決意表明
宗助と桜庭は海に来ていた。
四月下旬の比較的温暖な時期に差し掛かったとはいえ、浜辺は冷たい海風が砂を転がしている。しかし桜庭はそれをものともせず、靴を脱ぎ、スキニージーパンの裾を無理やりめくり上げて波打ち際できゃーきゃーと一人で騒いでいる。
「生方君もおいでよー! 冷たくて気持ちいいよ!」
「タオル持ってないんで遠慮しときますー」
「タオルくらい貸してあげるのにー」
宗助は宗助で、石を拾って海に投げ込んでいる。弓のようにしなる右腕から投擲された石は、穏やかな海面に幾つかの波紋を作りながら、少し遠くの沖に沈んでいった。遠浅で波が穏やかだから出来る芸当である。
その姿は「一体自分は何をしているんだろう」「数日前、涙を流しながら誓った決意はなんだったのだろう」と冷めそうな心を必死で温めようとしているようであった。
「おぉ、上手」
桜庭は石投げに興味をそそられたのか浜辺で適当な石を探し始める。宗助は、彼女に感づかれないようにため息を吐く。
しばらくの間、二人は並んで石を投げ続けた。石がなくなれば付近の石を探す。それの繰り返し。
「ありゃあ、やっぱ、うまくいかないや。なんでそんな上手にいくの?」
桜庭はどうも運動が得意なタイプではないらしく、ぎこちない動きで石を海に投げつけては、海に沈んでいくソレを苛立たしげに見送っていた。
(この人はマシンヘッドと戦う人じゃないのかな)
とてもじゃないがこの運動神経では戦えまいと考えながら、宗助もまたひとつ低い姿勢で石を放り投げた。石は海の上を滑るように渡っていく。
「コツがあるんですよ、コツが」
「コツ、教えてよー!」
「手首をこう、ヒュッとするんですよ、ヒュッと。スナップ」
宗助は海をまっすぐ見つめながら、もう一度水切りをやってみせる。
「……そんなのじゃわかんない」
「ではご自分でコツを見つけてください」
「いぢわる!」
二人のやり取りを傍から見ていればおそらく、どっちが年上で先輩なのか疑いたくなるだろう。宗助自身も彼女の言動の幼さに、まるで妹と接しているかのような錯覚すら覚えていた。
「……どうやら、私を見くびっているようだね、生方君。私だってね、高校時代体育のソフトボールでヒット打ったことあるんだから! これくらい!」
「……ははは」
水きり続行。相変わらず桜庭の投げた石は海にダイレクトに吸い込まれていくのだが……二人は石を投げつつ、それぞれ海に向かったまま会話を交わす。
「生方君はさー」
「はい」
「ウチに入隊するのって恐くない?」
「少し……いや、正直かなり恐いです」
「だよねー。いきなり人類の敵が現れて、特殊部隊に入隊だもんね………よっ! ……あらら。もういっちょ!」
またしても水切りがうまくいかず、小春は足元に集め溜めた石に手を伸ばす。
「……でも、誰かが闘わないといけないんですよね」
「うん。そだね。辛い事にその通り」
「闘わないと、自分や、家族や、友達だって襲われるかもしれないと思って」
「それもそう。いやぁ、かっこいいね、生方君。こないだボッコボコにされたばっかりなのに、よく立ち向かおうって気になれるよ。私なら絶対無理。迎えに来ておいてなんだけどさ」
「いえ。むしろ、ボッコボコにされたから、色々と事の深刻さがわかりました」
「なるほど。そういう考え方もあるのか……」
小春は投げる手を止めて、宗助の言葉に納得したような顔を見せる。
「ま、私は司令部だから……。前線で闘う人に周囲の状況を教えたり指示を伝達するしかできないからね。オペレーターってやつ。肩書きはかっこいいんだけど実際は地味だ。でもやりがいはあるんだよ」
宗助は彼女の事を「とても純粋な人なのだろうな」と感じた。ありのままを受け止めて、努力できる人なのだろうなと。そして「こんな人が居るのなら、自分もなんとかやっていけそうだ」と思った。
「なんか悩み事とかさ、辛い事があったら、よかったらなんでも相談してよね。なんたって私は先輩だからね!」
そういって桜庭は、親指を立ててニッと笑って見せた。
「はい、その時はお世話になります。今日は先輩の話ばっかり聞いてましたけどね」
宗助は皮肉っぽくそう返した。
「う……。でもさ、沢山自分の事を話してもらえるのって、なんだか心を開いてもらっているみたいでちょっと嬉しくならない? 私はそう思うから、初対面の人でも、まずは自分の事を打ち明けてみるんだ」
「そりゃあ初対面の人にいきなりなんでもかんでも語り明かされたら、少し引く…………人もいるかも」
「あれれ。そうかなー。……おりゃっ!」
もう何度目だろうか。桜庭のサイドスローから出された石は、二度、三度海面で跳ねてそのまま沖で沈んでいった。水切り成功だ。
「おおー」
「見た!? 今の見たよね生方君!」
「見ましたよ。うまくいきましたね」
「確かに、手首ヒュッだね。手首ヒュッ!」
彼女は自慢げに、手首のスナップを何度もグネグネ動かす動作を見せた。
「どれ、もういっちょう」
桜庭が次なる石を拾おうとした、そのとき。少し離れたベンチに置かれた彼女の鞄から携帯電話の着信音が鳴り響いた。今時の、流行のポップソングである。
「電話鳴ってますよ」
「うん。誰だろ、不破さんかな。あ、えりりんか」
小春は携帯電話を取り出し、応答する。
「もしもし、こちら桜庭。……うん、うん。あ、そうなんだ、お疲れ様。今は八島海岸。なんでって、適当にドライブしてて。それじゃあ今から戻ったらちょうどいいくらいかな。……はい。じゃあ戻ります。ありがとー。じゃあまた後でね。はいはーい」
ほんの一分ほどで通話は終わり、電話を鞄にしまうと、その鞄を肩にかけて宗助の方へと向き直った。
「という訳で生方君。ようやく君を基地に案内する時が訪れたようだ! 野郎共、車にのりこめー!」
桜庭は車に向かって砂浜を一目散に駆け出し、宗助も彼女の背中を追って駆け出した。




