表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/14

第3話 衝撃の真実!

 昨夜の予告通りにお母さんたちは本当に海外旅行に行っちゃうらしい。

 今日はお母さんが来る代わりに宅配便が届いた。しかも中味はぜんぶ育児本! 自分が来れないからその代わりのつもりなんだろう。

(やっぱ納得できないっ!)

 文句言ってやろうと電話した時、お母さんたちは既に成田空港だった。

「ね、お母さん! どういうつもり? マニュアル読んでガンバレってこと?」

『そうよ。美央ならできるわよ』

「本だけ渡して後は自力でやれって……ちょっと無責任すぎない?」

『あら。美央の場合、誰かにごちゃごちゃ指図されるよりは良いんじゃない?』

「う……」

 さすがにお母さんはアタシの性格をよく分かってる。アタシの場合、誰かに命令されたりダメ出しされると途端にやる気を失くしてしまう。たとえば自分で決めたことが間違ってる時なんかに直接「それは違うよ」と言われるよりは、さりげなくそれに気付かせてくれる方が素直になれるタイプだから。

『それにね。仕方ないのよ。これ以上、私が干渉すると契約違反になっちゃうから』

「契約違反? そんなこと書いてあったっけ?」

 中味なんてろくすっぽ読んでない。ていうか読む前に鼻血でちゃったし。

『子育ては契約者とそのパートナーの2人で行わなければならない。ただし最初の3日間は除くって項目があるのよ』

「そんなの聞いてないよ~」

 全身から力が抜けてくような気がした。

『美央なら大丈夫よ。それじゃ子育てがんばってね。チャオ~』

「は!?」

(な、何が「チャオ~」よ。メチャメチャ楽しそうじゃん!)

 電話を切った後もしばらくムカムカして昨日までの感謝の気持ちなんて完全にどっかに行っちゃったよ。

(空のお世話だけじゃなくって洗濯や掃除もひとりでやるんだよね……)

 そう考えると憂うつになってきた。

 アタシがキッチンで途方に暮れていると空とケン兄ちゃんが散歩から帰ってきた。

「ただいま~」と、ケン兄ちゃんが空を抱っこしながら入ってくる。

 空はずいぶん機嫌がいい様子。ベビーカーで外に連れて行ってもらったのが嬉しかったみたい。アタシのお膝に乗せてあげると空は「あ~」とかわいい声を出す。

(そっか。感情が芽生えてきたんだなぁ)

 昨日あたりから空は笑顔をみせるようになった。最初は寝てる顔か泣き顔だけだったのに。きっと赤ちゃんってこういう風に少しずつ色んな感情を覚えていくんだなぁ。

(赤ちゃんておもしろい……)

 空の笑った顔。それだけが救いかも。

(この笑顔があれば何とか頑張れるかな。アタシ……)

 ケン兄ちゃんがビールで一息つきながら報告する。

「そういやさ。隣、引っ越してきたみたいだよ」

「そう」

「665号室。さっき部屋の前通ったら引越し屋が引き上げるとこだったよ」

「ふ~ん」

 隣に誰が引っ越してきたかなんて大して興味もないのでアタシは適当に話を合わせる。今はそれどころじゃないし空の笑顔にいやされながら自分を励ましてるところだから。

 しばらく空の相手をしてるとインタフォンが鳴った。

(ん? 誰か来た?) 

 ここのマンションはテレビ機能付きのインタフォンを使っているのでキッチンの親機で玄関に来た人の映像を見れる。

「お母さんじゃないよね」

 とりあえず空を抱っこしたまま親機の画像を確認する。

「あれ?」

(外人だ。って……東南アジア系?) 

 画像が綺麗なので訪問者の顔つきまではっきり識別できる。

「コニチワー。ハマドデース」

「アシムデース」

(カタコトの日本語? 思いっきり怪しい……何者?) 

「隣ガ、引ッ越シテ来マスタ~」

「アイサツ、来ターッ!」

 妙にハイテンションの外国人たちにアタシがドン引きしてるとケン兄ちゃんが画像を覗き込んで言う。

「あ、お隣さんだ」

「ええっ? お隣って外人さんなの?」

「そうだよ。665号室」

 そういうことなら仕方ない。3人で玄関に向かう。


 ドアを開けると外国人の2人組がニヤニヤしながら立っていた。2人ともブカブカのジーンズにすごく変な色のTシャツ。そんなTシャツ「どこで売ってるの?」というか「自分で染めたの?」というレベル。

(名前は……確か背の高いひげ面の方が『ハマコー』だっけ?)

 背の高い方が口を開く。

「兄ノ『ハマド』デスヨ~『パキスタン』カラ、来マスタ」

(ああ、ハマコーじゃなくてハマド、ね)

「僕ハ『アシム』デス。デモ、鉄腕ジャナイヨ~! ハハハハ」

(テツワン? 意味わかんない)

 アタシが首を傾げてるとケン兄ちゃんがひと呼吸おいて急に笑い出した。

「ははは。なるほどね。鉄腕アシム。ははは」

(ケン兄ちゃんてばなに馴染んじゃってるの?)

 ケン兄ちゃんはすっかりこの2人に気を許したみたいで笑顔であいさつする。

「自分は白石健太といいます。この家の主です」

(はぁ? 誰がアルジだってぇ? ぜんぜん働かないくせに!)

「で、こっちが妻の美央です」

(な、な、何ぃ~! 何、勝手な紹介してんの? 信じらんない!) 

 互いに自己紹介が終わったところでハマドが両手で持っていた「うつわ」のようなものを差し出した。

「引越ソバ、デス」

(ラーメン? しかもチャーシューどっちゃりだし……)

 アタシは思いっきり顔をしかめてやった。

 するとアシムが眉をひそめる。

「ホラ、ヤッパリ『引越しソバ』ハ『ラーメン』ジャナイヨ! マッタク『ハヌケ』ダネ~、兄チャンハ」

「タ、タレガ『歯抜ケ』ダヨ! オ前コソ『モヌケ』ノクセニ!」

 ここでケンカしないでよね。『歯抜け』だか『もぬけ』だか知らないけど。

(変なのが越してきちゃったなぁ)

 兄弟喧嘩を始めた2人を見てケン兄ちゃんはトホホという顔でハマドからラーメンのどんぶりを受け取る。

「いや。ま、せっかくだから頂くよ」

 東南アジア系の外人さんとお話するのは初めて。ちょっと緊張するけど、でもまあ基本は悪い人たちではないんだと思う。こうやって律儀に挨拶に来てるんだし…。

 そこでちらっと空の顔をみる。

(空は怖がってないかな?)

 けど、そんな心配は不要だったみたい。赤ちゃんって人見知りするって聞いたけど空はハマドとアシムの顔を見上げて笑ってる! 逆に赤ちゃんだから外人でも関係ないのかも。

 ハマドが大げさに両手を広げておどける。

「ワォ! ボク達見テ笑ッテルヨ! カワイイ赤チャンデスネ~」

 負けじとアシムも空のご機嫌を取ろうと両手で自分の顔を隠して……

「イナイ、イナイ……ババァ!」

(ババア?)

 どこで教わったか知らないけど間違ってるし。いくらなんでも『婆あ』はないでしょ…。

 それにしても家を出るとこういう付き合いもしなくちゃならないんだなあ。でもまあ面白いお隣さんで良かった。おかげでアタシもすこし明るい気持ちになれたみたい。


  *  *  *


 

 空がお昼寝してる間に友達とメールをやりとりしていたらミチカに「赤ちゃんの写真送って」ってリクエストされた。アタシは携帯に保存してあった写真の中で空が笑ってる顔を選んでメールで送った。するとしばらくしてミチカから電話が入る。

『美央~。赤ちゃんの写真って言ったでしょ。お部屋の写真送ってきてどうすんのよ~』

「あれ? アタシ間違えてた? ゴメン。すぐ送り直す」

(おかしいなあ。ちゃんと送ったつもりだったのになあ)

 どうせならアタシと2人で写ってる写真にしようと思って今度は慎重に携帯を操作する。

「これでよしっと」

(ミチカどんな顔するかな。空ってば超かわいいから。驚くだろ~な)

 そんなことを考えながら洗濯物を取り込もうと立ち上がった時、またミチカから電話。

「もしもしミチカ? どう? かわいいでしょ!」

『ちょっと美央~ また間違えてるよ~』

「……え? ちゃんと確認したけど」

『自分しか映ってないじゃん!』

(そ、そんな!?)

 ミチカの言葉に絶句。血の気が引いていくのが自分でも分かった。

(嘘でしょ……どういうこと?)

『どうしたの美央? だいじょうぶ?』

「ん……うん。平気だよ。た、たぶん携帯の調子が良くないんだね」

『マジで? だったら新しいの買えば?』

「そ、そうだね。そうする。そ、それじゃまたね」

 辛うじて平静を保って震える指で携帯を切る。

(何で? 何で? どうして?)

 頭が混乱してきた。アタシは確かに…。

『他言無用と断ったはずだ』

 背後で誰かの声がしてアタシは「ひっ!」と飛び上がった。

「誰!?」

 声のした方向に目を向けると……やっぱり!

『無駄なことを』

 そう言ってじっとアタシを見る黒ずくめの男。あの悪魔のように美しい依頼主だ。

「い、いつの間に? ってか、む、無駄って何が?」

 アタシが動揺しながらたずねると依頼主は腕組みしながら答えた。

『この子の写真を送ったようだが、それが無駄な行為だと言っている』

(な、何でそれを知ってるの? この人いったい……)

 恐る恐るきいてみることにした。

「何でこの子が写真に写らないのか理由を知ってるの?」

 すると美しき依頼主はあきれたような口調でこう言った。

『当たり前だ。何しろ我々は悪魔だからな』 

 その言葉に自分の耳を疑った。

 今、何て言いました? 『アクマ』? 何の冗談? てかマジ笑えないんですけど……

(ああ。夢か。夢なんだ。これって)

 そう思ってホッペをつねろうとすると、それより先に頭にガツン! ときた。

「痛っ!」

 頭のてっぺんに鋭い痛み。で、痛みに混じって重み?

(何か乗ってる?)

 何だろうと思って頭に手を伸ばすと…。

(リンゴ!?)

 なんとアタシの頭の上に乗ってたのは赤いリンゴだった!

 悪魔と名乗った美しき依頼主は得意げに言う。

『どうだ? 夢ではないだろう』

(何で突然リンゴ? これって、もちろん……)

『言っておくが手品ではないぞ』

「え?」

(この人やっぱり……アタシの心が読めるんだ!)

 それは間違いない。今のやりとり。それに前に会った時もこんなことがあった。

『お察しの通り、私にはお前の考えていることが理解できる』

(ほ、本物……)

 悪魔って空想の生き物じゃないんだ。幽霊とかネッシーとか…。

『失敬な。そんなつまらないモノと一緒にするな』

 そう言って悪魔の依頼主はアタシを睨んだ。やっぱり読まれてる。

(これは信じるしかない!?)

 でも、なんか納得できない。目の前の悪魔はアタシのイメージとはだいぶ違う。だって悪魔って……

「そのぅ……悪魔ってもっとツノとか牙とかこうゴチャゴチャって感じで……」

『それはお前たち人間が勝手に創ったイメージだろう』

 アタシの中で悪魔はもっとブサイクでギザギザなイメージなんだけどなぁ。こんなにキレイなはずがないと思うけど。

 悪魔の依頼人主はアタシの考えを読み取ってバカにしたように言う。

『悪魔が美しいのは当たり前だ』

(やっぱアタシの考えてることは筒抜けなワケね……)

『そうでなければお前たち人間を誘惑できないだろう?』

 そう言って悪魔の依頼主はニヤリと笑った。

「確かに……」

 妙に納得。

『最も悪魔をどうしても悪役に仕立てたい連中にとっては認めたくない事実だろうが』

 依頼主の説明を聞いているとなんとなく分かるような気もする。たぶん悪魔が醜いっていうのは神様とか天使とかしか信じない人がわざと広めた考え方なのかもしれない。だとすると案外この依頼主が言ってることの方がホントなのかも。

(でも待って。この人が悪魔ってことは……? まさか!) 

「ね、ってことは『空』は? 空も悪魔、なの?」

『勿論だ。その子は悪魔の血を引いている』

「だから成長が早いの?」

『そういうことになる』

「ウチに来てまだ4日目だけど……毎日大きくなってるんですけど」

『正確に言えばお前たち人間の66.6倍の早さで成長する』

 悪魔の依頼主の説明では人間界と魔界では時間の流れが違う。なので、空は1日で人間の66.6倍、つまり2ヵ月分以上の成長をするらしい。

(だから空は毎日大きくなるんだ……)

 その時、急に小さくなってしまった肌着を思い出した。

(てことは服もいっぱい買い替えないといけないんだなあ。やれやれ)

 アタシがそんな事を考えていると美しき悪魔の依頼主は、(もう行かないと)という風に肩をすくめた。

『それでは引き続き頼んだぞ』

「あの……せっかく来たのに会っていかないの?」

『必要ない。いつも見ている』

「いつも?」

 アタシがぽかんとしてると悪魔の依頼主はくるりと背を向けた。そして何か思い出したように振り返る。

『ああ。ひとつ言い忘れていた』

「?」

『なかなか良い名前だ』

「ああ、空の名前……よかった」

 名前、気に入ってもらえたみたい。けど依頼主は去り際に一言。

『思いつきでつけたにしてはな』

(……やっぱバレてるか)

 悪魔の依頼主はそのまま帰ろうとする。

(他になんか聞いとくべき事って無かったっけ?)

 アタシがそう思う間にもさっさと部屋を出て行く依頼主。

 依頼主は音もなく廊下を進みまっすぐに玄関に向かう。するとドアがひとりでに開いて、依頼主はあっという間に外へ消えていった。

(ふうん。悪魔でも玄関通るんだ。幽霊みたく出たり消えたりするわけじゃないのね)

 なんて妙に感心しながらひとりでに閉まるドアを見つめる。そして、今頃気付いた。

(靴! 靴は?)

 ひょっとして最初から履いてた? ような気がする。けど廊下とか床とか汚れてないし足音も…。

(やっぱ、悪魔なのね……はぁ)

 なんかドッと疲れがわいてきたんですけど。……はぁ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ