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予習済み令嬢でもわからない!  作者: 高瀬 成
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2. 家族との対面

 既にアニエラがシャンディ王国に生まれてから半年が過ぎようとしていた。本日のアニエラはいつもよりもおめかしをして、午後に入ってすぐ広い邸宅の中のとある部屋へ乳母に連れられていた。珍しいと言えば、普段は白や華やかな色合いの服が多かったのに、本日は紺一色のベビードレスであることだろうか。アニエラのトゥーヘアード(シルバーブロンド)の髪色と、けぶるような眼の色によく合う色である。相変わらずまだ乳母車に乗っている。アニエラはどこへ行くのかは知らなかったものの、乳母が緊張した様子でアニエラの世話をしていたのは知っている。散歩に向かっている様子ではない。


(いよいよ、わたくしの家族と対面できるのかしらん。)


 今までアニエラは、出生直後の名づけの時に父親を見かけたことを除き、家族に会ったことはなかった。世話は数人の乳母が24時間体制で行い、かかりつけの医師もいたが家族はついぞ顔を出さなかったのである。寂しいような気もしたが周りの人たちは甲斐甲斐しいし、貴族はそのようなものかと諦めかけていた頃であった。


 相変わらず広い邸宅である。廊下にも深い赤のカーペットが敷かれていて、そこかしこに調度品が飾られている。その趣味は統一されていて、一目で良いものだとわかるあたり、流石は王国随一の侯爵家と言ったところだろうか。使用人の数も多く、目的の部屋につくまでに何人もの人と出会い、そのたびに使用人は壁側に寄って頭を下げた。


 目的の場所は、ドアノブが白蝶貝の輝きを放ち、樹木の彫刻だけではなく白と金で装飾された見る者の目を引き付ける扉の先にあった。乳母は一息いれてから扉の向こうに声をかける。


「奥様、アニエラお嬢様をお連れいたしました。」


一拍おき、震える声が返ってきた。


「おはいりなさいな。」


もっと快活な響きを持てば、ちりんちりんと鈴がなるような魅力的な声だろうにとアニエラは思った。


 控え人が扉を内側に開け、乳母とアニエラは入室した。アニエラが部屋の中央に目を向けると、一人の婦人が椅子に座り、2,3歳くらいの少年を膝の上に抱き上げている。しかし婦人の目は下を向き、アニエラを見てはいなかった。


 両人ともストロベリーブロンドの淡い髪色を持ち、夫人は暖かい色のその金髪をひたいからとかしあげて波打つように結い、後頭部のあたりでカールを作っていた。秋の空の青色のような眼を持つ夫人は、若緑色のタフタのドレスをまとい、肩が少し見えるようなデザインで片方には濃い緑色のビロードの薔薇を付けていた。口は薔薇のつぼみのよう、頬は薔薇の花弁のようで、アニエラはこんな素敵な婦人が自分の母親なのかと驚き、世界で一番美しいに違いないと確信した。


「ノエル、少し母様のお膝からおりてくださる。」


「はい、ははうえ」


 その少年はノエルと呼ばれた。生まれてから髪を切ったことが無いのだろうか、まだまだ短いが前髪以外は伸ばしていて後ろで一つにくくっている。眼はアニエラと同じ、灰色がかった薄い青色だった。タータンチェックの7分のパンツと、燕尾服をイメージしたようなチョッキを着て、蝶ネクタイを付けていた。控えめに言って可愛らしく将来有望だとアニエラは考えた。過去生での2,3歳児と言えば立って歩いて、ぎりぎり意味の分かる言葉を発するか発さないかであったが、ノエルは言葉はまだかなり拙いが、既に意思疎通が可能なようだとアニエラは見込んだ。


(この世界は魔力も存在しているなら、その影響なのかもしれませんわね。


ノエル、ノエル...。攻略対象4人目、魔術騎士(伯爵)、ルーク・ド・エールトンの親友で、ルークのかつての婚約者に人知れず恋をしている設定たっだはず。ルークとかつての婚約者は主人公が出てくるまで本当に仲睦まじく、幸せに暮らしていたからこそノエルは見守ることを決めたのに主人公が出てきて心が揺らいでしまうのでしたわ。こちらもまた、プレイヤー次第でルートが異なるので何とも言えませんけれど、とりあえず主人公が絡んで良いパターンはありませんわね。)




************

①パターンその1


「おのれ、離せッ!貴様だけは俺がこの手で殺してやる...!」


 ノエルは近衛兵に捉えられながらも主人公に向かって荒げた声をあげる。殺気が余すことなく漏れていて、手負いの獅子のようであった。主人公はその姿に震えながらも、複数の近衛兵が押さえつけていることを確認してから一歩進み出る。


「私は、ルーク様をお慕いしただけです。」


「それによってエリーナ、俺のエリーナは心を病んで自ら命を絶ってしまったのだぞ!それを、何も思うことが無いというのか!!」


「それはお気の毒だと思っています。けれど、ルーク様が選んだのは私。エリーナ様ともお話をしたうえで、きちんとお別れしてくださったと伺っています。」


ノエルは話にならないと主人公の横にいるルークに視線を飛ばす。


「ルーク!!俺はお前も憎い!何故この女を選んだ!?」


ノエルの強い叱責に耐え切れず、ルークは目をそらし、主人公の肩を抱く手に力を込める。


「それは...」


[主人公と深い仲になってしまって、エリーナを裏切ったと後悔したルークがせめて責任を取ろうとエリーナと婚約解消、主人公と付き合った場合。エリーナは自殺、ノエルは投獄、主人公とルークは一応結婚するものの後に離婚。誰も幸せにならない。]


************

パターンその2


「最近ルークと仲良くしている女性は、君かな?」


「あなたは...?」


「ノエル。ノエル・ド・ドルトリッシュ。ねえ、僕とも仲良くしてくれない?」


ノエルは主人公に近づき、腰に腕をまわしながら顎に手を当てて自分の顔を寄せる。主人公は顔が赤くなりながらもすぐに下を向き...


[選択肢次第でさらにルート分岐。ノエルの目的は主人公の興味をルークからそらすこと。これが成功すると、主人公は別の攻略対象ルートに入ることも。ノエルは当て馬。]


************

パターンその3


「おいルーク。エリーナに最近会いに行っていないようだな。彼女を寂しがらせるな。」


「そういうお前は何故そのことを知っている?」


「問題をそらすな!お前があの女にうつつを抜かしているのは有名なんだぞ!」


[ノエルがエリーナのことを好きだと知っているルーク。エリーナを愛しているのに身分も実力も及ばないノエルに劣等感を持っていて、ひたすらこじれる。]


************




(恐らくノエルは、ルークとエリーナが予定どおり結婚する、もしくは最初から他の人を好きになれば幸せになれる、はずですわ。心に命じておきましょう。)


 アニエラが考えているうちに婦人がアニエラの傍まで来て、乳母車のふちを強く握りこみ、覆いこむように顔を見つめていた。こぼれるような赤い唇から言葉が紡がれる。


「良かった...!良かったわ、あの人と同じ眼、同じ髪、貴方はあの人の娘よ...!ああ、愛しているわアニエラ...!シャーロット、ねえ、見て!ちゃんとあの人の子どもでしょう...?」


 婦人は興奮していて声高く、良かった、よかったと何度も繰り返していて怖いくらいでさえあった。そして心なしか乳母は涙をこらえているようだった。


「えぇ、ええ!奥様、アニエラさまは旦那様のお子様ですとも、もちろん!お子様方の前ですよ、奥様、落ち着かれませ。」


「ふふふ、そうね。そう...。ノエル、こちらにおいでなさいな。貴方の可愛い妹よ。」


 ドルトリッシュ夫人はノエルを呼び寄せ、乳母車の前に立たせ、肩に両手を置いてノエルがアニエラの顔が良く見えるように助けた。アニエラは愛想良く笑っている。


「かわいいです、ははうえ。ぼく、おにいちゃんですね」


「えぇ、そう。貴方はお兄ちゃんよ。良いこと、ノエル、貴方は妹と仲良く、アニエラを守ってくださいね。お母さまは悪いお母さまだから、アニエラとはたくさん一緒にいられないのよ。」


「ははうえは、すばらしいははうえです!」


 悪いお母様、との単語に反応したノエルが反論するが、ドルトリッシュ夫人は曖昧にほほ笑むだけであった。ただそのほほえみすら太陽が雲の隙間からさしてくるような神々しさがあった。


(見るからに訳あり、ですわね。あぁ、アニエラの二次創作もっと読んでおくべきだったわ。彼女(わたくし)も人気キャラでしたもの。正直昔のわたくしについては、ぉオー↑ほっほっほの高笑い以上にインパクトあること覚えてませんのよ...。それにしても本当に美しいお母さま。もっとおそばで見ていたいわ。)


 母と一緒にいられないのは何故なのかアニエラにはまだわからなかったが、問題が解決するまで必要最小限しか母との時間は取られないだろうことは予想できた。そして、それを解決するのも自分の使命の一つだろうとも。


「明日は洗礼の日ですもの。アニエラ、その時にお父さまにお披露目しましょうね。あぁ、貴方もお父さまと同じ魔力を持っているのかしら。楽しみだわ。シャーロット、ノエルも一緒に準備をお願いしますよ。」


「はい、奥様」


 お父さまはいないのかと考えていたアニエラの気持ちを読むように、ドルトリッシュ夫人がアニエラに声をかけた。アニエラはこの世界には洗礼と言うものがあって、その時に魔力の要素がわかるようだと理解した。


(魔力、の、設定を明日までに思い出しておきましょう。ノエルは確か焔で、見た目の涼やかさとは裏腹に情熱的な魔力でしたわね。考えることが増えるばかりね。)


 そのあとは穏やかに時間が過ぎていった。ノエルとドルトリッシュ夫人が乳母のシャーロットのアニエラのお行儀の良さ話に耳を傾けている。


「奥様、アニエラさまは決して泣かないのでございますよ。本当に素晴らしいお嬢様でございます。」


「あら、そうなの、アニエラちゃん?もういい子なのね、心配が少なくて嬉しいわ。」


 安心したような母の声をきき、アニエラはせめてお会いできないときもきちんと暮らしていこうと決めた。心優しいお母さまに、心労をかけまいと思ったためである。


 情報量の多い対面が終わりアニエラと乳母が退室したころには、ランプに火が灯っていた。

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