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machine head  作者: 伊勢 周
3章 ようこそ、アーセナルへ
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アーセナルへようこそ


 人里から離れた山中にあるスワロウ基地の入り口は、幅広い門には機械式の柵状ゲートが複数設置されており、それを管理する武装した守衛が複数名常駐して目を光らせている。

 入場門以外には高い塀が敷地を囲っており、これでもかと言うほど監視カメラがあちこちに並べられている。

 宗助が以前にアーセナルに来た時は、深夜であり疲労困憊だった為、殆ど外観に対しての印象が残っていないが、改めて日中に訪れ目にしたその佇まいに、ただただ圧倒され肩をちぢこませていた。

 そんな、ものものしい雰囲気の建物に入っていくのがかわいらしい赤いコンパクトカーというのも、ハタから見ればさぞミスマッチで滑稽であろう。


 桜庭がIDカードをドライブスルーの機械にかざすと、ゆっくりとゲートが開き、『隊員情報を確認しました、どうぞお通り下さい』という機械的なアナウンスが流れた。


「……生方君、もしかしてびびってる?」


 宗助が発する言葉数が露骨に減り始めた事で、桜庭はそんな雰囲気を感じ取ったようだ。


「いえ、そんな……」

「ならいいけどさ。あ、でも気をつけてね。不審な動きすると即射殺されちゃうから。スイカ割りみたいに頭パーン! って。今もどこかから照準合わせられてるかもねー。この車そこそこ新車だからシート汚さないでね」


 彼女がニッコリと笑いながらかなり恐いことを言うものだから、宗助の顔は青ざめる。桜庭は機嫌よさげにゆっくりとアクセルを踏み、基地の内部に車を進めていく。


 門を抜けると暫くはまた道が続く。基地と一口で言っても、さまざまな部門や建設物が設けられており、幾つかの例を挙げれば、隊員の住まいやリフレッシュルーム、航空・陸上・海上部隊のそれぞれの部隊舎、指示を発令する本部、そして稲葉隊長が率いる少数精鋭の特殊能力チームスワロウの隊舎などである。


「あの、桜庭さん、さっきの話、本当なんですか……?」


 宗助がおそるおそるといった様子で尋ねた。

 嘘でありますように、本当でありませんようにと、それらの願いは言葉にされずとも、宗助の表情が如実に語っていた。


「ん? さっきの話って?」

「いや、射殺がどうたらって、くだりのとこなんですけど……」


 宗助のその言葉を聴いたとたん、小春は数秒間黙った後に、壊れた目覚まし時計のように盛大に笑い始めた。


「あははははははは! あははっ、ははははっ!」

「な、何がおかしいんですか!」


 心外だ、と宗助はその笑い声に抗議した。彼は至って真面目であったつもりだったのに、それを笑われたとあっては、抗議のひとつでもしたくなるものだろう。


「さっきのそれね、嘘よ、嘘。真に受けちゃってたんだ! あははははっ! 生方君かわいー! あははははは!」

「わ、笑いすぎです! そりゃ隊の人にそう言われたら信じるでしょう!」

「だって、あんまりにも顔が真剣だったんだもん! あはははは! へそで茶をわかせちゃうよー今ならー!」


 小春は目元に涙を浮かべながらなおも笑い続け、一方騙された宗助は当然面白いはずもなく、憮然とした表情で笑い声を甘んじて受け入れ続けた。


「いやー、よかったよかった。スルーされたから、滑っちゃったかなって思ってたんだけど、そうかそうか、私の事を信じてくれていたんだね、くっくっく……信じすぎてスルーしちゃったわけね……フフフ……」


 宗助はうんざりした顔で窓の外を見つめている。いつまでも笑いものにされるのも辛いが、全く余裕の無い自分に自己嫌悪を感じていたのもある。桜庭に対して「……もういいでしょ……」と弱々しい口調で抗議を吐くことしか出来ない。


「わかったわかった、拗ねないでよ。ごめんって! ほら、我らの基地が見えたよ!」


 宗助はこれで三度目となる、そしてこれから何度も出入りすることになるであろう基地を目にして、霧散していた緊張感がまたしても甦っていった。


「これが……」

「そ、これがアーセナル。聞いて驚け、世界中に数多くあるスワロウ基地の中でもここが最大規模を誇っているのだ!」

「へぇ……。子供の頃から山の上に何か基地みたいなのがあるのは知っていたけど……」

「まぁ、日本っていう国単独の所有物ではないから、あんまり大っぴらに公表してないんだよ」


 巨大な建造物を前に、ただただ、新しい環境への緊張感と不安に押しつぶされそうになっていた。そんな彼の心を見透かしていたのか、


「まぁ~そんながちがちにならなくたって大丈夫。優しい人はそこそこ多いし、今日ずっと一緒に居て、生方君ならきっとうまくやれるって思ったよ」

「はい、ありがとうございます」

「うん。絶対に死なない程度でがんばるんだよ」

「し……。はは……」


 先程は冗談だったのだろうが、今回のそれはきっと冗談ではないのだろうと、手の中に少しだけ汗がにじんだ。


          *


 午後三時半少し過ぎ。

 基地の駐車スペースに到着した二人は車から降り、隊員通用口から内部へと進む。電子ロックを開錠して自動扉を抜けると、大きなロビーに出た。まず宗助が驚いたのが、まるで高級ホテルのような高い天井であった。そしてロビーを中心として四方八方に伸びる通路やエスカレーター。いたるところに案内板が設置されており、それらを見上げながら、慣れるまではしばらくこの案内板にお世話になりそうだな、と思った。


「とりあえず、まずは君が生活することになる寮の部屋に案内するから、ついてきて」


 桜庭の背中を追って、沢山の通路の中の一つを進んでいく。オレンジ色の案内板に「生活区域《living area》」と書かれていた。


 初めて運び込まれた際あれだけ「二度と来るものか」と思っていたこの場所に、今は自分自身の意思で基地の奥へと進んでいる。その事実に開き直りにも近い清々しい気持ちと、大きな緊張感に包まれながら、長い廊下を進んでいく。


「基地は広くて最初は迷ったりするかもしれないけど、見ての通り案内ボードや端末があちこちにあるから暫くはソレ見てなんとかしてね。あと、今後の予定だとか隊の規則、その他知っておいてもらうことはまた明日の説明会でやるから、今日はまぁ目立ってする事はないね」


 長いエスカレーターを登りきり、両壁全体が窓になっている渡り廊下を歩くと、『男子隊員寮』と書かれた案内板が壁に貼られていた。先へ進むと、扉がいくつも並ぶ廊下にたどり着いた。その扉一つ一つにプレートがついており、それぞれ部屋の主の名前が記されてある。扉の対面側はベランダになっており、そこから中庭を見下ろすことができた。広い中庭を眺めている宗助に、桜庭が声をかける。


「君の部屋は、もうちょい奥なんだ」


 隊員寮は大きく、入り口から一分ほど歩いた所でようやく生方と書かれたプレートが貼られた扉が目に入った。既に名前プレートを準備されていたようだ。


「ここだ。この部屋こそが、今日から生方君の寝床になる部屋だっ! さあさ、これがキー。心して扉を開けたまえ!」


 受け取った鍵を鍵穴に差し込み、半回転させると解錠音が鳴った。続いてギッと、扉が開く音がした。ただし開いたのは隣室の扉で、中から一人の男性が出てきた。

 背は宗助よりもやや低く、優しい顔つきにサラサラした髪。その男は、桜庭と宗助に気付くとニコニコと邪気の感じられない笑顔を見せる。


「おや、桜庭さん。と、あなたが、生方さんですね」

白神しらかみ君。今日非番だっけ。どこか行くの?」

「やだなぁ、変なこと訊かないで下さいよ。生方さん。悪いけどまた後でゆっくり話しましょう。それでは失礼します」


 白神と呼ばれた男性は二人にさわやかな笑顔をふりまいて、そのまま宗助たちが通って来た道を歩んでいった。


「……私、今なんか変なこと訊いたかな?」

「……いえ、特にそういう風には」

「……。……うん、まぁ、白神君は結構謎だからね。いちいち気にしてたら日暮れちゃう。さぁさぁ、入った入ったぁ!」


 小春が宗助の背中をぱんぱんと叩いて急かす。押されるままに扉を開き、中に入った。


「うわ、広……」


 これが、部屋内部を見た宗助の第一声である。そんな感嘆の声を上げてしまうのも無理は無く、「寮」という物がそもそも狭いというイメージが先行していたのもあるが、そこは彼の自宅の自室をゆうに超える広さで、四人は充分寝泊りできてしまいそうな程である。いちいち個人の寮にこれだけのスペースを取っているのでは、廊下があれだけ長くなってしまうのも納得できる。


「おー、その反応いいねぇ。でも堪能するのは後にして、荷物置いたら次行くよ、次!」

「え、今日は特にすることないって……」

「それとこれとは話が別っ。さぁさ、こりゃあ先輩命令だからさっさと荷物を置いて~」


 宗助は腕をがっしり掴まれて、ほぼ引きずられるようにして部屋を後にした。



          *



 ひっぱられて宗助がやってきたのは、以前岬がすさまじい道間違いをした結果に辿り着いたあの食堂だった。


「ふー、ついたついたー!」

「……食堂? もう夕食ですか?」


 宗助は頭に浮かんだ疑問を桜庭にぶつけたが、彼女は困惑した様子の後輩の様子もお構いなしに両開き式の扉の取っ手に両手を添える。


「いやいや、それは開けての、……お楽しみだっ!」


 そして彼女の両腕が、勢いよく扉を左右に開け放った。

 パァン、パァンパァン、と空気が弾ける乾いた音が食堂にこだました。パーティークラッカーの音だ。


「みんなっ、久々の新人! 生方宗助君をお連れしたぞ!」


 と桜庭が叫ぶと、続いて浴びせられる複数人の「ようこそ」という類の歓迎の声。

 宗助はあっけにとられた様子で立ち尽くしている。そう、食堂には不破や千咲、岬などの面識のある人や、面識の無い人――筋骨隆々の中年髭男性から妙齢の女性まで――も、目視で見積もっても二○人以上が新入隊員をそこで待ち構えていたのだ。

 予想外の展開で未だに状況が把握できず目を丸くしている宗助に、さらに畳み掛けるようにそれぞれが宗助に歓迎の言葉を浴びせる。


「宗助、いつまで入口で突っ立ってんだよ。中に入れ中に!」


 不破に野次られ、そして桜庭に背中を押され、食堂に足を踏み入れた。幾つも並べられたテーブルの上には大量のケータリングや巨大な桶に入った寿司が並べられている。


「やっぱ引越し祝いは寿司かなって思ってな、いいところの寿司買って来たから、ちょっと晩飯にしちゃ早いが、今日は食堂貸切って無礼講ってやつだ」


「……これって引っ越し祝いだっけ……?」と、千咲が納得のいっていない様子で顎に手を当てていた。岬も苦笑いで「歓迎会だよね」と訂正をいれた。


 基地が色々とごたついているというのは、この準備をしていてくれたが為の事なんだろうか……と、そんな想像に至った。だが、その事よりもなによりもただ、宗助の頭の中の常識が今一つ、音を立てて崩れ去ってしまった。


「ここ、は、本当に特殊部隊の基地……?」


 ガヤガヤと収まらない喧騒の中、宗助が一言、ポツリと呟いた。





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