たぬき、森に入る
逃げるように山へ登ってからまる2日が経った。
1人…いや1匹で見知らぬ山に入ったのは失敗だったとおれは既に後悔していた。
水場と食料を見つけられないのだ。
オリビアに拾われたおかげで、美味しい物にありつけ、贅沢三昧の日々を過ごしていたとはいえ…
舌が肥えて来ていたとはいえ…
覚悟して野生に帰ったのだから贅沢をいうつもりは全くない。
単に、食べられるものとそう出ないものの区別がつかないのだ。
オリビアのところでお世話になっていた時、屋敷の周辺にあった木の実ならそこそこわかるのだが、この山で目につく木の実は目にした事の無いものばかりだった。
思い切って適当な木の実を拾って食べたが舌が痺れてしまった。
それに、口をゆすごうにも小川ひとつ見つけられない。
1度、崖下に川を見つけたが、人間の体でも3人分ほどの高さのあるそこまで行く体力も勇気もなかった。
この間まで食事にも寝床にも困らない幸せの絶頂にいたと言うのに、人生いやタヌ生というものは分からないものだ…
もう、歩く体力も脳を働かせるだけの気力もなくなり、そのままそこに横たえオレは目を瞑った。
ぴちゃぴちゃ… ぴちゃぴちゃ…
顔になにか湿ったものがあたる
様子を見ているかのように少しづつ感覚を開けているのが分かる。
まさかクマかなにかだろうか…恐怖から少しずつ瞼を上げると気がつくと目の前には耳が大きく、可愛らしいうぐいす色の、耳の大きなキツネと思われる動物が2匹いた。
「あら良かった!生きていたわね」
「なーんだ寝てただけかよー」
「こら!なんて態度なの!ごめんね。邪魔したかしら…?」
体の大きなほうが小さい方をたしなめている。どうやら母子らしい。
「大丈夫。むしろ起こしてくれてありがとうございます。空腹と喉の乾きで気を失ってしまって…」
「あらあら丁寧な犬…さん?ね。どこかの貴族のおうちででも飼われていたのかしら。」
ふふふ…とお上品に笑うのに合わせて毛先に向けて金色にグラデーションのかかったふさふさの美しいしっぽが揺れる。
あなたの方がよっぽど貴族のようだ…
「それなら来いよ!水飲み場に案内してやるぜー!」
小さい方が元気よく駆け出していくのについて行くが、足元に絡まる木の根に足を取られてモタモタしていると、キツネのお母さんが屈んで「乗りなさい」と背中に乗せてくれた。
それを見て、ずっと先を走っていたこぎつねがこちらを向き、ダダをこねる。
「えー!ずるい!おれもおんぶ!」
「母さん、あなたのとっても素敵な足さばきとジャンプに見とれてたんだけどなぁ…ちょっと残念だけどおんぶして欲しいなら仕方ないわね…」
「やっぱりおれ!はしる!みててよ!」
「あら!かっこいいわ〜♡」
男児の扱いの上手さに感心していると、こぎつねの足が止まった。
水場の近くまでついたようだ。
母ぎつねから下ろしてもらい、おれの背丈よりずっと高い葦を抜けると、まるでセーブポイントのような湖があった。
湖に差し込む光がなんとも美しい。
キラキラと反射する水面に動物達が集まり、鹿や兎達が水を飲んだり、熊が昼寝をしたり、思い思いにすごしている。
「ここは、おれらの«いこいのば»なんだ!お前も水飲んで寛げよ!」
「大事な場所に迎え入れてくれてありがとう!」
きつねの母娘にお礼を言うと、少し駆け足気味に湖へ歩みより、むせないように焦らないようにできるだけ気をつけてごくごくと水を飲んだ。
これは…!
「おいしいいい!!生き返るううーーー!」
思わず叫んでしまい、はっと周りをみるとさっきのこぎつねがひっくり返って爆笑していた。
「おまえさっきとちがいすぎ!」
「ごめん…本当に一日何も口にできてなかったから本当においしくて…!」
「おまえ«せけんしらず»なんだな!これも食えよ!」
水に夢中になっている間に果物を積んできてくれたらしい。
赤い色のブドウのような果物を1粒、口に含む。
「甘い〜!おいしい…ううっ」
久しぶりに口にした美味しい食べ物に、思わず涙してしまった。
「おおい…大袈裟だなぁ泣きやめよ!後で魚のとり方も教えてやるからさ!ほら泣き止んでくれよ〜!」
「ううっありがどう…!えっと…」
「おれのことはクスってよんでくれ!母さんはフューネだよ!」
「ふふふ…ほらほら泣いてると喉につまらせちゃうわよ」
「うん…おれ…ポチ…ガフッゲホゲホ!!」
「あらあら言わんごっちゃない!」
おれは何時でも誰かに助けられてばっかりだ。
オリビアには恩返し出来ないまま離れることになってしまったけれど、きっとこの優しい親子に尽くしていきたい。
母ぎつねに背中をさすられながら、オレはそう思った。
「お前さ、結局なに?いぬ?」
「おれもわからない。たぶんたぬき」
おれたちは、川へ移動して、こぎつねに教えて貰いながら魚を取り終えて改めて食事を取ろうとしていた。
オレはなんとか1匹、クスは4匹、フューネさんは7匹だ。
「こうやって、バーン!てはいって、スってとるんだよ!!!」
とかなり熱の入った丁寧な指導を受けたがなかなか初心者には難しかった。
今度ひとりで特訓しよう!
「たぬきー?聞いたことねぇなぁ。」
「わたしもよ。こんど亀さんに聞いてみましょうか」
「亀さんて?」
オレはフューネさんに尋ねた。
「代々とっても長生きで、とっても物知りな亀さん達がいるのよ。今1番長生きなおじいさん亀さんは私のひいひいひいおばあさんのことも知っていたわ。」
きつねの寿命がどのくらいかはしらないけれど、10年だとしたら50年くらいかな。
亀ってそんなに長生きするのか…
「ところでおまえ、あんま食べてないじゃん。腹減ってるんだろ?」
「そんなんだけど…焼いてない川魚はあんまり食べなれてなくて。もちろん全部有難く頂くよ!」
「魚焼いて食うなんて人間みたいなこと言うなぁ。人間だったら魔法でふぁいあーとか言ってすぐ焼けるんだろうけどな!お前ももしかしたら使えたりして!」
「火の魔法はファイアーって言うんだなぁ。へぇ…じゃあファイアー!」
そう叫んで魚に前足をかざす。
ウケ狙いのつもりだった。出来るわけねーよって爆笑を呼ぶつもりだった…のに
目の前の魚はぼうぼうと火に包まれて燃え上がっていた…
「あれっ!?えっ!あっ!魚がっ!こげちゃうっ!」
「こげちゃうっってそれどころじゃねーよ!どこから来たんだよこの火は!」
慌てるこぎつねとたぬきを尻目に、冷静なフューネさんが川の水を後ろ足でけって消火してくれた。
「動物がこんな魔法を使えるなんてはじめてみたわ…聞いたことも無い…」
どうやらフューネさんも少し動揺しているようだった。
「動物は、魔法を使えないものか…?」
「«そういった魔法»は使えないはずよ。」
「そういったというのは…?」
「詳しくは私もよく分からないから、明日亀さんに聞きに行きましょう…」
動物のも、この世界の人間の魔法についてもオレは全然知らない。
なんで習ったことも無い魔法がこんな風に使えるんだ?
俺ってなんなんだ?たぬきって…
「とりあえず、残った魚を食べましょう!たぬきくん、また焼くなら火加減はちゃんと調節してね!」
もんもんとしていたオレに気を使ってか、フューネさんは明るく振舞ってくれた。
「俺やいた魚食ってみたい!」
「よし…ちょっと頑張ってコントロールに挑戦してみるか…」
目をつぶり、神経を集中させて前足を掲げる。
弱火で…じっくり…中はしっとり…
「ファイアー!」
ポンッと言う音と共に火の玉が前足の先から飛び出し目の前の魚を…見事…!再び丸焦げにしてしまった。
「うおおおせっかく取った魚が!お前すごいのか凄くないのかわかんねぇな!」
クスがひっくり返って笑い転げた。
ウケたのは嬉しいが、おれは2匹も魚を無駄にしてしまったことにショックを受けていた。
せっかく火があるんだから、どうせなら焼き魚を食べたい…!クスにも食べさせてあげたい!!!
「ちょっと待ってて!」
急いで適度に乾燥してそうな枝と木の葉、ついでにさっき移動中にフューネさんから教えてもらった食べられるきのこを集めてきて、数本を残して燃えやすい木の葉を敷いて空気の入るように枝を適当に組み、残った枝を魚ときのこに突き刺した。
たぬきの前足ではなかなか骨の折れる作業だったが、なんとか焚き木のセットができた。
「ファイア!」
今度は火の粉程度しか出なかった…調節は上手く効かなかったが、上手く木の葉に燃え移り、焚き木は適度な勢いで燃えている!
急いで食材を焚き木の周りに添え、火加減を見ながらクルクルと回しつつ全体を焼いて…
「できたよ!さぁたべてくれ!熱いから気をつけてくれよ!」
魚を焚き木から外してクスとフューネさんの目の前に置いた。
「これが…焼いた魚…!」
クスがじゅるりをヨダレを垂らし、少しくんと匂いを嗅ぐ。少し躊躇っているようだ。
「わー!ホクホクしておいしいわぁ!」
クスが躊躇っているのをみて、フューネさんが率先して口にしてくれたようだ。
「だろだろ?こっちのキノコもたべてくれ!」
「うーん!こっちもおいしい!味がギュッとした感じがするわ!」
本当に美味しそうにたべてくれて、俺も満足だ!
「お、おれも!」
フューネさんの食いっぷりに当てられて、クスもはぐはぐと焼き魚を食べ始める!
「本当だ!うめー!こんなの食べたことない!」
クスも笑顔で頬張ってくれた。
「取った魚全部丸焦げにされたらどうしようかと思ったけど、お前やるなぁ!」
「へへへ…」
命を助けてもらった恩返しにはならないだろうけど、少しでも2人を喜ばせることが出来てよかった。
こうやって、少しずつ俺に出来ることを見つけていこう。
「さぁ、火を消しましょう。水場だとはいっても山火事になったら大変よ」
クスとおれははーいと返事をして、川に入ってさっきのフューネさんの真似をして水を蹴り、焚き木の火を消した。
とりあえず、明日には何か分かるかもしれない。魔法が使えるのなら、この子達やこの山のために何か役に立てるかもしれない。
そんなふうに希望を持ったところで、まだ夕方だけれども、夜行性のはずだけれども、おなかがいっぱいになって安心しきったオレは、クスとフューネざののもふもふに埋もれて眠りについた。