エピローグ
ゴーンゴーン
教会の鐘が鳴り響く。ここはイーリスが元いた修道院だった。
「汝は安らかなるときも病めるときも、傍にいることを誓いますか」
形式は簡略だけどこれは俺たちの結婚式だ。
あのあとお城は大騒ぎだった。
俺は領地の経営に成功し、元いた使用人たちは全員じゃないけど戻ってきた。
ベルゼブブ家の呪いも家族全員が揃ったことによって解けた。
セシルは元の少年の姿に。勇者ハロルドは残念そうだ。
下僕二十二号も少し幼い男の子の姿に。
そして一番驚いたのは使い魔さんだった。
彼女は彼らの母親だったのだ。
ただ俺たちを見守るドSとドMを兼ね備えた存在。最強じゃないか。
母や強し、なんて言うけど本当だね。
そして老人がイーリスの手を引き、その前を下僕22号が花びらを巻く。
出席者はセシルと勇者ハロルドだけじゃない。彼の元同僚たちも来てくれた。どうやらみんな心を改めたらしい。
そしてもちろん新しく雇ったミノタウロスさん、ファーブニルさんにグリフォンさん。あとその他大勢の家畜たち。
それだけじゃない。俺が元いた村の人たち全員と、前にお世話になった町の人たちが来てくれた。
俺は果報者だ。
俺は転生する前ずっと一人だった。死んだのだって全てを諦めてしまったからだ。
多くの人が助けようとしてくれた。でも俺は諦めてしまった。本当の俺は勇者ハロルドよりずっと弱い男だった。
だけど今はみんながいる。
そして愛する相手が、イーリスがいる。
「では誓いの口づけを」
教会の神父が形式通りに式を続ける。
そして仲間たちが固唾を飲んで見守っている。
「はい」
俺は花嫁のヴェールをそっとよけて顔を寄せる。
艶やかな黒髪をセットしてもらい、花嫁衣装に着飾った彼女は綺麗だった。純白のドレスに華やかな化粧。今日がハレの日だからか気合いが入っている。
「俺はこの人を生涯愛し続けることを誓います」
「私もこの人を生涯愛し続けることを誓います」
そしてお互いのものがそっと触れる。
「この幸福者が!」
「アツアツめっ!」
出席者全員から冷やかしを受け。
全員揃って集合写真だ。
思い出を残せるように。ようやく俺たちは魔術の力で生きてきた証を残すことができるのだ。
なにも残せない、なんてことはなく。
思っていたのとはちょっとちがうけど、なにかを残せた。
「みんなありがとよ!」
俺が声をかけイーリスが恥ずかしそうに俯く。
「やめてくださいよ理人さん」
「やだよ」
そうやって笑いあう。
「そういやさ、なんで理人って名前つけてくれたの?」
「ヒントはボルクです」
イーリスは悪戯っぽく微笑む。
たしかボルクはドイツ語で去勢された牡の豚だったから……
と考えているうちに式が終わってしまう。
最後は彼女がブーケを投げる。
「えいっ」
小振りな花束が宙を舞い、一人の人間の手元に落ちてくる。
願わくば彼女にさちがあらんことを。
「ひひーん」
「うんもー」
ラストを飾るのは家畜たちの喜びの声だった。