一日目夜 8
「それにしても怨霊のタタリだなんて、今どきおかしくて笑えますね」
「でしょ。でも、真に受ける人も多いんですのよ。あの山小屋が、今もこわされずに残っているのもそうなんです。役場の担当者、タタリを恐れて、ずっと手をつけられないそうですから」
「それで残っていたんですね。死んだ人のタタリだなんて、そんなことぜったいありえないのに」
「ですよね。たとえあったとしても、ミツエさんはちがいますわ。やさしい人でしたから、復讐なんて似合いませんもの」
「それで、星野さんは抗議だと?」
「ええ。でも、わたしがそう思うだけで、それもほんとはちがうんだと思いますわ」
星野さんは打ち消した。山田さんがやっと導き出した結論を……。
これ以上の真実があるというのか。
「ちがうって、ほかに何が?」
「山小屋で死んだのは、あそこでミツエさん、雅夫ちゃんのことを待ちたかったんですわ。なんといっても母親ですものね」
真実はさらにあった。
山小屋を探し求め、山中をさまよっている息子の魂を救ってやりたい。だから山小屋で待つ。
母が子を思う強い情。
この情にまさる真実があるはずもない。
星野さんはじっとかみしめている。
ミツエとの思い出をじっとかみしめている。
タンスの奥に長い間しまってあった大切な着物。そのひとつひとつを取り出して並べ、じっとながめるように……。
「もうしわけございません。わたしったら、つい話し込んでしまって。せっかくのお料理、冷めてしまいますわ。どうぞ早く召しあがってください」
ハンカチで涙をぬぐうと、星野さんは笑顔にもどって立ち上がった。
山田さんはひとりになると、食事をとりながら一からじっくり考えてみた。
最初に抱いた疑問。
それは遭難の原因である。
雅夫の遭難は厳冬の二月であった。しかし、あとに起きた遭難は四季にわたっており、吹雪や濃霧だけを原因にするのは無理がある。
ほかにも原因があるのではないか?
ふたつ目の疑問。
遭難者の遺体が、なぜいまだに一体も発見されないのか?
これは、むしろナゾといえる。
樹海に迷い込まれてしまうと、発見することが困難になってしまう。遭難した遺体は動物に荒らされてしまったのではないか。
管理人はそう話していたが……。
はたしてそうであろうか?
そんな動物が生息しているのか?
キツネ?
カラス?
そもそも骨まで喰う動物がいるとは思えない。たとえいたとしても、骨のカケラぐらいは残ってよさそうなものである。
それともやはり……。
樹海で遭難者を発見することは、ただたんに困難なことなのであろうか。はたまた動物に、骨まで喰われてしまったのだろうか。
――そうだ! 山の写真、まだ撮ってなかったな。帰るのは延期だ。
山田さんはそう思い直すと、とにかく明日、T山に登り山小屋まで行ってみようと思った。
何か……。
新たな何かがわかるかも知れない。
たとえ何もわからなくても、事件のあった山小屋の写真だけは撮りたい。
そう思ったのだ。




