一日目夜 7
「登山記録の件で、ミツエさんは警察に何度も相談をしてるんです。でも、ぜんぜん取り合ってもらえなかったって」
「なんでです、ノートのメモがあるのに」
「宮村さんの息子さんのことは、ミツエさんが管理事務所に行って、あとで自分で調べたことなんです。ですから確かな証拠だったわけでは……」
「じゃあ、村長たちに圧力をかけられていたのは、あそこの管理人もですか?」
「ミツエさんはそう思っていたみたいです。協力的だった管理人の態度が、ある日をさかいに急にそっけなくなったそうですから。それがまた、登山記録の件で役場に行った直後だったそうで」
「まちがいなさそうですね」
「それもそのあとすぐ、その管理人は辞め、宮村さんの息子さんの登山記録も、いつのまにか台帳から消えていたそうなんです」
五年前――。
以前の管理人から、今の管理人の鈴木さんに交代している。
おそらく村長がやったことなのだろう。管理人を交代させることで、事実を闇にほうむろうとして。
「証拠隠滅ですね。証拠がないんで、それで警察も動けなかったんでは?」
「その警察も、ミツエさんは疑っていました。宮村さんに圧力をかけられているのではと。そのことが本当なら、ひどい話でしょ」
「たしかにひどいですね」
「なんやかんやでミツエさん、すべてに絶望したんでしょうね。それで、ああいうかたちで抗議するしかなくて」
星野さんはつらそうに唇をかんだ。それからハンカチで目がしらの涙をぬぐう。
「息子さんのために何もできなくて、そのミツエさんって人、悔しかったでしょうね」
「とっても悔しかったと思いますわ」
「疑問が解けてすっきりしました」
山小屋での自殺と、その裏に秘められた真実がようやく見えてきた。
ミツエは息子を失い、生きる気力を失い、死ぬことを選んだ。
ただ、どうせ死ぬなら……。
証拠を消した宮村議員たちに抗議をしよう。せめて抗議をしてから死のう。
メモに残された山小屋には、息子が死に至った真実が隠されている。その隠された真実をつまびらかにするには、自分が山小屋で自殺をすることをもって抗議するしかないと。
一方、妙なウワサとは?
ミツエと村長たちとのトラブルは、村人の一部では知られていたことだった。ただこうした者たちも、 裏にある真相までは知らない。だからして、ミツエの自殺を村長たちに対する復讐と考えた。
トラブルさえ知らない者たち。かれらは繰り返される遭難の原因を、山小屋で自殺したミツエのタタリのせいにした。
妙なウワサとは、このふたつがからみ合ったものだったのだ。




