初詣 〈番外編〉
二学期が終わり、冬休みに入った。
年末から三が日は部活もなく、アイと会うきっかけがなくなった。
今日は一月三日。
自分から遊びに誘えばいいのではと思ったが、俺にそんな勇気もなかった。そして時間だけが過ぎていき、気づけば明日から部活が始まろうとしている。
(あーあ、こんなんだからカイトに勝てないんだよな…)
今頃、二人は一緒にいるのだろう。
家族ぐるみで仲がいいらしいし、常にどちらかの家にいるのかもしれない。そんな一緒にいるのが当たり前、みたいな存在に俺もいつかなれるだろうか。
一応、年明けにアイとカイトから連絡が来たものの、それ以上話題を広げることもできずに不甲斐ない結果に終わった。
まあ明日からまたアイに会えるんだいし、いいか。
昼ご飯を食べ終えた俺は、部屋のベッドで寝転がりながら、そんなことを考えていた。すると机の上に置いていたスマホが振動しだした。
(電話…?)
俺の携帯の連絡先は、家族とアイとカイトしかいない。必然的に相手が絞られてくるのである。
父と母はリビングにいるし、わざわざ携帯に電話をかけてくることもないだろう。
となると、残るはアイかカイト…
俺は無駄に緊張しながら、携帯の画面を見た。
「!」
表示された名前を見て、瞬時に電話に出る。
通話ボタンを押してから、発声とか会話の練習をして、心の準備をしておけばよかったと少し後悔した。
『あ、レン?』
携帯の向こうから、いつもより少しだけ低めの、透明感のある声が聞こえてきた。まるで、俺の耳に直接語りかけてきているみたいな…。
勝手に耳が熱を帯びていくのを感じた。
「うん、どうかした? アイ」
俺は冷静を装うと、いたっていつも通りの口調で電話越しの人物に話しかける。
『これから近くの神社に初詣行くんだけど、レンも来ない?』
「え…」
思わず、俺の顔が綻んだ。自然と口角が上がってしまう。
『いやぁ、カイくんと初詣行きたいねって話してたんだけど、どうせ行くならレンも誘いたいなって!』
アイの口から、カイくんという単語が出てきた瞬間、俺は一気に現実に引き戻された。
(ま、二人きりなわけないよな…)
一瞬でも想像してしまった自分が恥ずかしい。でもカイトと初詣に行くという話になったときに、俺のことを思い出してくれたのは普通に嬉しかった。
「…うん、行く」
俺は短くそう答え、アイと少し雑談をして電話を切った。
「父さん、母さん、これからアイとカイトと初詣行ってくる」
俺は身支度を整えると、リビングでテレビを見ていた両親にそう言った。
「まだ混んでるだろうから、気を付けてね」
と父に優しい言葉をかけられ、母も
「行ってらっしゃい」
と穏やかに送り出してくれた。
父はあの後、仕事のスケジュールを見直して休みを増やしたおかげで、母と俺といる時間が長くなった。帰りもそこまで遅い時間じゃなくなった。
父がいると母も落ち着くようで、二人の時間を大切にしてあげたいと、俺も思う。
二人の談笑の声を背中で聞きながら、俺は玄関へ向かった。
年末から外に出ていなかったので、久しぶりの自然の空気を肺に送り込む。冬の空気は嫌いじゃない。鼻の奥にツンとくる感じが、何だか好きなのだ。
別に俺は引きこもっていたわけではない。ただ、この時期はどこも混んでいるし、わざわざ外に出る理由もなかっただけだ。
頭の中で言い訳を並べて自分に言い聞かせながら、待ち合わせ場所である神社へと歩みを進めた。
「レンー!」
神社に近づくにつれ、どんどんと人が増えてきた。
その人込みに、すでに嫌気がさそうとしていた俺の耳に、久しぶりのアイの声が聞こえてきた。
さっき電話でも聞いたが、こうして実物から発せられる声は一味違う。なんて……俺、気持ち悪いかな。
神社の入口より少しだけ外れた場所に、アイとカイトが立っていた。俺もすぐに二人の元へ向かう。
「明けましておめでとうございます!」
「明けましておめでとうございます」
俺たちは三人でそう言いあい、かしこまって頭を下げた。
「今年もよろしくね!」
「おう」
アイの笑顔が、いつもよりも眩しく感じられた。
久しぶりに会えたからかな。
それにしても人が多い。
人数制限しているのだろうか。神社の前には行列ができていて、その道に屋台が連なっているから、余計に人でごったがえしている。
俺は、前を歩くアイとカイトとはぐれないように、しっかりと二人を目で追い、後についていった。
そんな俺の右手がひんやりと冷たい何かで包まれた。
その冷たさに一瞬びっくりした後、つながれた右手から視線を移動させると、それはアイの右手だった。
「!」
俺は驚きと恥ずかしさのあまり、アイの手を強く握り返してしまった。
すると、アイもそれにこたえるように、手を握り返してくれた。それが二人だけの暗号みたいで、少し嬉しかった。
「ふわぁ、抜けた~」
アイが大きく伸びをする。いつの間にか、俺の右手から離れていた。
長い行列が少しずつ進んでいき、俺たちはようやく神社の中へと入ることができた。
三日でこれということは、一日とかやばいんじゃないか? 想像しただけでも気持ち悪くなった。
「じゃあささっとお参りだけして、どこかお茶でもしに行こうか」
カイトの提案に、俺もアイも賛成した。
神社の中は比較的、人と人とのスペースがあったので、ゆったりと動くことができた。だが、後ろには待っている人がいる。
俺たちは、なるべく急いで参拝場所へと向かった。
賽銭箱の前で賽銭を投げ入れ、二礼・二拍手からの手を合わせてお願いをする。
(今年も健康に過ごせますように。あと、ピアノが上達しますように…)
あまり願いが多すぎてもと思い、絞りに絞った結果この二つにした。
健康もピアノの上達も俺の努力次第かもしれないが、神様に少しくらい頼ってもいいだろう。
そして最後に一礼をして、俺は顔を上げた。
「何をお願いしたの?」
近くのカフェで温まりながらアイが、俺とカイトに興味津々といった様子で聞いてきた。
「言ったら叶わないだろ」
「あちゃー、やっぱりそうかぁ」
俺がツッコむと、アイは残念そうだが明るく返事をした。
おやつの時間を過ぎた頃、俺たちは解散した。
「また来年も行こうね!」
というアイの言葉を心の中で繰り返しながら、俺は帰り道を歩いた。
空を見上げて、願い事を思い出す。
アイやカイトが何を願ったのか分からないが、俺は恋愛に関する願い事はしなかった。これだけは自力でなんとかしてみせたい。
これは俺の意地とプライドだ。
まだ、アイを遊びに誘う勇気すらないけれど。でも、いつか…アイの隣で笑うのは、俺がいい。




