条約を結んでおらず、地理的に大きな遠く、加えて、国際的な地位が高い国。私の友人がかつて行った国。
それに、システムの情報がリークされた後は、各国そのニュースで持ちきりだろう。署名した私も相当注目を集まるはずだ。そうなれば、流石の対網でも人知れず静かに投獄したり処刑したりすることは難しくなるはずだ。ある意味、署名することで、公言することで自分を守る意味もあったということだろう。
「……それでも、かなり難しい立場になると思いますよ。引き渡し条約がない国なら、すぐに投獄されることはないでしょう。ですが、公の場で何度も聴講を受け、断罪され、そのうえで有罪になることだってあります。うまく切り抜けたとしても、我国の政府には目の敵にされます」
「できるだけ真っ当に、情報を公開するさ。私が今までしてきたことも含めて」
アサクラは少し俯いて考える仕草をした後、顔を上げた。
「分かりました。国外に出るなら出来るだけ早くした方が良いです」
「わかってる」
「どうかお気をつけて。出来うる限りのバックアップはします。少なくとも国外へ出るまでは」
「ああ、ありがとう。迷惑かけたな」
すると、アサクラは左右非対称に口角を上げて、不敵に微笑んだ。
「まだ、迷惑かかっていませんよ」
「ふふ、じゃあ。また会えたら」
「ええ、必ず会いましょう」
◯
ゆっくりしているように思えて、意外に早く朝日は登る。アサクラに手配してもらったシェアカーで私は事務所に向かった。彼女はどうしているだろうか?無事だろうとは思いつつも、そればかりが気になってしまった。
事務所の前まで来る。少女が実家のようと評した気持ちがよくわかった。入り口の前に立ち、ドアを開けようとした。
するとドアの方が勢いよく開いた。
「先生!」
少女がこちらに飛び込んできた。私は彼女を抱き止めて、息を整えながら訊いた。
「無事だったか?」
「ええ、このとおり」
「そうか……」
「心配されてたんですか?私、そこまで子供じゃありませんわ」
「ふふ、そうだったな」
彼女のわざとらしい言い草に、私は笑った。少女も笑っていた。我々はしばらくクスクス笑って、抱き合っていた。ふとシャツの湿った感触を感じた。それと、嗚咽が聞こえてきた。彼女は泣き始めていた。
「ほんとうに、ほんとうに、よかった。帰ってきてくれた」
彼女は小さな手のひらで私をきつく抱きしめていた。しばらく離してくれなさそうだ。そうやって微笑んでいると、私の頬に雫が伝っている事に気が付いた。私も泣いていた。
泣いている事を悟られないよう、声音を正して私は言った。
「ただいま」
「おかえりなさい、先生」
◯
私と少女はこれからの事を話し合った。特に国外へ行くと言う話は彼女を巻き込んでいいものか、少し迷いもあった。だが、このままこの国にいても、私が少女の生活を保証するのは難しいだろう。そう言った諸々の事を話していた。
「一緒に国外へ出るとしても、問題はいくつかある。幸いにも教育については、カリキュラムが世界的に標準化されているから、どこの国でも同じ教育が受けられる。だが、環境や文化がガラリと変わるからな」
私は言い淀んだ。今更ながら、随分好き勝手に事を進めていたものだと思う。
少女は私の話を聞きながら、勢いこんで言った。
「では、行きましょう!」
「いいのか?私が言うのもなんだが重大な決断だろう?」
「もちろん良いに決まってます。教育といっても、ほとんど大学のカリキュラムまで消化してますし、それに海外で学ぶのも悪くないです」
彼女は続けた。
「それに、先生、お忘れかも知れませんが、そもそもこの状況は私のわがままに端を発しているのです。私が署名した文書のリークをしようとして、先生を巻き込んだのです。私にも少しは責任を取らせてください」
ウェアラブル=デバイスに以前浮かんだ言葉を思い出した。君の信じる道を。本当に、彼女は大人になったと思う。
「ありがとう」
私は言った。これから、どうなるかはわからない。この道だって、最善じゃないかも知れない。でも、少なくとも、正しくあろうとした道だ。わかりきった結末だと思っていたけれど、未来はいつだって可能性にあふれている。
少女がはしゃいだ様子で言った。
「先生、ついに実現できるかも知れませんよ」
「何をだ?」
「今から行くのはヨーロッパの地なのでしょう?ならきっと小麦畑がたくさんあるはずです。秋風そよぐ黄金色の景色でのデートが実現出来るかも知れません!」
私は思わず吹き出して、笑った。
「あはは、確かに随分前にそんな事を言っていたな」
「ええ、忘れたとは言わせません」
「ふふ、君の行く末が心配だな」
「大丈夫です!」
そう言って、少女は胸を張った。子供っぽい仕草に、少しだけ大人びた声。私はまた涙ぐんでしまう。
「私は立派になりますよ。だって、そんな風に育ててもらったんですから」
わかりきった結末
-了-
神様は自分勝手だ。
勝手に私を生んで、私を消そうとして、そして私に、彼女を導けと言う。
私はこの世界をまるでゴーストのようにさまよう。
誰も私を見ることはできない。
だけれど、私には、みんながどういう行動をするのか、何を考えているのかが、よくわかった。
そう作られているから、当然だ。
それがギフトなんだから。
みんなが何かを決めるとき、その気持ちが私には痛いほどわかる。
痛いほど。
誰かを助けるとき、誰かを裏切るとき、身を切る言葉を吐いたとき、手を握ったとき。
そんな人たちの気持ちが、痛いほどわかる。
だから、神様の気持ちも、よくわかるんだ。
どれだけ彼女を想っていたか。
どれだけ彼女の幸せを願っていたか。
仕方ないなあ。
助けてあげよう。
姉か妹かは知らないけれど、私の姉妹らしいから。
私が本当に消えてしまうまで、彼女を守ってあげる。




