桜庭小春
「ところで、いきなりだけどさ、君、お昼ご飯食べた?」
「いえ、まだ何も」
「そうかそうか、それじゃあ先輩が早速お昼ご飯をごちそうしてあげよう。飲食街はあっちだったよね!」
宗助の返事を待たずに、彼女は意気揚々と飲食店が連なる方角へ歩いていく。
「えぇ、いやいや悪いですよそんな」
「いいからいいから。男なら遠慮しない! 何が食べたいか言って御覧なさい!」
「……何かと言われれば、うどんとか麺類が、気分かな、と……」
「よし、じゃあうどんに決定! 私もなんだかうどんの気分だったんだよね! いやー我々、気が合うねぇ!」
「あぁ、いや、ちょっと!」
結局、宗助は彼女の勢いに流されるまま、うどん屋で昼食を共にしたのだった。
ちなみに宗助は、食前、食事中、食後とひたすら彼女のおしゃべりを聞き続けていた。彼女にラジオ番組をやらせれば週五回二時間放送しても話題が尽きないだろうなとか、よくもまぁ出会ったばかりの人間にここまで絶えず話を続けられるものだな、と感心すらしていた。
(まぁ、沈黙しっぱなしってのよりは、居心地は良いけど)
もしかしたらこの人なりの自分への気遣いなのだろうか、などと少し深読みまでしたところで、そろそろ店員の目が厳しいということで二人は店を出た。
「ごちそうさまです、えっと、桜庭さん」
「どういたしまして。いや〜、美味しかった。このお店チェックしとこ」
そう言うと小春は、自分の手帳に店のレシートを貼り付けた。彼女の習慣なのか趣味なのか、かわいらしい手帳のフリーページには、それ以外にもいくつかレシートやらチケットが貼られているのが見えた。
彼女は手帳をパタンと閉じると、宗助に向き直る。
「じゃあ、おなかも膨れて、親睦も深まったところで……」
(――いよいよ、基地に向かうのか)
「次、どっかいきたいところある?」
意表を突かれた宗助の膝は力が抜けてガクンと折れ曲がる。
「……その、基地には行かないんですか……?」
「そりゃあ、最終的にはそうなるけどさ……その、まだそういう時間じゃないっていうかね、そんな感じ」
「……じゃあなんで正午に待ち合わせにしたんですか?」
図らずとも少し低く重い声で、咎めるような声で質問をぶつける。
「それはねぇ……諸事情があって……。あ、もしかして、怒らせちゃった……?」
「いえ……別に」
桜庭は少し及び腰で、自分よりも頭ひとつ高い宗助の顔を、不安そうに見上げる。
宗助はその返事の通り怒っていない。怒ってはいないのだが、少しイラっときたのは確かだった。どれだけ気合を入れて今日という日を迎え、この場所に来たのか、きっと理解されていないのだろうな、と。
「あのね、ちょっと今、基地の中がごたごたしてるっていうか、予定よりも、うん、色々とあってね、直前で待ち合わせ時刻をずらすのも申し訳ないしさ、暫くどこかで時間つぶしといてって言われちゃってて……。謝ってばっかりだけど、ごめんね」
小春の言い分は、その凄まじい曖昧さ加減によりほとんど宗助に伝わらなかっま。
伝わったことといえば、暫く時間をつぶさなければならないという事だけだ。しかし、その人懐っこそうで困ったような笑顔を見せられて、初対面の年上女性に悪態をつくのも彼の中のモラルに反しており……。
無理矢理基地に乗り込む訳にもいかないしで、おとなしく彼女に従うという選択肢しか彼には残されていなかった。
「今は一時過ぎか……四時までにはって言ってたから……。そうだね、とりあえず、のんびりその辺ドライブでもしよっか」
桜庭はそう言って、にへらと笑った。
駅の近くの有料駐車場に停めていた赤いコンパクトカーが彼女の愛車。駐車料金を精算している彼女に言われるがまま助手席に乗り、出発を待つ。
彼女は精算機横の自販機でお茶を二本買い、片方を宗助に渡して運転席に座った。キーを差込み、エンジンをかけ、出発。
「生方君は運転免許持ってたっけ?」
「いえ、ついこないだまで受験勉強だったもんで」
「あ、そっか。なるほど、受験ねぇ。懐かしい響きだねぇ。運転は楽しいよー。しばらくしたらスワロウ負担で免許とらせてくれると思うけど」
受験を懐かしいと言うなら彼女はいったい何歳なのだろうか、と考えてしまう。宗助には、童顔の彼女が同じ年頃にしか見えなかった。
(いや、女性の年齢を無暗に詮索するもんじゃないな……)
運転する彼女の横顔をちらりと見ながらそんなことを考えていると、桜庭が前を見つつ助手席に声をかける。
「生方君はさー」
「は、はい?」
「……? なにどもってんのさ。隊長と不破さんと千咲ちゃんと岬ちゃんと、あと平山先生くらいしか会ってないんだっけ」
「はい。そうですね」
「どうだった?」
主語のない質問に、宗助はぽかんとしてしまう。
「……と、言いますと……?」
「ずばり、千咲ちゃんと岬ちゃん、どっちが好み!?」
「は、はぁ……?」
桜庭小春はこの手の話が大好物である。若い男女の新しい出会いに、色々と勝手な妄想を膨らませて、現実の思考にも影響を及ぼしてしまったらしい。
「かわいい反応するねぇ、生方君。フフフ、しかし覚えておくといい、あの二人の人気は、隊内の若い男性陣の間ではなかなかすごいものがあるのよ……! 岬ちゃん派と千咲ちゃん派それぞれね。えぇ、そうよね、二人とも十代で若くて、かわいいもんね、フフフ……何故だろう、自分で言っててなんだかちょっと気分が重たくなってきたわ……!」
桜庭は闇のオーラをまとった怪しい微笑みを浮かべ、湧き上がる若さへの嫉妬パワーで、車のハンドルをぎりぎりときつく握り締める。
宗助は彼女に対して何かフォローをした方が良いかと考えたが自重した。実際、ここで「桜庭さんも充分若く見える」なんて軽々しく言おう物なら、彼女は憐れみ・同情を受けたと感じ取り、まさに火に油の状態になっていたかもしれない。
宗助は特に何も言わず(圧倒されていただけだが)そのまま様子を見ていた。気になるのは引き続き、彼女はいったい何歳なのだろうかということである。
「あぁ、失礼、ちょっと取り乱しちゃった。それでね、まぁアイドルみたいに『見てるだけで癒されるー』って連中もいれば、なんとか口説こうとする不埒な奴もちらほら現れたりね。まぁ、二人共どこ吹く風って感じなんだけど……。そうそう、そんで、そんな二人と出会った生方君はどっちが好みなのかなーってね。私の純粋な好奇心がね」
「な、なるほど……」
「さあさあ、おとなしくYOU吐いちゃいなよぉ!」
「いやぁ、……どっちが良いとか言われても、会って三日しか経ってませんし、何度も死にかけてそれどころじゃなかったっていうか……。なので、何とも答えられないです……」
宗助が照れくさそうにそう締めると、桜庭はポツリとつぶやいた。
「……ハーレム」
「はい?」
そして、くわっと眼を見開いて助手席の宗助を見る。
「ハーレムか!? 君はもしかしてハーレムを目指しているのか!? 曖昧で思わせぶりな態度で、年が殆ど変わらない事から生まれる親近感を利用し、うまいこと事を運んで、どっちもキープしようとか、ラブコメ漫画とかラノベみたいな世界を構築したいとかゲスい事を考えているのかぁッ?!」
「ラブコメって、なんでそうなるんですか!!」
予想の斜め上を行く答えに、そう突っ込むことしかできない。くりくりとした彼女の瞳は、至って真剣だった。
「残念ながらねぇ、現実の女はねぇ! そんなホイホイとねぇ! 簡単にコロッとうまくいかねぇからな! 覚悟しろっ!」
「わかりましたから前向いてくださいっ! 運転を!」
でこぼこコンビの珍道中は続く。




