アンダンテ 【吹雪の日常】
[場所:吹雪の家]
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…………。
……。
チリリリリリリリリリリ。
[吹雪]:「ん……朝か……」
くっつく瞼を無理やり引き剥がして、俺は目覚ましのスイッチを押した。んぅ……目覚ましがなったってことは、もう7時か。朝になるのが早い気がするが、もう少し寝ていたいんだけどな。
だが、仕方あるまい、俺が起きなきゃ、朝飯が食えないもんな。それもこれも、あのチビ介が何の家庭スキルも持っていないせいだ。嘘じゃない、洗濯、掃除、料理、何をやらせても全くこなす事ができないすごい人。ある種の才能とも思えるな。
さて、ぶつくさ言ってても始まらんし、さっさと作るとするか。
俺は寝巻きを脱ぎ、制服に着替え、台所へと向かった。
……………………。
これでよし。後はあの人が起きてくればいいんだが……んなわきゃないよな。目覚ましをかけたところで自力で起きれるわけがない。長い付き合いだ、薄々分かってた。
[吹雪]:「本当に、あれで大丈夫なのか?」
俺はあの人の待つ部屋へと向かった。
……………………。
[吹雪]:「はあ、やっぱり寝てるよ……」
[繭子]:「スピー、スピー……」
気持ち良さそうに寝やがって、つか目覚ましかけてねぇじゃねえかこのチビ介。俺任せってことですか? あなた。
[吹雪]:「おい、マユ姉、朝だよ、起きな」
[繭子]:「んん……グー……グー」
[吹雪]:「起きろって、マユ姉」
[繭子]:「んぎゅぅ……後27分34秒……」
何じゃその数字は? 長いし刻んでるし……どんな時間計算だよ。
[吹雪]:「起きろ、起きないと、飯抜きだぞ」
[繭子]:「ご飯はフォアグラですかぁ~~?」
[吹雪]:「んなわけねえだろ」
そんな食材スーパーで売ってねえよ。
[繭子]:「じゃあフグ~?」
[吹雪]:「だから、高級食材から離れろ」
[繭子]:「知ってる~? ふーちゃん、フグは河の豚って書くんだよ~?」
[吹雪]:「だからなんだよ!?」
[繭子]:「寝ま~す……グー、スー、ピー」
[吹雪]:「このチビ介……」
毎朝こんなのってないよな……。
本当にもう……こうなったら強行手段に出るか。
バサっと。
[繭子]:「う、うう~~、寒い~~~」
[吹雪]:「だったら起きろ、茶の間は暖かいぞ」
[繭子]:「くそー、負けるものかー。ワタシは寒くても寝れるんだから~。……スピー」
[吹雪]:「本当に寝やがった」
なら、これならどうだ。
[吹雪]:「お・き・や・が・れ!」
[繭子]:「んぎゃう~~~~世界が回る~~~~」
肩に手を置いてマユ姉をシェイクする。
[繭子]:「あー、何か気持ちよくなってきた……グー」
[吹雪]:「だから、寝るなって言ってんだろー!」
[繭子]:「お休みー……グスー、ズオー」
[吹雪]:「いい加減起きないと、さすがに俺もプッチンするぞ? マユ姉」
[繭子]:「グピー……ズコー……」
[吹雪]:「ああ、そうか、よーく分かったよ」
そうまでして起きないっていうなら、俺ももう、容赦しないからな? よし、やってやるぜ!
[吹雪]:「――エル、エルアリス、水の精よ、我に力を与えたまえ……」
よし、詠唱完了。
[吹雪]:「そら!」
ボスッ。俺が何を出したかって言うと――。
[繭子]:「…………」
[吹雪]:「…………」
[繭子]:「…………」
[吹雪]:「…………」
[繭子]:「……ゴボゴボゴボ! ん、んんぅ~~~~!」
[吹雪]:「お、苦しみだしたぞついに」
[繭子]:「んぐ、んぐぐ~~! ゴボゴボ、ん、んん~」
[吹雪]:「出して欲しかったら、ちゃんと起きるんだ。約束する?」
[繭子]:「んん、んん。ゴボゴボ」
よし、なら出してやろう。俺は詠唱によって出現させた水のボールを消してやった。
[吹雪]:「ゲホゲホ、ちょっと、何してるのよふーちゃん!」
[吹雪]:「何してるだ? どの口がそれを言ってんだよ」
[繭子]:「んぎー、ひっふぁらないでよー」
[吹雪]:「元はと言えば、マユ姉が起きねーからこうなったんだろうが。全部マユ姉の性なんだぞ。それを分かって言ってんのか? ええ?」
[繭子]:「もちろん、分かった上で言ってるのよ」
[吹雪]:「この、チビ介がー」
[繭子]:「んぎー! 口が、口が裂けるー、口裂け女になっちゃう~~!」
[吹雪]:「なっちまえ、口裂け女になっちまえ!」
[繭子]:「んぎゅあーー! 誰か助けてー!」
[吹雪]:「謝れ、許してほしかったら謝れ。俺に謝れー」
[繭子]:「わ、わ、分かりましたー。だから、手をはにゃして~~」
俺はマユ姉を解放してやった。
[繭子]:「うう……絶対口が大きくなってるよー」
[吹雪]:「物がたくさん入れられるようになってよかったじゃねぇか」
[繭子]:「誰がやったことだと――」
[吹雪]:「あん? 何だって?」
[繭子]:「はい、全てワタシのせいです」
[吹雪]:「分かればよろしい」
[繭子]:「うう、まだ眠いよー髪が濡れてるよ~」
[吹雪]:「ぎりぎりまでいつも寝かせてやってんだ、少しは我慢しろって」
[繭子]:「だって、睡魔には人間勝てないんだよ? 敗北は約束されてるんだよ?」
[吹雪]:「気持ちは分かるけど、そこで負けてたら遅刻確定じゃないか。それに、マユ姉の仕事は何だ?」
[繭子]:「ん、教師」
[吹雪]:「だろ? 生徒の模範になるべき存在が、遅刻したなんて笑い者になるじゃねぇか」
[繭子]:「こうなっちゃだめよ? ってことを教えられるんじゃない」
[吹雪]:「反面教師かよ、却下。俺の評判がさらに下がっちまう」
[繭子]:「えー? 何よ、それ。ワタシのせいでふーちゃんの評価が下がってるみたいじゃーん」
[吹雪]:「正にそのとおりなんだよ」
[繭子]:「ガーン」
[吹雪]:「分かったらさっさと着替えて、仕度してくれ。朝ご飯できてるからよ」
[繭子]:「はーい」
全く、昔から変わらず寝ぼすけで困ったもんだ。